第四挿話 亡国の小公女 8話 イマだから
今日もよろしくお願いします。
ギルマルトは戸惑っている。
ナクラ公国の防衛線、国境を越えた山岳地帯から抜け出て亡父の本葬と相続手続きを済ませたのは彼の本意ではなくセムリ公の思惑を阻止する為だったが、どちらの予想にも反して戦線は彼が抜けたせいで停滞している様だ。
あれ程焦っていた自分が気恥ずかしい程だが、別段その見込み違いに戸惑っている訳ではない。
帰路を急ぐ中、彼の部下の1人と出くわして『何を措いても大至急戻って下さい』と言われたのがこの戸惑いの原因だ。
何でも彼の部下総動員で戦場から全ての方向へその伝言を届けに走っているらしく、発信者はギルマルトが戦線を外れるに当たって部下達を預けた伯爵だった。
戦線停滞の情報を得て一旦ペースダウンしていたスピードをもう一度上げて向かう中、伝言を届けた部下に色々確認した。
ギルマルトが突破したナクラの防衛線が修復される前に、彼が抜けた跡にはアシュバ軍が陣取ったそうだ。
防衛線を越えて進撃しようとしたのだろうが、そこへナクラの第二防衛ラインが押し上がってアシュバ陣を包囲、波状攻撃で損耗を重ねさせられ撤退を余儀なくされたらしい。
包囲を突破する力も無い兵を敵の勢力範囲内に配置すれば確実にそうなる事は判り切っているだろうに『何か特別な策でも有ったのだろうか』と首を捻るばかりだが、とにかくその状態から戦線は膠着したままだと言う。
それではギルマルトが大至急戻る必要など無いが、今日その事情が一変した。
何と、ナクラ陣営から会談が申し入れられたそうだ。
恐らくアシュバの突出陣を撤退に追い込んだ勢いで有利な条件で話を進めたいのだろう。
申し入れの内容は不明だが、会談の相手を極力爵位の高い者に限定しているとの事だ。
本来ならカンジュから一貫して主導権を握って来たアシュバ側が強引に会談に出席するのだろうが、何せこの申し入れの原因とも言える【撤退】を演じたばかりで不利な交渉には顔を出す気もないらしい。
そこでお鉢がセムリに回って来たのだが、現場の高位貴族がどれも伯爵止まり。
こちらは今後のセムリ軍内での優位を握るべく、セムリ公の金魚の糞と言われる伯爵が強引に出ようとするのを他の伯爵が【同列】を理由に阻止している状況だ。
阻止する側も決して一枚岩では無いのだが、誰もが程度の差はあれどこの戦争に関するセムリ公の判断に疑問を抱いているのは変らない。
それでも例の【金魚の糞】がセムリ公の名を盾にしようとするので、なんとか家督を継いだばかりの【侯爵】殿にお出ましを願いたい、と言う話なのだ。
*
「ようこそおいで下さいました。歓迎いたします、ビアストール侯爵」
「はじめまして……の筈でしたが。どんな手違いですかね、これは」
「はい。会談を予定しておりましたマルツファンテ侯爵が体調を崩しまして、誠に申し訳ございませんが急遽私がお相手する事になりました」
「ほう。貴公のような策士の言葉を鵜呑みにしろと言われるか。メトランツ伯爵」
「何を仰る。ナクラ随一の武闘派を自認しておる私のどこが策士なのでしょうな」
「まぁ良い。ここで不毛な水掛け論を繰り返したところで何の意味も無い。私はこれで失礼する」
会談の場はナクラの第一防衛ライン中央から山を下った麓に張られた天幕だ。
ギルマルトはいつも通りにテンラァトとマシュニットの両男爵を伴って現れ、1人天幕内に案内された。
そこに待ち構えていたメトランツ伯を見て眉を顰めたのは明らかに面識があるからで、話の初めからナクラ側からの会談の意図を訝っていたギルマルトがその瞬間に怪訝を疑念に塗り替えたのも、これまでの経験則から得た判断基準が概ね正しい事の証左とも言える。
「おやおや、そう急がずともよろしいでしょうに。実はマルツファンテ侯からビアストール候へ今だから融通出来るちょっとしたプレゼントを託っておりましてね。帰られるのはその後でも良いのではありませんか?」
「プレゼント?」
