第五章 大空の探究少女 3話 あまだれ
お立ち寄り下さりありがとうございます。
あたし達が探究者パーティだと知ってからの【お役人様】はもう痛々しいほどの落ち込みようで、しばらく声を掛けるのも憚られるので工場長と生産統括の2人と話す事にした。
マチアとチャンクは中間管理職の1人を捕まえて工場ラインと倉庫の確認に行くらしい。
ティリオにも話を聞いてもらう様に頼んでいるとフィリアスもこっちに残ると言う。
探究者が余程恐いらしく先程とは打って変わった調子で、生産統括はこちらの質問にべらべらと答え始めた。
その話によれば、この飛空艇販社はあたしが推量だ通り一般顧客向けの市場開拓の為に本社が立ち上げた子会社なんだけれど、正直なところこれ程の高額商品になると一般顧客の購買意欲は盛り上がる兆しも見えなくて、販社の営業成績は低迷したまま上昇の見込みなんてありはしない。
元々ほとんど需要が無い市場を開拓するのだから時間が掛かるのは当たり前の事なのだけど、それに対してクレームがついた。
それは一番の売り先である役所から。
論点は『子会社不振による高額経費の購入価格転嫁懸念』と『経営悪化による供給および保守体制への影響懸念』で、名目上は尤もな内容だけど、厄介なのはそれを口実に指導名目での出向受け入れを要請された事。
要は【懸念】を口実に【天下り先】の白羽の矢を立てられた訳よね。
件の生産統括と工場長はやっぱり役所からの出向で、前任者は本社へ戻ったらしい。
他にも営業部門の責任者も出向者との入れ替え人事があって、部長級以上で社長以外は全部異動の対象に成ってしまった。
で、やって来た彼等が始めたのが猛烈な人員削減。
売上額に合わせた適正員数って言えば聞こえは良いけど、これから市場開拓するための人員を売り上げが少ないからって削減したんじゃ本末転倒なのは火を見るより明らかよね。
でも彼等はそんなの知ったこっちゃない。
役所では仲間の身を切るなんて出来ないけど、出向先なら何の問題も無い。
どんどん馘首して経費削減の成果として計上、役員としてお互いにそれを評価して削減金額を出向者の給与に分配しちゃったんだって。
それでも本当なら数少ない受注は支障なく納品できる筈だったらしい。
でも、誰が何をしてるかも判らずに人数割の削減を進めれば、残るのは本社に戻る場所が無かったり転職先が見つからない者ばかりで効率は落ちる一方。
今落ち込んで頭を抱えてる【お役人様】はこの出向の筋書きを書いた高級官僚で、まさにその問題を話し合っていたみたい。
まだこれからそれぞれの部署の現状を確認して回るところで、対策を立てるまではさっきのお役人風を吹かせて乗り切ろうと話していたばかりらしいわ。
これまで探究者ギルドが飛空艇に興味を示した事が無かったから、まさか今回の発注者が探究者だなんて思いもしなかったのね、きっと。
またまたお役人の登場に、あたしも予感めいた物が無かった訳じゃないけどねぇ。
正直なところ食傷気味でうんざりなのも確か。
別に人々の暮らしに関わらない商品の会社を役人達が食い物にするのにまで口をどうこう挟む積りもなくて、今はまず注文した飛空艇がどうなるのかが知りたい。
それを訊くと、明日には部材が揃うので明後日中には組み立てが完了するらしい。
部材が遅れた理由は組み立て工場の発注担当の首を斬ったからで、とうに生産が済んで滞留在庫になった本社工場から問い合わせが来るまで放置されていたんだそうよ。
組み立て工程の進捗ごとに発注するところが作業計画の担当者まで人員整理されたので、仕上げ段階の行程が丸ごと抜け落ちてしまったみたいね。
でも後の手当が出来ているなら最初からそう言えばいいのにね。
妙に隠し立てみたいな話に持って行くからコッチも身構えちゃうのよ。
それで完成後の予定を訊いたらその翌日がテスト飛行だと言うじゃない。
そこで思わず、思いっ切り前のめりになっちゃった。
強引にテスト飛行立ち合いの同意を得たのは言うまでも無いわ。
