第四挿話 亡国の小公女 5話 いつでもユメを
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ギルマルトは疾走している。
実際走っているのは馬だが、彼の気持ちはそれ以上に馳せ続けている。
例の村で荒くれ集団を待つ事になり夕刻からテンラァトとマシュニットが巡回している間に休息を取り襲撃を待ち構えたが気配も無く、交代で夜警を務めた深夜にも姿を現す者はいない。
翌朝からも何の動きも見られず『これは取り越し苦労が過ぎたか』と思った午後になって、漸くそれはやって来た。
4台の古びた小さな荷馬車に、20人余りのいかにもガラの悪い連中が窮屈そうに分乗している。
総勢30人程と聞いたが、根城を空には出来ないだろうから妥当な線なのだろう。
ギルマルトとしては全員揃っている方が時間の節約になり助かったのだが。
「おぅおぅおぅ! 御大層な格好しやがって、貴族でも気取ってんのかよぉ! 手前かぁ、仲間を虚仮にしやがったのわぁ」
1台目の荷台の奥に粗末な椅子を置いてふんぞり返っていた男が馬車が停まると同時に立ち上がり、村のとば口で独り待ち構えていたギルマルトへがなり立てる。
元からの大貴族なので気取る気なぞ毛頭無いし、貴族がそれなりの出で立ちをしているのは要らぬ厄介を引き起さない為だ。
ただ普段着にまで特別な素材は使わないので一般人が真似る事も出来なくはない。
確かに大貴族がこんな所に独り居る筈が無いと思う方が庶民感覚としては正常なのかも知れない。
「いや、昨日君の仲間を叩きのめした若者は急ぎの用でそのまま立ち去ったよ。私は偶々その場面に出くわしただけの者だ。どうだ、本人がもう居ないのだから無駄な荒事は止めにしてこのまま引き返してくれないか?」
「くぉうらぁ! 馬鹿にしてんのかぁ、手前! 俺等がわざわざこんだけ頭数揃えて出向いたんだ。それなりのもんを差し出さねぇでケリがつくと思ってんのかぁ! 金と喰いもん、それから若い女、村のありったけ全部出っしゃがれ!」
「やれやれ、しようがないなぁ。村にそんな余裕はないだろうし、娘さん達をそんな目に遇わせられないな。分かった、それじゃあ私が相手をしよう」
「うっせぇ! ごっちゃごちゃと御託並べてんじゃねぇ。御大層な形で自信も有んだろうが、コッチはこんだけ居んだよ! 泣きを見るのがドッチか端から分かってんだ。うぉぃお前等、とっとと畳んで片付けちまいなぁ!」
馬車の荷台から様子を見ていた荒くれ達が次々と馬車を降りギルマルトを取り囲んだ。
マシュニットは万一の場合に人々を守るため村の中で待機しており、テンラァトは朝からビアストール領に走って領内の警備に残してある騎士のうち数名を連れて来る予定だ。
ここからは公都よりビアストール領の方がかなり近いので往復しても充分夕方までには戻って来る筈だ。
まぁ確かに1対20の構図はどう見てもギルマルトに分が悪いが、当人は至って涼し気な顔で臆する様子は微塵も無い。
数瞬の後、数を頼みに荒くれ達は次々にギルマルトへ襲い掛かる。
とは言え、実際同時に攻撃を加えられるのは3人、多くて4人までだ。
正式な訓練を受けた騎士達と戦場で似た様な条件の命のやり取りをしているギルマルトにとってこれはかなり温い状況で、弓の類や魔法で遠距離から隙間を縫うような攻撃が無い分全てが児戯に等しいと言っても間違いでない。
苦心するのはどうやって殺さずに戦闘力もしくは意欲を刈るかだけだ。
個々の動きを描写したところで何の意味も無い。
男達はほんの数分で全員が地ベタに這い蹲って動けなくなった。
「えぇっと、誰だったかな?」
さっきまで話の相手だった男がどこに倒れているか判らずに、ギルマルトが地面を見回す。
口先だけで仲間の後ろへ隠れず攻撃に加わったのだけは褒めてもいいだろう。
「ここです」
消え入りそうな声が隅の方で応える。
「あぁ、そこか。君が彼等の首領なのかい?」
「いぃぇ。あっしはこいつらの兄貴分で、頭はアジトに残ってやす」