「はい。まずは、それだけでも如何ですか?」
完全に天幕の出入口を目指して動きだしていた脚がピタリと止まった。
別に欲が出た訳では無く、こんな状況下での【プレゼント】の言葉に興味が湧いただけだろう。
そのまま天幕の中をじっくり見回して、もう一度メトランツ伯に向き直った。
「はて? この中に戴けるような物は無いようですが」
「はい、仰る通り。物ではございませんのでね」
「物ではない?」
「えぇ。お渡しするのは個人対国家の約定です」
「はぁ? 個人対国家ですと?」
「正直な話をしますとね。貴方はこの辺りの戦場では余りに規格外に過ぎて傍迷惑極まりない存在でして。それこそどこかの王国へ攻め入って王族超級の化け物に痛い目に遭わされれば良いのになと、常々思っている者は数え切れません。そう、この私を含めましてね。今回、カンジュとの戦いにおいて両男爵と御三方での戦形が【朱の三連星】等と呼ばれ出したのも、とにかく桁外れの強さの故。ところがどうもその動向を探ってみると何やら戦争そっちのけでアッチへ行ったりコッチへ来たり。戦場ではいつも通り先陣を切って嗣子粉塵と見せかけて、実は戦争なんぞどうでも良くて何かを一所懸命探しているんじゃないのだろうか……等と浅はかにも愚考を巡らせたりするのですよ。ナクラの【武闘派策士】としましてはね」
メトランツ伯が流暢な台詞回しで一気に捲し立てるのを、ギルマルトは否定も肯定もせず伯爵の口元をじっと見詰めたまま押し黙っている。
「それで、ここまでの考えをナクラ公とマルツファンテ侯に具申しましたところ『もしビアストール候にお探し物でお困りの点が有るのならば解決のお手伝いが出来んだろうか』と御二人が話し合われましてね。その方策を講じろと私に命じられたのです」
「…………」
「なぁに。『お手伝い』とか『方策を』とか上手く言の端をまとめようとしてはいるが、要は『探し物が見付かれば厄介極まりない朱の三連星がこんな愚にも付かない戦争に見切りを付けてさっさと何処ぞへ消えてくれるのではないか』等と淡い期待を抱いているのですな」
余りに明け透けな伯爵の言葉にギルマルトは彼を見る眼を更に大きくする。
「さもないと、私と配下の者達全員で差し違えてでも朱の三連星を倒すしか、この戦場からナクラの将来を拓く術が無くなってしまうのでね」
最後少しドスの利いた調子になったのは別に恫喝や威圧を意識しての事では無く、真剣にそれを覚悟する状況が脳裏を掠めて暗鬱な思いが声音を曇らせただけだろう。
ここまで聴いてギルマルトは右掌で伯爵を制した。
「待ってくれないか。言葉の意味は分かるが、貴方らの意図が見えない。いや、それを聞いたところで判断のしようが無いか。結果がどう転ぶかはまだ何も分からんので言えるかどうか知らないが、具体的に何をしてくれる積りなのだ? 貴方らは」
「あぁ。うむ、それではまず1つ目。防衛線のこちら側、ナクラ全土での行動の自由を保障しましょう。もちろん公宮や私有地は無理ですがね。次に2つ目。監視や警備の者は一切付けない。そして3つ目に見つけ出した者もしくは物の扱いを制限しない。もちろんこれは国としてであって関係者もしくは所有者についてはお約束できないが」
「成程、それは確かに破格の条件で、プレゼントと言っても間違いではありませんね。当然そちらからの条件もあるのでしょうな」
「えぇ。まず、お探しの対象を見つけ出すまでは戦線に復帰しない。もちろんこれは捜索を諦める事を公言すれば別です。次に朱の三連星の3名は捜索期間中は絶対に接触しない。同時期に別々に捜索を行っても良いが、連絡などは全て別の人物を介して行う事。最後に戦線復帰に際しては必ず前日までに宣言を発する事。以上ですな」
ギルマルトは自分の握り拳に目を落として押し黙った。
この件を考えているのは明らかなので、どうやら箸にも棒にも掛からない条件ではないらしい。
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