第四挿話 亡国の小公女 6話 ふうじん
今日もよろしくお願いします。
パラメニィは緊張している。
もちろん初めて軍議に呼ばれた事も心を波立たせてはいるが、万一セムリでの彼女--エネレィシェの乳母として--を見知った者が現れたりしないかの方が気が気で無い。
連合軍とは言えセムリとの交戦下において、セムリ公女の身柄は最重要な政治マターの1つで、政治の中枢に近ければ近いほど何を差し置いても影響下に置きたいと思う者がほとんどだろう。
もちろんセムリ公国では知らぬ者が居ないエナレィシェだがその乳母にまで知識が及ぶ者はセムリ国内でも極々限られるし、ましてや国外でそのような知識を持つ者は国賓もしくはその随行として公宮に滞在した者の一部に限られるのだから、武闘派貴族揃いのこの場に現れる可能性はゼロに等しい。
全てはパラメニィの杞憂に過ぎないと言う見方が的を射ているのだろうが、どうもジャンガとの出会いにしろ、ランスールと自分の事にしろ、ナクラに来てから全てが順調すぎる気がしてしようが無い。
『これまでの苦労はなんだったの?』的な自問を繰り返していると、どこかにきっとどんでん返しの細工が仕掛けられているように思えてならないのだ。
「それでは我が陣営の軍議を始める。初参加の者もいるが、これまでの戦闘での働きを知らぬ者はおるまい。詳細は省き名前だけ紹介する。ランスール・アムメッテ男爵とパラム・アムメッテ男爵夫人だ」
パラメニィの杞憂を置いてけぼりにして軍議が始まる。
メトランツ伯爵が進行を兼ねて場を仕切るのがいつものやり方らしい。
最初にアムメッテ夫妻が紹介されると軽いざわめきが生じ『ほぅ、【蒼の二重星】は夫婦だったのか』は良いとして『まさかアムメッテとはあの牧童貴族ではあるまいな』『いやいや、牛飼いが人買いから伴侶も買ったと噂に聞いたぞ』等遠慮を知らぬこれ見よがしな呟きが其処彼処から耳朶に触れる。
アムメッテ男爵家が長年困窮を極めていた事はかなり有名で、それを官僚貴族としてでもなく武闘派にも属さずに独自の牧畜経営で乗り切った事も知られ出している。
正直なところあれ程の強さがあるならば自領の事より寄親の陣営のために働くべきだったろうと武闘派の者達が考えるのも自然な流れだし、元より物心付いた頃から揶揄中傷に慣れっこのランスールは表情を変える事なく真剣な目線を伯爵に向けたままでいる。
それを目の端に留めた上でメトランツ伯爵が何事も無いかのように話を続けると自然私語は止んだ。
「皆も承知の通り、今回の戦闘は我が国の第一防衛ラインが破られ突出したアシュバ軍を第二線の我らが前進迎撃する事から始まり、突出部の敵軍を壊滅寸前に追い込み後退させて第一線が修復された事で一旦の小康を得たものだ。さて、ランスール。今回の戦闘で初参陣ながら大いに武勲を上げたアムメッテ小隊の隊長としてこれまでの推移をどのように考えるか、挨拶代わりに話してみよ」
「はっ! ご指名により発言いたします。挨拶代わりとの事ですので、これを持って皆様への辞宜口上に代えさせていただきます」
代えるとは言ったものの、一旦言葉を切り深々と頭を下げる。
戦況分析についてはこれまで戦闘の区切りごとに妻のパラムと話し合って来たので些かも迷う事は無い。
「最初に、各個戦闘の動向には今回の戦争勃発の経緯が大きく影響していると思われますが、これを語りますと挨拶代わりでは済まなくなりますので割愛いたします。まず山岳地帯第一防衛ラインでの戦闘ですが、これにつきましてはこれまでのアシュバ・セムリ連合軍の定石通り、ビアストールの【朱の三連星】が防衛線を突き破る所から戦闘が始まりました。ビアストールはいつも通り喰い込んだ敵防衛線内部で配下部隊の到着を待ち自陣を構築しました。本来ならば三連星がここから転進、敵前線の後背に回り込んでの突破と正面からの突入をジグザグに繰り返して前線中央に大孔を穿って敵防衛線を完全に崩壊させてしまいます。ところが今回に限っては何故かこの時点で戦場からビアストールが消え失せたのです」
