第四挿話 亡国の小公女 10話 キラリ
今週もよろしくお願いします。
パラメニィは身を隠している。
メトランツ伯の陣営から山麓に向かった辺りに張られた天幕に先程までビアストール侯爵が居て、同行して来たエピウズ男爵とグラァエン男爵が入り口を固めていた。
ほんの数年前までセムリ公宮で公女の乳母として使えていたパラメニィは、当然彼等と面識が有る。
パラメニィも騎士姿で以前とは全く違う出で立ちだから、そこいらの雑兵なら『どこかで見たかな』と首を捻る程度で済むかも知れないが、あの3人にそれを期待するのは都合が良すぎるだろう。
天幕内で行われた会談はものの半時間余りでケリがついたらしく、両男爵を引き連れたビアストール候は颯爽と騎馬で去って行った。
物陰から様子を窺っていたパラメニィとランスールが出迎えると、メトランツ伯はそれまでの快活な表情を一気に脱ぎ去って『はぁふぅぅぁ』と大きな息を吐いた。
「お疲れ様です」
「全くぅ、怪物相手は疲れるな。本人に自覚が無さそうなのが尚更質が悪い。これで私の手元から綺麗さっぱり消えてくれれば良いのだがな」
「会談は成功したようですね」
「あぁ。君等と考えた条件のままね。内容は別にして、あの不格好な物言いの羅列が何故か耳に馴染んだようだったよ。男爵夫人があの手の話し方を薦めたのは何か理由があったのかな」
「いいぇえ、特に理由はないのですけれど。敢えて言えば鍛錬を始めたばかりの子供の頃に、私より強い年上の男子はあぁいう物言いを好んでいたような覚えがございまして。ビアストール候の雰囲気がそのように感じられたものですから、つい口を突いてしまいました。そのせいで会談が毀に成らずに本当に良かったですわ」
「成程、年上の男子……、確かにあの若き侯爵様はそんな雰囲気をお持ちだ。あっははぁはぁ」
ほんの数年前までかの人を間近で見ていたから等とは言える訳も無い。
苦し紛れの返事を伯爵が笑い飛ばしてくれて、少しほっとしている。
まぁ、話し方なぞ関係無しに受け入れる筈だと思ってはいたが、条件の交渉もせずにとは何ともあの方らしい。
『エナレィシェ様が聞いたら少しうれしそうに微笑まれるに違いない』などと思いながら一番の関心事について尋ねる。
「三連星の男爵お二人はどうされるのでしょうか?」
「そう。私も気になって訊いてみたんだが、戦力を二分してそれぞれ指揮官代行で陣営に残すようだ。まぁ、これ以上戦況を不利には出来ないだろうしな」
「そうですね。やはりアシュバの突出陣をこちらが突き崩したのが堪えているのでしょう」
「ランスールの言う通り、ビアストール勢が居ない戦場では我が軍の好きにし放題だと刷り込む事ができたのは大きいな。ここでまた3人揃っての戦線離脱は如何な侯爵でも周囲を説得するのは無理と言う事だろう」
「戦況面では揃っての離脱が理想的でしょうが、侯爵さえ居なければ防衛線の維持は可能な筈です。3人で捜索が早期解決して復帰されるより、少しでも侯爵の離脱が長引く方が我が国にとっては有利かも知れません」
「うむ。長期戦になれば補給線の長い侵攻側が不利なのは確かだが。これについてはカンジュでの補給がどの様な状況かにもよるので、精査し直す必要もありそうだな」
ランスールと伯爵の話題は戦線の今後に移っているが、パラメニィの意識はビアストール侯爵の捜索活動に留まっている。
ビアストール侯の単独捜索ならば万一発見されてもエナレィシェに危害が及ぶ事はまずないのでその点は安心だ。
問題は侯爵がその後の対応をどのように考えているか。
セムリを含むこの地域内での保護だとすれば、今のエナレィシェの『王国亡命』の思いとは異なるし、ナクラ国内でビアストール侯が王国側に亡命の道筋をつける事が出来るとも思えない。
