第一章 商都の孤児少女 13話 はかってわれについたおち
13話です。
孤児院への手入れのあと院長たちのあつかいが決まるまでに少し日がかかったのは、お嬢さまが言ったとおり役所の中でいろいろかけ引きがあったからだろう。
お嬢さまの小間使いになってから週に一度ほどは【ことば】の受けわたしにタリアンさんのおうちへ通っているあたしは、きのうタリアンさんからその後のなりゆきを聞くことができた。
『孤児院は役所が管理する事になったよ。専任の院長は置かずに監督部署を立ち上げて組織運営する。院長達を含めてこれまでの職員は調査の上問題の無い者を監督部署で雇用する。と言っても、孤児達がどこも同じような状況だったみたいだから院長達は軒並み有罪確定だと思うよ。それでその処遇なんだけど、経費を着服して溜め込んだ財産を全て没収するんだが一部の者以外は高齢者ばかりで新しい仕事に就く事もできない。なので没収した財貨を監督部署の上位官庁に貯め置いてね、年寄りでも可能な簡単な仕事をさせて最低限の生活ができるだけの金額を支給する事になった。彼らと配偶者全員が身罷って残った財貨があれば孤児院の運営費用に充てられる』そうだけど、うちの院長のお妾さんはどうなるんだろう。
『独身の院長が婚姻せずに妾を囲ったのはとうに子供を作れる年じゃなくて若い女が欲しいだけだったからでね、孫ほどのその女性は別の孤児院で育った人らしい。その女も孤児院育ちの例に漏れず手に職など無いし、監督部署で引き取ってまともに仕事ができるようになるまではその財貨から生活費を支給するそうだ』じゃあ、院長たちのチャクフクを見のがしてきたお役人は?
『あの孤児院のことだけだったら何のお咎めもなかったんだけどね、調べるとナムパヤのほとんどの孤児院からの付け届けを受けていたらしい。官庁としても表立っては処分し辛いから、新しい監督部署の立ち上げに伴って今の部署は解体で責任者だった本人は減俸の上で資料室の次席に【栄転】が決まった。上位官庁の責任者は監督不行き届きで今月の報酬を返納するらしい』なら、これまで卒院した人でこまっている人達は?
『着服が始まった時点で在院していた者で生活困窮者がいれば、例の財貨から生活費を補填するそうだ。ただし職業訓練を含めた期限付きだから甘くはないけどね』
たしかに甘いばかりじゃないけれど今までのお役所と同じとは思えないほどよく考えられていると思って、帰ってお嬢さまへつたえる時にたずねてみた。
「よく分かったわね。うちと駆けつけてくれた商家でね、証言と一緒にタリアンの施策を取り入れるよう提言したの。朝のうちに彼がまとめておいたのを連名で提出しただけなのだけど、皆合わせれば【東イクァタ】全体の2割近い商圏になるから官庁も無視は出来ないわ。まぁ元々取り入れ易いように彼や私の理想から随分妥協はしてあるけど、お役人だけに任すよりはずっとマシでしょう」
へぇ、甘味屋ではそこまでの話は出ていなかったのにタリアンさんは先を見てそんなことまでしていたのね。
タリアンさんの【構想力】とメルノアさまが受けつぐだろうバクルットの【経済力】が合わさるとすごい【政治力】ができるかも。
もしかするとイクァドラットって言う国そのものを変えていくようになるかも知れない。
孤児院のことはそのはじまりで、あたしはそれに一役買ったことになるんだろうか。
お嬢さんとタリアンさんにしてみれば、もし2人の関係をとやかく思う人がいてももう何ヶ月かすれば【資格検定】に合格して交際を公表する予定だし、その時に『あぁ、あの件がきっかけで』なんて思ってくれればしめたものなのかも。
まぁお嬢さまたちのことはあたしがいてもいなくても遅かれ早かれなるべくしてなるんでしょうけど、あたしにとってはやっぱり自分のことがね。
