第四挿話 亡国の小公女 2話 はいそれまでよ
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エノル・アムメッテ男爵令嬢ことエナレィシェは毒気を抜かれている。
パラメニィがランスール・アムメッテ男爵と婚姻して2人の養女となったばかりの身だが、アシュバ・セノル連合軍のナクラ公国侵攻で2人が寄り親メトランツ伯爵家の軍に参陣した事で公都の伯爵館に身を寄せる事になった。
これはパラメニィの提案で、彼女の読みでは『アシュバ大公国には侵攻した各国を殲滅させる意図は無くアシュバを盟主と仰ぐ条件の停戦合意を認めさせたいだけ』で『拭い切れない恨みを買う公都蹂躙は絶対に行わない』ので『男爵領の安全が確保出来るまでエノルは公都に避難させませんか』と問われたランスールがメトランツ伯爵に頼んだのだ。
男爵領の牧場と耕作地は庭師のオルドムが常雇いの作業者を使って維持する事になり、エナレィシェは女中頭のシャルテと2人で伯爵領の屋敷に身を寄せて公都への移動を待っている。
ランスールと話したメトランツ伯爵は『アシュバは公都を蹂躙しない』との推測に賛同し、自身の娘メリェイナも公都へ避難させる事にした。
エナレィシェはそれに同行する形になる訳だ。
伯爵令嬢はエナレィシェより年上だが成人にはまだ1年以上足りない13歳。
魔力の高さと容姿の整い方はほぼ比例すると言われているが、女性の場合は往々にして緊目の印象が強くなる傾向にあるのだが、彼女を見た者は実におっとりした印象を受けるだろう。
何事にも例外はある物で、エナレィシェも王族級の強大な魔力の割には儚げに見える様で、それが身分を偽っても疑いを持たれ難い理由の1つになっている。
そしてその儚げな見た目に似合わず論理的で数字にも強いのと同じように、メリェイナはそのおっとりとした外見とは裏腹に実に闊達で行動的な女子だった。
「ねぇ。貴女、アムメッテ男爵の養女だそうね。来歴は話せるのかしら」
「親はセムリの貴族でしたけれど、父が亡くなり後を継いだ伯父に追い出されてしまいました。先日ランスール様に嫁いだパラムと2人きりカンジュ大公国でひっそりと暮らしていましたが、戦乱から逃げ延びてこのナクラでランスール様と出会ったのです。ランスール様とパラムが惹かれ合い婚姻しまして、そのご縁で私も養女としていただけました」
「アムメッテ男爵も爵位に収まる力量じゃないけれど、貴女も男爵家の器量じゃなさそうね。セムリじゃかなりの高位貴族だったんじゃないの」
「いいぇ、そんな事は」
「私、魔力だけならお父様より上なのよ! その私の鼻が貴女の魔力を嗅いでヒクヒクしてるわ。高位貴族の女って高慢ちきな顔してる癖に皆猫被って本性出さないのよね。まさか公爵や侯爵の娘に襲い掛かる訳にはいかないけれど、貴女なら誰にも文句は言われないわ。悪いけど、相手してね!」
初対面で紹介された後に屋敷の庭園に誘われたのにそんな理由があったのにも驚くが、彼女の呪文が温操系と空操系の二重詠唱で恐らく随分高度な炎熱魔法が飛んで来そうなのに呆れてしまう。
屋外だとは言え、庭木も多く東屋も近くにあるのだが御構いなしのようだ。
かなりの高速詠唱なので同等以下の者だと何を唱えているかは分からないはずで、詠唱に気付いた時点で余裕を持った空創系障壁の詠唱に入らないと間に合わない。
エナレィシェの詠唱は更に早いので彼女の詠唱を見極めてからギリギリ相殺可能な障壁を展開することが出来る。
すると、メリェイナが呪文を詠み切る前にだぁっと駆けた。
ほんの四五歩の事だが魔法の発現位置が変るので当然飛来角度も変化する。
絶対位置固定の障壁で呪文を構築していたなら、魔法の一部しか防げなくなる。
こんな場合は自分自身との相対位置設定の障壁を構築するのが戦い慣れた者の証だ。
エナレィシェの障壁は当然後者なので彼女が身体を向けた方向に障壁が発生する。
それも攻撃が回り込まないギリギリの大きさの障壁なので消費魔力も少なくて済む。
メリェイナから放たれた魔法がエナレィシェの直前で巨大な炎熱球を発生させて襲い掛かる。
全てを燃やし尽くすような業火がエナレィシェを包み込み、有り余った炎熱が後方の立木を一気に燃え上がらせた。
一連の炎の乱舞が静まった後、真っ黒こげに燻る立木を背にエナレィシェが何事も無かったかのようにメリェイナを見詰めている。