一旦言葉を切ったのは自分の都合、気負いから早口に成り掛けているのを妻の視線で感じたからで、直ぐに言葉を続ける。
「三連星が消え失せただけでなくビアストールの陣屋も全て後退したのですが、セムリ軍は動かずビアストールの復帰を待つ姿勢かと思われました。そこで入れ替わりに突出したのがアシュバ軍です。ビアストール陣の跡を引き継ぎ押し広げ大規模な陣地を形成して、我が軍の残存する第一防衛ラインの内側へ強引に勢力を広げようとしました。そこで我等がメトランツ陣営を含む第二防衛ラインがそれの包囲迎撃に当りました」
そこは陣営の誰もが知っている事だが、間違いはないので皆黙って聞いている。
「迎撃の主力を担った我等の陣営はメトランツ伯爵の采配よろしく、主力がアシュバ軍を押し込め、要所に投入された遊撃隊が役割を果たす、全軍一丸の働きで見事アシュバを撤退に追い込みました。その隙を逃さず第一防衛ラインの再構築がなされ、我々は本来の第二防衛ラインの陣屋に戻り今に至ります」
「ふむ。ほぼほぼ事実の確認ではあるが間違いは無いな。それで、ビアストールの動向についてはどのように考えているのだ」
「はい。私の知る限りでは現在のセムリ公とビアストール侯爵家の関係はどうやら万全とは言い難い状態のようです。今回のビアストールの不在については恐らくその事情が関与しているのではないかと考えております。セムリ軍単独での戦争であればビアストールを戦線から外す事なぞ以っての外ですが、アシュバとの連合である事がセムリ公の意を強くしたのでしょう。しかし今回の戦況から判断すれば、いかに国主と言えどビアストールへこれ以上の干渉は無理な筈。早晩ビアストールの戦線復帰は間違い無いかと思われます」
「うむ、それに関しては情報が入っている。ビアストール侯爵が急逝したのを質に取って、セムリ公が侯爵家簒奪を画策したようだ。急遽公都へ戻ったビアストールはそれを阻止、正式に侯爵位を継いで戦場復帰を急いでいるとの事だ」
「……となると、アムメッテ男爵の言う通りに三連星の戦線復帰は間近と言うことになりますね」
フルムズ子爵が口を開く。
まだ若いが低音が良く響く落ち着いた声に、伯爵が頷き返す。
「あぁ。侯爵を継いで落ち着く等と考えるのは奴を知らん者だけだ。あれはまるで風のように戦場を駆ける……そう、まるで風神そのもの。自分が抜けてアシュバ軍が翻弄されたと知れば、直ぐにでも前線に躍り出て来るだろうな。よし、問題はここからだ。ランスール、話のついでだ。今後の展開予測と我が陣営の戦術方針について意見を述べよ」
「はっ。仰る通り現状を事前に知れば、ビアストールは戻り次第に前線突破を図るでしょう。ひょっとすると前線に辿り着いた瞬間にその場で攻撃を始めるかも知れませんね。そうすると前回はど真ん中を食い破られましたが、次はどこになるか。騎乗のまま抜けれる道は2本ですから、迎撃態勢を取るとすれば中央と街道口2ヶ所の計3ヶ所でしょうか」
「それから?」
「ここからは伯爵がこの戦闘をどうされたいか、我が軍がこの戦場をどうしたいか。それによって選択肢が大きく変って参ります」
「それに最初に言った『今回の戦争勃発の経緯が大きく影響する』が加わるか?」
「はい。更に『セムリ公とビアストールの関係性』も、ですね」
伯爵は頷くだけで、一瞬言葉が止まり静寂の間が生まれた。
ほとんど2人だけの会話が続きだしたが、それを倦んだり持て余す様子の者はいない。
まぁ理解がどこまで及んでいるかにはかなり個人差があるようだし、賛否についてはそれぞれ持論もあるのだろうが。
明日もお待ちしております。




