第四挿話 亡国の小公女 1話 ためらい.
今日から物語は挿話に切り替わります。
前回10話続いた2つ目の挿話になりますので
よろしくお願いします。
ギルマルトは途方に暮れていた。
実父のビアストール侯爵が亡くなった。
以前から持病を抱えていたし、最近罹患した流行病でそれが悪化し病床に伏していた状態も逐次前線まで届いている。
亡くなった事自体は不思議ではないし覚悟もしていたが、彼を悩ませる問題は別にある。
最前線で戦っている彼に母である侯爵夫人から大至急帰還を求める書簡が届いたのだ。
読み終えたその内容は思い返すのも腹立たしいが、放置できる物でもない。
侯爵の弔いは一旦仮葬儀とし、本葬および相続手続きを含めた全ての処理を戦争が終結しギルマルトが戻るまで延期する旨ビアストール家から申し出の書状を送ったところへ、入れ違いでセムリ公からの通達が届いたのだ。
文章は仰々しい物だが要約すれば『国家の要たる侯爵家を当主不在のまま放置する事は許されない。半月以内に本葬を執り行い、出席者の中から次期当主を決定し直ちに相続を完了させる事。以上は確定事項で検討の余地は無い』となる。
通常であれば有り得ない内容で明らかにセムリ公の独断専行なのだが、ビアストール侯爵当人は亡くなり、ギルマルトを初めとして主だった親族は全て従軍している。
侯爵家の盟友たる貴族家も全て同様の状況で公都に残る高位貴族はセムリ公の腰巾着ばかり、セムリ公の専横を諫められる者は皆無で侯爵夫人としても手の打ち様がない。
おそらく公都に居る侯爵家親族の末席の者にでも相続させて侯爵家自体をセムリ公の傀儡としたいのだろうが、それを防ぐには通達の内容を引っ繰り返すか、ギルマルトが本葬に出席するか、どちらかの二者択一だ。
前者については前線に居る侯爵家の当主か伯爵家本流の数名が公都に帰還してセムリ公と直談判でもするしか無いが、既に通達の到着から丸5日が経過している。
ビアストール侯爵家と親しい貴族は全て前線の主力として配置されており、そこから当主級の人材が抜けるにはかなりの調整が不可欠だ。
その調整を済ませ、公都へ急行した上でセムリ公との面談を取り付けて、通達の取り消しもしくは期限繰り延べを認めさせる。
それを10日いや実質9日間で行うのは無理と云うもの……となると、もうギルマルトが公都へ戻るしかない。
他の高位貴族と同じく前線配備で最重要戦力には違いないが、彼の戦力は開戦以来ずっと突出して敵の防衛線を突き崩す事に特化しており、前線構築に組み込まれてはいない。
即ち、居なくても敵攻略の難易度が上がるだけで味方を危険に陥れる恐れは少ない。
ギルマルトが抜ける事で彼の部隊が危機に陥る可能性は高いが、それさえ対処あるいは無視すれば彼が公都へ向けて走る事はそう難しくない。
しかし、彼の心情としてはそれを受け入れがたいのだ。
彼の葛藤はこれまでと同じくエナレィシェ公女に端を発したもので、元々カンジュへの出兵にも疑問を抱いていたギルマルトがナクラでも変らず先陣を切っているのは、ひとえに公女の行方を探し当てるために他ならない。
そもそも今回のナクラ公国侵攻に関して前線のセムリ貴族で完全に納得している者は少ない。
カンジュ大公国は旧来より犬猿の仲だったからアシュバ大公国の誘いに乗じて攻め入るのを善しとする声も少なくなかったが、ナクラ公国と敵対する謂れはどこを探しても見つからない。
誰しも疑念を抱いてはいても、共同戦線を張るアシュバが強引に攻め入り、それを含めた合意があるとセムリ公が認めている以上それを現場からどうこう出来るものではないし、戦場での躊躇は自ら生命を捨てる様なもので今となってはもう退く機会を失っている。
ギルマルトとしても今更セムリとアシュバの同盟関係について何を言う気もないが、これまでの経緯からセムリ公がこの戦争を唯一の正嫡である公女排除の絶好の機会と捉えているのは明らかで、セムリ公の腰巾着の高位貴族達より先に公女を見つけ出して安全を確保する事が己が本来の責務と捉えているのだ。
そこに届いたのが母からの公都帰着を促す手紙だ。
本葬に確実に間に合う為には遅くとも3日後には出発しなければならない。
しかし一旦戦場を離れてしまえば相続の手続き云々で、戻るのは最短でも半月後になる。
