第五章 大空の探究少女 1話 きっとダイジョウブ
ここから本編の第五章が始まりますので
よろしくお願いします。
しとしとと降り続く雨の中、国境の峠道で入国手続きを済ませたあたし達は次の街を目指して馬の背に揺られている。
幸いアテメア大陸の南半分は1年を通じて温暖なので、雨に降られても凍える様な心配はない。
四季差が少ないのは地軸の傾きが少ないからだと思う。
季節の風情を感じられないのは残念だけど、年間通じて衣服や装備を換えなくていいのは正直なところ随分楽なのよね。
カゼノム港に着いてからセムリまでツフガを抜けるのに随分長い間掛かったけれど、国境を越えればセムリの首都ピアルまではそれ程の距離じゃないらしい。
これはこの辺りの国の領土が大幅に変った事があったからで、それはアシュバ帝国が王国連合に破れて四公国連合が成立した頃、数百年前に遡るの。
アシュバ帝国が瓦解して元の公国や大公国を復活させる事になった時に、侵略戦争の元凶だったアシュバ帝国の血筋の者がアシュバ大公国の復活を辞退したから、その元々の領地が他の4国に移譲される事になった訳。
アシュバ大公国はこの地域で一番北の国だったので、その南に接していたセムリ公国とカンジュ大公国が分割接収の形を取った。
でもそれだけじゃ他の2国の取り分がないので、カンジュとセムリの南側を2国に移譲して2国間でも領地の振りかえが行われた。
元々セムリの公都は国のほぼ真ん中に在ったんだけど、国が大きく北へ広がって南側が無くなったから都の位置が国全体のかなり南側に成っちゃったのよ。
その内に王族や貴族が国を治める事が無くなって、セムリ公国も唯のセムリになった。
その時に公都は首都になって、ピアルって名前に変ったんだって。
そんな訳で首都は南の国境から馬で三四日の距離しかない。
チャンク達の故郷魔窟の街の方が大分北に在るから、私達は先にピアルに寄ってからラムデクを目指す予定なんだ。
国境から首都までの間に魔窟は無い。
かなり西に外れた衛星都市は魔窟の街だけど、今回真っ直ぐにピアルを目指しているのは、そこで飛空艇が待っているから。
馬達も一緒に乗れる特別仕様の飛空艇を発注してある。
それがピアルの販売会社に届いている筈だから引き取りに行くの。
チャンクとティリオの故郷には飛空艇で堂々の凱旋を飾ろうって魂胆……って訳でも無いんだけど、テスト飛行がてら飛んで行くつもりなのは本当よ。
それからの事で決まってるのは飛空艇の制御回路を差し替える事くらい。
あとはラムデクの魔窟を攻略しながら考える事になると思うわ。
*
「ちょっと可怪しいんじゃない? 発注時にはもう一週間以上前に販社へ届いている予定だったじゃないの。引き取りが遅くなって申し訳ないと思うけど、それは契約で10日間は販社の倉庫で預かる事になっていたわよね。いったいどういうことか聞かせてもらいましょうか」
「はい。実は部品が届かなくてまだ未完成でございまして」
「はぁ? ここは販社よね。完成品を売るだけじゃないの?」
ピアルに着いて宿を取った翌日、販社に向かったあたし達は入って名を告げた途端に飛んで来た店員に頭を下げられた。
発注した飛空艇が引き渡せないと言うので、マチアが切れてしまった。
「最終組み立ては販社の工場で行っております。馬車に乗るサイズの部品ごとに本社工場で生産いたしまして販社工場に送られてまいりますので、それを組み立て仕上げしております」
「それじゃ、直ぐに仕上げなさいよ」
「それが、本社工場からの部品が届いておりませんので、組み立てが出来ないのです」
「それじゃ本社が悪いのね」
「いぃえ。本社はちゃんと部品を製造しておるのですが」
「じゃあ、何で届かないのよ!」
「マチアぁ、ちょっと落ち着けゃ。喧嘩腰で話したって何も変わらないぜ」
「だって、全然話が見えないんだもの」