捜索中にエナレィシェの意思を伝える事でビアストールが戦場を離れてセムリに戻り、そちらからアルテ王国への公女亡命を交渉出来るならば成果が見込めるのではないかとも思うが、勝手な判断はできない。
早々に状況をエナレィシェに伝えて意思を確認する必要がある。
傭兵扱いでジャンガの下から来ているカチュアならエナレィシェとも顔馴染みなので伝令役に打って付けなのだが、ランスールにどう話せばよいだろうか。
*
ギルマルトは会談の天幕から陣営へ戻る間に早速テンラァトとマシュニットに事のあらましを話した。
両者合意済みなので内容は相談でなく報告だ。
陣営に入ると早速移動の準備に入る。
今回は2人を残していくので軍務に関しては全て任せれば良く、考えるのは自分の事だけだ。
ただ、連絡と雑用係に1人ずつ部下を推してもらった。
どちらも10代の有望株を推薦したので呼びだして、極秘任務で侯爵と出掛ける準備をする様指示して部屋に戻った。
公都往復に使った背嚢は出しっ放しで、それに着替えや小物をどんどん詰めていくと、あっと言う間に手荷物は出来上がった。
右肩に掛けて表で馬の準備をしていると若者2人が馬を連れてやって来た。
「ご苦労だな。出掛ける前に名前を教えてくれないか」
「エンリット・ジアンです」
「ケルバス・モナッダです」
「エンリットにケルバスか。予定は未定の極秘行動だ。いつ戻るかも分からんがよろしく頼むぞ」
「「はい!」」
「それでは行こう」
*
再び山麓まで下り、天幕の前まで行くとメトランツ伯爵が部下の衛士と待っていた。
衛士がギルマルトの乗る馬を牽き、東へ進んで行く。
やがてナクラの各陣営の間を抜けて第2防衛ラインを越えた。
「ここでお別れです。もし誰何されたり、行く手を阻まれる事があれば何も言わずにこれをお見せ下さい。全軍に通達してありますので、万一それでも支障があれば実力行使して下さって構いません。前線の中隊規模でもなければ貴候を阻む事などできないでしょうから、どうぞご自由に」
「承知しました。別行動もありますので彼等の分もいただけますか」
「もちろんです。この取り決めの状況が変わった際には是非至急ご連絡お願いします。それではお気をつけて!」
「ありがとうございます。また後日に!」
ナクラ公の紋章が入った通行証を3つ受け取り、丘の下を横切る街道に向けてなだらかな斜面を下り始めた。
これからの事はまだ漠然としか決めていない。
エナレィシェ達2人が落ちた崖の辺りは既に連合軍の勢力圏なので、何度か現場を確認に行った。
崖下の間道は上の道が出来てから通る者は限られる。
まずは近場の街であの間道を使う者の絞り込みをする予定だ。
*
「ねぇ、あなた。エノルの事なのですけど。お互いの状況を出来るだけ詳しく連絡し合いたいのです。もし良ければカチュアを連絡係で行き来させたいと思うのですけれど、良いでしょうか?」
「あぁ、エノルも君の事が心配だろうし、公都は初めてだから君だって心配だよね。もう小隊の事は人数がどうこう言われる状態じゃ無いから、カチュアはそっちの任務に回って大丈夫だよ」
「よかった。ありがとうございます。それじゃカチュアに託けを頼みますね」
「あぁ、そうだ。金はシャルテに預けてあるが、自由な金が要るかも知れない。これを小遣いにね。それにカチュアも公都に行けば経費が掛かるだろうから、これを渡してあげなさい」
「あら、2人共喜びますわ。それでは早速カチュアと話して参ります」
「うん。よろしく頼むよ」
「はい」
2人にと渡された金貨銀貨が掌できらりと光っている。
夫が物分かりの良い人で助かる。
これでエナレィシェとの連絡は問題無い。
カチュアにはかなり核心に近い話をしなければならなくなるが、彼女なら大丈夫な筈だ。
カチュアに話す内容を少しずつまとめてながら、彼女が居る仮設宿舎へ向かって歩き始めた。
今日で一旦閑話が終了。
明日からまた本編に戻りますので
よろしくお願いいたします♪