それだけあれば彼が居なくても戦線はかなり押し進められている筈で、腰巾着たちが公女を見つけ出す機会も増えるだろう。
王族級の魔力を持つ公女があの連中個々に後れを取る事は有り得ないが、数を頼りに襲うのを厭うような輩ではない。
公都に戻らなければならないのは間違いないのだが、何とか公女の安全も確保できるような手立てが無いものかと思い悩んでいる。
もちろん悩んでいてもすべき事は怠らない。
まず自分がどの様な陣容で出立するかを考え、その後に残る者達の処遇を決める。
そしてそのために必要な条件を整えなければならない。
陣容についてはテンラァト・エピウズとマシュニット・グラァエン両男爵との3人がやはり最も効率的で不測の事態にも対応し易い。
この3人での行動が前提だと残留組は下士官級の者が最上位となるので独立部隊として成り立たない。
盟友たる貴族家のうち年長の伯爵を訪れて、部下を一時指揮下に組み込んでくれるよう頼んだ。
その上で突出した位置に築いた拠点から夜陰に乗じて全部隊を引き上げ、伯爵に部下達を引き継いだ。
本来なら個人的に親しいジュリアム・ヴァインストック伯爵に託したかったところだが、ヴァインストック家は諜報活動に特化した家系なので武闘派の彼の部下を預けることは出来ないのだ。
ただ、部下達を引き継いだ後に彼の陣営を訪問したのは何やら相談事でもあったのかも知れない。
これで直ぐにでも公都に向かう事が可能なのだが、公女の件でどうしても出立の踏ん切りが付かない。
見兼ねたテンラァトが『今具体的に出来る事は何も有りませんよ。それより一時も早く出発して公都で相続の準備を始める事です。それで上手く行けば葬儀の翌々日に向こうを出る事も可能でしょう。公女様の件にもその対応が最良だと思いますよ』
さらにマシュニットから『そうです。ぐずぐずして万一葬儀に間に合わなかったら目も当てられません。私がセムリ公なら帰都の邪魔に何か策を講じるくらいはしますがね』等と重い腰を散々叩かれて、ようやく躊躇いを捨てての出立となった。
*
その数日前の事。
ナクラ公国、カンジュとの国境付近の山岳地帯を除けばかなり西方に位置するアムメッテ男爵領では新婚のランスールとパラム夫妻と養女のエノルが真剣な面持ちで話し合っていた。
ランスールは朝から寄り親のメトランツ伯爵家へ駆け付け、終日今後の方針について寄り子一同との会議に出席して先程戻ったばかりだ。
「アシュバ・セムリ軍は今朝の段階で国境に向けて進軍中で、今夜にはカンジュ側の国境付近に達する予定だ。今のままでは明日朝に国境警備に派遣された公都予備軍と交戦状態に入る予定だが、我が軍は山地の中間部まで後退する事になった」
「戦力差が大き過ぎるのですね」
「良く分かるね、パラム。今配備されている公都予備軍は警備隊と呼べる程度の戦力しか無くてね、このままでは接敵した瞬間に撃破の憂き目に遭うのは間違いないそうだ」
「だから既に予備軍を動員して国境へ向かわせているけれど、後退して防衛線を下げなければ到着が間に合わない」
「そう。それで我々の役割だが、山岳地帯の後詰として第二防衛線を構築する。国境線で接敵できれば万一の場合に第二防衛線を山中に推し出せたのだが、今回は我々の領地そのものを防衛線にせざるを得ないのだ」
「それは仕方ありませんわ。それで貴方はどの様な役割を担うのでしょうか」
「私は牧童頭を連れてメトランツ伯爵の部隊に加わるよ」
「それは止めにしませんか。2人では小隊にもならないからどこかの小隊に組み込まれる事になりますわ。小隊長は普通、準男爵ですわね。馬鹿な隊長の下に付けば部隊ごと全滅もあり得ますもの」
「だが、それでは参陣出来ないことになる」
「私が女騎士として参加いたします。それとジャンガさんの配下3名を傭兵として借り受ける話を付けて参りました。6名ならば小隊長として参加出来ますし、男爵ならばいくつか小隊を組み入れて中隊を任される可能性も大きいと思いますの」
「いや、だがそれは。君を危険に晒す事は出来ないよ」
「何を言っているのですか。私が貴方に引けを取らない事はよくご存じの筈。貴方の背中を守るのは私以外におりませんわ」
今回も挿話は10話程度の予定です。
明日もお待ちしております。




