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第四挿話 亡国の小公女  3話 僕の事

お読みいただきありがとうございます。

 ギルマルトは後悔している。

いや、後悔と言うのは少し違うかも知れないが単純な策謀に乗る以外に術が無かった自身を残念に思っているのは確かだ。

テンラァトとマシュニットの進言でナクラ侵攻の最前線から公都へ急行したおかげで、余裕を持って父親の本葬に臨む事が出来、事前に相続の手配も済ませる事が出来た。

本葬や相続に対するセムリ公からの嫌がらせ染みた干渉も、堂々たる実績を誇る正統な継嗣がその場に居れば口を挟み蝕指を伸ばす隙は無い。

それは本葬の3日前に彼の姿を見た母親の安堵の表情が全てを表していた。

セムリ公国で武闘派として確固たる地位を占めるビアストール家ではあるが、長年の公宮務めの経験から官僚的な実務に関しても何ら他家に劣るところは無い。

現状侯爵家の中核を担うテンラァトとマシュニットがギルマルトを輔佐すれば、本来の正当な相続手続きに難癖を付けられる貴族も官僚も存在しないし、その圧倒的な武威が邪な小細工さえも封じ込めてしまうのだ。

侯爵家簒奪を画策した事なぞ何処吹く風のセムリ公が出来たのは精々相続への承認の儀式を本葬翌日から翌々日に引き延ばす事だけで、それはビアストール家にとっては事前から折り込み済みの事であった。


 無事相続を済ませたギルマルトは公宮で母に別れを告げ、その足で戦場最前線へ向かった。

とにかく一刻も時が惜しい。

大枚をはたいて準備した魔導通信での戦況報告では、最大戦力の彼が居ない戦線はまだ国境山岳地帯の攻防戦を繰り返しており、地の利を得たナクラ軍が防衛線を堅持する状況が続いている。

魔導通信は便利なのだがその魔導具は高価な上に、大掛かりで徒歩や騎乗で携行できる物ではない。

戦場の陣営に設置して各ギルドや主だった役所や高位貴族家に在る魔導具とのやり取りは出来ても最前線や移動時に使用するのは実質不可能なのだ。

公都を出た以上、どこかの拠点なりに入らなければ戦場の最新情報は得られない。

つんぼ桟敷の移動を少しでも早く終わらせたいと先を急ぐギルマルト達の前に起きた出来事は安直な奸計の臭いが鼻につく物だったが、無視する事は出来なかった。


 公都を出て半日馬を走らせて森の中で野営し、翌未明に移動を再開する。

早足となみ足を繰り返しての騎乗で夜明けを迎えた後そのまま小一時間、休息に立ち寄った村で事件が起きた。


 ギルマルト達3人が村外れで下馬し馬を牽いて村の中心へ向かった矢先、すぐ傍の家陰から騒々しい物音とやり取りが耳に届いた。

何事かと家の裏手へ回り込むと数人の男達が地ベタに倒れ込んでおり、それを1人の若者が睥睨していた。

『これに懲りたら金輪際この村に因縁を付るんじゃないぞ!』と啖呵を切った若者は、成人している様だがまだ10代に見える。

その背の後ろには5人の男女が固まっており、怯えた様子が伝わってくる。

倒れた男達はかなり屈強な体躯の持ち主で若者1人に倒されるようには見えないが、恐らく若者が武技の使い手かそれなりの魔法使いなのだろう。

どうやら男達をこれ以上痛めつけるつもりは無いようで腕組みでじっと睨みつけている。

やがて倒れた男達がノロノロと痛めた部分を撫で擦りながら起き上がりはじめた。

項垂うなだれ弱々しく振る舞ってはいるが藪にらみ気味に下から斜見はすみする目には陰鬱な恨みがこもり、とても改心している様には見えない。

それに気付いてか気付かずか『さぁ、とっとと失せろ! この悪人共!』と元気な声で追い打ちを掛けるのに急かされて、男達は這う這うの体で村の外へと消えて行く。

『さぁ、皆さん。これで大丈夫ですよ。怪我をした方は居られませんね。それは何より。それじゃあ僕はこれで失礼しますよ。なにせ先を急ぐものでね』と快活に言い切った若者は、村人らしい男女が何か言いたげなのにも気付かず颯爽と立ち去ろうとした。