こうして孤児院が変わるきっかけにあたしが大きくかかわってることはタリアンさんがみんなの前ではっきりと話したのでもう取り消したりはできない。
べつに取り消してほしいとかどうとかじゃなくて、もうそれがふつうに当たり前のこととしてかなりの人たちに知られてるってこと。
だいたい名門や大店って言われる家と孤児院のかかわりってお金を出すことくらいしかないはずなのに、なぜか孤児院そだちのあたしが小間使いとしてやとわれて、それだけじゃなくわざわざお嬢さまがのり出すほど気にかけている。
小間使いってすごく身近なそんざいだから『普通の使用人より身元を気にするものなのに変だな』と思ってもおかしくない。
このあたりでバクルット家に関心がない人なんていないから、あたしのことはどうでもよくても『お嬢さまが何故?』だけであたしのことまで聞いてまわる人だって少なくないのよ。
だからあたしはこのあたりや役所では知らぬ間にいちやく有名人なんだけど、バクルットのみんなやタリアンさんがよけいなことを話すわけがないのでネタ元は孤児院や商店街だけ。
『顔立ちは悪くないけど何を考えてるか全くわからない不愛想な娘』とか『たまに話すと相手を馬鹿にしてるような大人びた物言いをするいけ好かない娘』とか『要領よく商店街のオヤジ達に取り入って残飯をあさってた意地汚い娘』なんてろくでもない話ばかりが出てくるからますます『お嬢さまは何故?』は深まるばかりよね。
お嬢さまやタリアンさんに何か大きなかくし事でもあればべつだけど、好きあってるのをないしょにしてるだけで後ろめたいことなんて何もないから見つかるはずもないし。
みんなが好きなウワサのタネなんてドコにもないから、あたしがじつはむかしバクルットを助けた人のマゴだったとか、先々代のかくし子のむすめだとか、そんなバカバカしい話まで言い出す人まであらわれる。
お嬢さまは『放っておけばそのうち静まるわよ』と笑っていたけど、レベッサさんが『そんな訳には参りません!』と目をサンカクにしてカザムさんをつかまえて離さずゴソゴソと何やらはかりごとを立てていたみたい。
しばらくすると人々の間で新しいウワサが流れ出した。
『街でエノラ・ウズミヌを偶然見かけたバクルットのメルノア様は、物の値打ちが分かるスキルでその孤児の価値を見出して即刻雇い入れることを決めた。ただしそれはバクルットの商いに直接活きる物ではなかったので、バクルット家としてではなくメルノア様個人の小間使いとしての雇用となったのだ。孤児にも拘わらず充分な知性と知識を兼ね備えたエノラをメルノアさまはいたくお気に入りで、その自出からエノラが中傷されることを懸念して孤児院の改革に乗りだした。取引先の伝手で有能な資格修士であるタリアン氏を知り、今回の実務を任せたカザム氏との共同作業で事を成就させた令嬢の慧眼は実に素晴らしく敬服に値する』
おおむねこんな感じのウワサはバカバカしい話を追いたて、あっと言う間にひろがった。
じっさい『偶然見かけた』と『取引先の伝手で』以外にウソはなく『いたくお気に入り』が大げさなだけだから、話のつじつまがキレイに合うのはあたりまえなのよね。
これならお嬢さまとカザムさんの間がらを疑われることはないし、メルノアさまも『おのれのスキルを妄信する独善家』と思われたとしてもその先まであれこれ当てずっぽうされることもなくなるからバクルット家としてはバンバンザイでしょう。
そして人々にのこるのは『その孤児の価値って何?』よね。
レベッサさんがカザムさんのおしりを引っぱたいてひねり出しただけあってバクルットにとっては申しぶんないんだけど、あたしのことにまではやっぱり手がとどかない。
まぁあたしは外の人と会うことも少ないから『人の噂も……』って時が立つのをじっと待ってればいいだけどね。
明日もまたよろしくお願いいたします!