「アンタもさぁ。ちゃんと分かる様にまず原因を話してくれないかなぁ」
マチアの憤懣やるかたない様子に普段直情径行なチャンクが思わず執りなし役に回っているけど、確かに店員の話は要領を得ない。
「ねぇ、販社の責任者は居るのかしら」
「いぃぇ。今は出ておりまして」
「じゃあ、あなたの上司は?」
「はい、出張中で居りません」
「そう。じゃあ今はしようがないわね。また後で来るわ」
「えっ? おぃ待てよ、エノラ!」
「あっ、ありがとうございました」
店員の返事を聴いて店を出ようとするあたしを追って全員が店を出た。
ティリオが後ろから声を掛けてきた。
「どうしたんだ、エノラ。まだ話は終わってなかっただろ」
「うん、そうなんだけど。あのままじゃ埒が明かない気がしたの」
「あぁ、確かにな」
「何が? あの店員の話が珍紛漢紛なだけじゃないの」
「ねぇ、マチア。この店って、飛空艇の販売会社よね」
「そうよ」
「飛空艇を買うのは圧倒的に役所や何かの団体の業務関係が多いと思うのよ。そんな所は販社じゃなくて本社と取引して納品も本社から事業所に直納させるわ。じゃあ、販社へ注文や整備の為に訪れるのは誰?」
「あぁ、そうか! 資産家や成金、それに探究者とか芸術家で成功している人が顧客だから、それにちゃんと対応できない店員だけしか居ないなんて考えられないんですよね」
「そうだな、フィリアス。見習もどきの店員が居ても可怪しくはないが、そいつ1人に接客させるってのはどうなんだって事だ」
「それって、どういう事?」
「そいつは判らん。判らんが、何か起きてるんだろうって考えるんじゃないのか、普通」
「普通かどうかは知らないけど。判らないなら調べるのよね。私達、探究者なんだから」
「そう言うこった!」
*
首都の北東部、建屋のうち住宅は数を減らし工房や倉庫が多くを占めるようになって、所々にまとまった面積の耕作地も見られる。
そんな中に農地でもないのにそれなりの広さの整地を備えた建物が在る。
建物自体もかなり大きく、どうやら作業場と倉庫を兼ねているらしい。
「ここね」
「あぁ、間違いない」
「良く調べたわね」
「ちょっとした手間だけで、何て事はなかったさ」
役場に行って会社の登記を調べただけ……なら本当に簡単なのだが、実際そうは行かない。
アテメアの仕組みで役所の登記はそこにある事業所だけしか記載されないので、別の地区に在る事業所のことは分からない。
ティリオが向かったのは辻馬車の会所だ。
決まった馬車駅を定時運航する駅馬車と違って、辻馬車は乗客の都合で行ける所なら何処にでも行く。
ある程度名の知れた会社の事業所なら取引先や関係者が辻馬車を使う事もあるだろうと当たりをつけて行ったのが正解で、御者の1人が飛空艇の組み立て工場へ何度か客を乗せた事があると小さく手を上げた。
そこまで往復分の馬車代を渡すと大喜びで場所を教えてくれたのだ。
「それで、どうするの?」
「正面から入るわ。ライセンスを掲げてね」
「契約違反だから、差し押さえる部材があるかどうか確認に来たって感じか?」
「えぇ、発注書にはそれに近い契約記載があった筈だもの」
「えぇぇっと、どれどれ。甲は乙が商品を引き渡せない場合、乙の管轄内の同等品を差し押さえる事が出来る。あぁ本当だ。部材とは書いてないけど差し押さえの権利はありますね。『管轄の』ってことは関連事業所内の立入りもギリギリでセーフっぽい。きっと大丈夫ですね」
「うん。ありがとう、フィリアス。それじゃ、行きましょうか」
組み立て工場が広い敷地の端っこに建てられているのは、広い整地部分で飛行試験などをするからだろうか。
それにしては小型の1機も置かれていないのはちょっと不自然のような気もする。
色々あれこれしている内に昼も回った。
さぁ、時間切れにならない内に乗り込むとしましょ。
明日もお待ちしております♪