「ビックリしちゃった。完成機格納庫は空っぽの伽藍洞。部品倉庫も馬車から降ろしたままの大きな木箱が幾つか並べてあるだけでそれ以外は何も無いわ。差し押さえるなら事務所の備品の方がまだ値打ちがあるかもね」
「うん。話を聴いてると会社自体がほとんど開店休業みたいな感じね。でもあたし達の飛空艇は明後日中に組み立ては終わるって」
「あぁ、やっぱりね。組み立て工程に1機だけ完成寸前のがあったからそうじゃないかって思った。じゃあ、部品倉庫の木箱も私達の部品なのね。でも部品があるのに作業はしないのかしら」
「明日届く部品を先に使うんでしょうね。その辺りの発注も最近はかなり杜撰だったみたい。まぁ、細かな事は宿に戻って話しましょ」
*
工場から戻ると雨で翌朝も宿の部屋で雨だれを数えた。
その午後からずっと薄雲が張って鈍色の光しか届かなかったのが嘘みたいに、3日目の朝は抜けるような軽い青が空一面に広がっている。
眩しい朝日があたし達の飛空艇の前途を祝っている様に輝いて見えるのは単なる思い込みだろうけど、気分がいいのは確かなのよね。
始業時間を確認しておいて30分後に着くように調整して宿を出たら、丁度真っ新な機体が格納庫から引き出されるところだった。
アルテ官庁の飛空艇より一回り大きな機体。
あちらは青のグラデーションだったけど、あたし達の飛空艇は暗銀のメタリックだ。
注文時に『そんな塗料はございません』なんて言われたので、旦那様に頼んで送り付けてもらった。
何せ旦那様謹製だから塗装の強度もこっちの方がかなり強い筈なのよね。
少しぽってりとした流線型の機体がずいぶん引き締まって見えるのがいい。
あたし達が来るのを知ってか、それとも現場の仕事に興味が無いのか、まぁ両方だろうけど工場長も生産統括も顔を見せない。
でもその分、中間管理職さん率いる従業員達は活き活きとして見える。
もうヘリウムガス--爆発しない程度の水素を混ぜて軽くしてある--の充填は完了しているらしく魔力が掛かっていなくても機体は浮き上がっている。
数人の従業員が乗り込んでテスト飛行が始まった。
気球のように垂直方向にゆっくりと浮上して行き、そこからギャロップ程度まで直進加速、旋回、急上昇、降下と動きは実にスムースだ。
操縦席近辺から魔力の動きが駄々洩れ--あたし達にすればだけど--なので例の魔力干渉は全然解消されていないけれど、そこは旦那様の制御回路に差し替えるから問題は無い。
やがて正規のテスト内容が完了した様で、飛空艇が元の位置へ着陸--少し浮いてはいるけど--して検査要員の授業員たちが降りてきた。
中間管理職さんがこちらに頷いて検査表を差し出したのでマチアと傍まで行くと『検査合格いたしましたので引き渡しのサインをお願いいたします』と言う。
『それは私達のテスト飛行が終わってからね。壊れても文句は言わないけど、手直しが要るかも知れないから』とニコっと笑ったマチアに続いて5人全員が乗り込んだ。
そこからが、例の曲芸飛行の始まり。
テスト用のちっぽけな魔石を深層魔石に差し替えて、フィリアス以外の4人が交互に第2次世界大戦終焉頃のプロペラ戦闘機並みの限界飛行を次々に披露した。
チャンクとティリオもあれからの魔力鍛錬の成果もあって格段に安定性が向上しているけれど、初搭乗のフィリアスはかなり顔色が悪くなってしまった。
1時間弱テストを繰り返してあたしがゆっくり元の位置に着陸させると、声を掛けなくても従業員達が駆け寄って来た。
そりゃあ、あれだけの限界--超えの--飛行後の機体データは何を差し置いても欲しい筈だもの。
『失礼しました。今日中に必要な補強を施して引き渡しますので、お待ち戴けますか?』と言う中間管理職さんへ返す。
『分かったわ。魔獣でも狩って時間潰してるから、夕方少し早めに皆で魔獣肉のバーべキューをしましょう。皆さんにお声掛けよろしくね』
明日もよろしくお願いします♪