「そうか。アジトは遠いのかい?」
「はぁ、馬車で1時間半たらずですが」
「そこにこんな馬車はまだ有るかい?」
「はい、もう1台だけ」
「残った人数全員それに乗れるかな?」
「いやぁ、2台は要りますが」
「それじゃあ、念の為2台で迎えに行ってもらおうかな。君ともう一人立てるようにするから、私の部下とアジトまで同行してくれ。言っておくが、部下も私とそう変わらない強さだから戦っても逃げても無駄だからね」
「はぁ。逃げやしませんよ。でも俺等をここに集めてどうなさるんで?」
「私の領地に引っ立てるのさ。飯を食わす代わりに訓練を受けてもらう。うちの家臣に空きは無いから傭兵団でもやってもらおうかな。護送の騎士達が夕方には着く予定だ。いやぁ、それまでに来て良かったねぇ。夕方まで待って来なかったら騎士達が僕等に代わってこの村の守備につく予定だったんだよ。彼等は遠慮を知らないからね、相手が彼等だったら君達半殺しでも済まなかったんじゃないかな、うん」
「…………」
こうして3人は一網打尽にした荒くれ達を夕方到着した部下の騎士達に引き継いで夜駆けで戦場へと急いだ。
今夜も野宿が必至だがしようがない。
*
「ねぇ、公都は初めてなのよね」
メリェイナの問い掛けがナクラの公都を示しているのが理解できていても『いいえ』が口を突き掛けたのは、セムリで公都公宮を住まいとしていた幼い日々の想い出がエナレィシェの中で何よりも大切な物だからに違いない。
その言葉も想い出も一つに胸へ沈めて向ける、屈託のない笑顔も決して造り物ではない。
人にとって真実は決してひと通りではないし、たった1つの現実に対する想いもエナレィシェにすればただ1つと割り切れるほど単純な物でもないのだから。
とりあえず返事はいつもの【嘘にならない脚色】だけれども。
「えぇ、メリナ様。子供の頃からずっとウチの屋敷や別邸の中で過ごしていたので、話に聴く公都のように賑やかな所は初めてですわ」
「そうよね。親が公宮勤めでもなければ、田舎の領地やもっと田舎の別荘で過ごすのが貴族の娘ですもの。私だって舞踏会に呼ばれ始めた12歳までは領地からほとんど出た事が無かったのよ。だからまだたったの2年。それも長く住めるなんて、そんな相手と婚姻する事が無い限り有り得ないと思っていたわ。理由が戦争だから喜ぶのは間違いだけれど、少しくらいはウキウキしても良いわよね」
「はい。実はあたくしもワクワクして来ました。慣れれば一緒にお出掛けとか出来ればいいのですけど」
「そうよね。公都邸の執事長は今誰だったかしら、確かこの間変ったばかり。あぁそうそう、家督を継いで遊撃部隊の中隊長になったフルムズ子爵だったんだけど、新任が誰か聞き忘れていたわ。フルムズみたいにお堅くなければ良いのだけど」
「子爵様はお堅いのですか?」
「えぇ、武闘派が多いメトランツ伯爵家の連枝の中でも、鎧兜が服を着てるみたいなガチガチの武闘派でね。戦場では『臨機応変な引き出しが多い最上級の現場指揮官』って噂が有名だけれど、屋敷勤めではルールから半歩も外に出ない石頭だったわ」
「きっと屋敷のなかでも戦場の事を考えているから、ルール以外の判断にまで煩わされたくないのでしょうね」
「えぇ、絶対にそうよ。でも彼ね凛々しい男前なの。年は十近く離れているけれどまだ独身で、伯爵家の中では家格が一番私と合うのよね」
「あらぁ、まさか。おのろけですか」
「そんなんじゃないわょ。他の貴族家との婚姻の方が可能性は高いし、第一戦場以外でも『臨機応変』を憶えてくれなければ婚姻生活は真っ暗闇じゃないの」
「賢い殿方は手の内全部は晒さないものらしいですわ。家庭を持てば変る方も多いと聞きますし、案外心配は要らないかも知れませんね」
「そ、そうかしら」
「メリナ様はまだ成人まで時間がありますし、戦争が落ち着かないと婚姻の話も中々進まないでしょう。ゆっくりお考えになれば」
「そうよね。まだまだ私達いつでも夢を持っていて良いのよね」
「はい!」
明日もよろしくお願いします。