「おい。ちょっと待て! まさかそれだけなのか?」

「はぁ、それって僕のこと・・・・? 急ぐんだが……。あれっ、貴族様ですか? 何かご用でしょうか?」


 ギルマルトが若者を呼び止めると、面倒臭げな若者が相手の身形みなりに気付いて立ち止まった。


「まさかこれで出て行く積りなのかと訊いているんだが」

「はい、そうですよ。いやぁ、礼なんかは要りませんよ。当たり前の事をしただけですからね。いやぁ、良い事をすると気持ちがいいですよね!」

「急ぐのは分かったがほんの少しの事だ、そこで彼等の話を聴いていろ」


 剣呑な雰囲気を纏ったギルマルトの表情に気付かないのか能天気に答えた若者が、面持ちを訝し気に変える。


「なぁ、皆さんはこの村の人達ですね」

「はい、そうでございます。ご貴族様」

「あぁ、畏まらなくても大丈夫だから。それでは訊きたいのだが、今彼が追い払った男達はこの辺りの地回りか何かかな?」

「はぁ。ここから半日ほどの距離の山に巣食う荒くれ共でございます」

「そうか。それで奴等はどの様にして暮らしているんだ?」

「はい、ここと同じ様な10ほどの村からみかじめ料として金品をせしめております」

「それで先程の奴等はその為にここに来たのだな」

「はい。何でも仲間が増えたそうで、みかじめ料を増やすと言われました。急な事で用意が出来ておりませんので次回からと申したところ、酷く毒吐きはじめまして……」

「そこで彼が出て来て奴等をしてしまったんだな」

「はい。昨夜遅くに村に着かれまして、村長の家にお泊りでしたが丁度出て行かれるところで」

「毒吐いていた荒くれ達を有無も言わせず叩きのめしたのだろうね」

「はい、さようでございます」

「ところで、その荒くれ達は総勢どの位の人数なのかな?」

「これまで20人余りだったのが増えて30人程になったとか」

「それは困ったなぁ。30人が押し寄せて暴れたらとても無事では済まないだろうな」

「はい。わしらの身もそうですが年頃の娘もおりますので、それがまた心配で」

「判った。続きはまた後で聴くから少し待っていてくれるかな」

「はい」


 村人との話を一旦打ち切ってギルマルトは若者へ振り返る。


「おい、聞いただろう。あんなのが30人だ。良い事をしたお前さんは、その30人も全部伸して公都へ連行するか、村にたからず暮らすように仕事を押し付けて言う事を聞かせるか、それともいっそ全員を殺してしまうか。何でも良いから責任を取ってから急ぎの先へ向かってくれるのかい?」

「いやぁ、あのぅ、そのぉ」


 腕に覚えはあるのだろうが30人を相手取れる風にはとても見えない。

それには最低でもテンラァトかマシュニットに迫る力が必要だ。

しかも村人を守りつつとなれば、ギルマルトを加えた3人でなければ無理だろう。


「お前さんなぁ。もしこれまでもこんな事をして来たんなら、一度全部その後がどうなったかを確かめてみるがいい。人々の生活ってのはなぁ、お前さんが粋がって好き勝手やってる外側にまでずぅっと広がってるんだ。それを分からないでその場だけの【良い事】で自己満足したいなら、どっか別の国にでも行ってやってくれないか」

「はぁ、そんな事とは露知らず。申し訳ありません! でも急ぐのは本当なんです」

「その急ぎの用事を抱えて、何で厄介事に手を出したんだ?」


 思わずマシュニットが横から突っ込みを入れる。


「はい。実は昨日の昼に飯を奢ってくれた商人が、この村に近頃たちの悪いコロツキが因縁を付けて村人が困ってると教えてくれまして。『明日の朝もまた来るらしいが、懲らしめる事ができれば村人のためになるし感謝されるだろう』と聞かされたもんですから、ギリギリまで出発を遅らせて様子を見ていたんですよ」


 マシュニットとテンラァトが顔を見合わせて眉間に皺を寄せギルマルトに頷き掛ける。

どうやらギルマルトの邪魔をしたい連中は3人に見せる為の小芝居の種本をそこいら中にばら撒いているようだ。

芽を出すのは僅かでも、ギルマルトがそれを無視出来ない事までお見通しなのだろうか。

明日もよろしくお願いします♪

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