いや、何事も無い風に見えたのは、受けた衝撃の大きさにその内心を表す術が見いだせなかっただけかも知れない。
自分の生まれ育った家の庭とは言え……ではなくだからこそ、そこで何の躊躇もなく初対面の相手に大魔法を放てる生来の潔さに呆れるを通り越して、完全に毒気を抜かれてしまった。
「凄いわ! 魔法を教えてくれた侯爵級の魔導士でもそんなギリギリの障壁では避けられなかったわ」
「偶々です。私が張れる最大の障壁がこの大きさだっただけで、その大きさで難を逃れたのも全部偶然。悪くすれば死んでしまうところです。酷いですわ!」
「よく言うわね。男爵級の障壁を普通に張れば絶対死なない魔法なのよ。それは無事では済まないけれど、死ななければ魔薬と魔法で元通りに戻せるんだから。それを私の複合魔法を見越した上で、高速詠唱でギリギリの場所にギリギリの大きさの障壁を張ってかすり傷一つ負わないなんて、どの口が『酷い』なんて言えるのかしら」
「……分かりました。仕方ありません。白状しますわ。私の父は公爵級の魔力の持ち主で、兄である伯父を差し置いて当主になったので伯父の恨みを買っていたのです。なので父が早逝して伯父が当主になると父に次ぐ力を持つ私は酷く疎まれる様になりました。ですから分不相応な魔力の事は表沙汰にしたくないのです」
エナレィシェの話は表現にかなりの脚色が加えられているが真実に基づいていて丸っ切りの嘘ではない。
荒唐無稽な大嘘を押し通すような詐欺師じみた才能が皆無のエナレィシェが信じてもらえるのは、真実をギリギリの所で書き換えた小さな嘘だけなのだ。
「そうなのね。公爵級のお父様に准ずるならきっと貴女も私と同じ侯爵級なのよね。こんなに年も近くて、魔力に差が無い女子に会うのは初めてなの。ねぇお友達になりましょ。えぇ男爵家ならお友達と言っても何とか大丈夫だわ。これはそう、運命なのよ。成人してしまえば純粋な友情なんて成り立つ訳が無いのは分かっていたし、それまでにそんな相手が現れるなんて思いもしなかったけれど。神様が私に下さったご褒美なのだわ。ねぇ、ねぇ。お友達でいいわよね!」
なんて真っ直ぐな心なのだろう。
この手の純粋さは一つ間違えば簡単に真逆のベクトルに変りかねない危険を含んでいるので本人にとって良いのかどうかは難しいところだが、子供の頃から駆け引きや策謀の中で育って来たエナレィシェからすれば眩い程の羨ましさを覚えてしまう。
ここは素直に言う事を聞かなければ、それこそ真逆のベクトルが自分に突き刺さりかねないし、エナレィシェにとっても今この純粋な好意は心地良い。
「はい、メリェイナ様。よろしくお願いいたします」
「そう。よかった。でも様付けなんて堅苦しいわよ。あぁ、でも皆の前ではしようが無いわね。あぁそうだわ、二人だけの呼び名に様を付ければいいのよ。貴女がエノルだから私はメリナが良い! これから私の事はメリナ様と読んでね、そうすれば貴女が特別な事が皆にも伝わるし、失礼だとも言われないでしょ」
「はい。メリナ様」
所詮は言葉遊びだが、貴族社会ではこんな些細な事が結構大きな意味を持ったりする。
セムリ公国でエナレィシェと親しくできる者は居なかったが、公宮の広間や庭園で侯爵家や伯爵家の令嬢を中心に輪が出来ていたのはよく見かけた。
親の関係を如実に映している場合が殆どだが、親同士よりも先に子供同士の関係があからさまになる事もあれば、ごく稀に子供同士の結び付きから貴族家の繋がりが生まれる事もあったりする。
まぁ仇敵と言うような仲が改善するような事はまずあり得ないが、無関心から親しみへの転換ならばそう珍しい事でもないだろう。
風雲急を告げる戦時下に何を悠長な事と思わないでもないが、エナレィシェが子供である以上そうした関係を無視する訳には行かないのだ。
特に彼女はこれから当分の間は無視出来ない存在なのだから。
とは言え、それも身の回りが平穏であればこそ。
さぁて、戦局の行方次第でハイそれまでヨとなるのは、彼女との繋がりか、この国との縁なのか、それともこの国自体の命運、はたまたエナレィシェの命なのだろうか。
少なくともパラメニィとアムメッテ男爵はこの戦争に左右されずに幸せでいて欲しいと思いつつ、公都へ移動の時を待っている。
明日もお待ちしております!




