第四章 大陸の探究少女 22話 じゃあね.
今日もお寄りいただきありがとうございます。
久し振りの出立なのに未明の空はどうやら薄曇りのようね。
どうせならスッキリ晴れて欲しかったけど、まぁ雨さえ降らなければいいんだし日が昇るに連れて青空が広がるなんて結構よくある話だからね。
ダフネも久々にあたしを乗せて機嫌良さ気で、また少し背が伸びたあたしの重みなんか感じないみたいに常足を運んでいる。
トスカッタより北はツフガでは国境沿いの辺地で人口が少なく、街の規模も小さくなる。
街と街の間も人の手が入った農地や牧場を見る機会は減って、自然の山野や荒れ地が続くようになってきた。
「昔、この辺りはセムリの国土だったんだ。どっちにしろ僻地で人はほとんど居なかったらしいがな」
ティリオが言ったのは四公国連合成立の頃、数百年も前の話。
元々アテメア大陸南部はカンジュ大公国・アシュバ大公国・セムリ公国・ナクラ公国・ツフガ公国の5国家が並立していた地帯で、国家の規模としては--あくまで目安としてね--大公国が王国の半分程、公国が3分の1程なので全体で王国2つ程度の領域と人口だった。
ある時、セムリ公国の政情不安につけ込んだアシュバがセムリを味方に引き入れカンジュ大公国に攻め入った事が端緒となって、一気にアシュバが一帯を制してしまう。
その後アシュバ帝国の成立からアルテ王国への進攻と王国連合軍による反攻など、一連の史実はいろんな物語に語られているわね。
王国へ攻め入ったアシュバ帝国が王国連合軍に敗北、連合軍の手によって解体の憂き目に遭った後、帝国の支配下にあった4国家は弱体化して国家体制を維持出来ずに王国側の手を借りて四公国連合として危機を乗り越えた。
その際に解体された元々のアシュバの領地が4国家に移譲されたのよね。
移譲による領地再編で各国の人口過疎地域が大々的に組み替えられて現在の国土が確定したんだって。
この辺りも大昔はセムリとナクラの僻地だったのがツフガへ組み込まれて今日に至るって事らしいわ。
「アテメア史上もっとも短命な帝国だったアシュバのおかげでツフガが手に入れた広大な荒れ地なのよね」
「そうだな。ツフガは元々のアシュバ大公国に接していなかったから、アシュバの要地を手に入れられずに他の国家からの割譲を受けた。国境付近はどの国も大きな町造りや産業の振興は行わないから、割譲地がほとんどが荒れ地だったのは別に悪意の産物じゃ無かったとは思うがね」
「でもその後、四公国連合の中で唯一大規模な港湾を有するツフガ公国が交易の要として成長を遂げて、旧国土全域に人口が拡がった際に割譲された広大な荒れ地が新たな緩衝地帯として役立った。そんな話も聞いたわ」
「へぇぇ。世の中何が役立つかなんて目先の事では分からないって事ね」
「だよなぁ。勉強になるな、マチア」
「だからぁ。いつもアンタと一緒にしないでって言ってるでしょ、チャンク!」
「ふゝ。チャンク師匠とマチア師匠はいつも仲が良いよね」
「「どこがぁ?!」」
フィリアスの正直な言葉へ息の合ったツッコミを返す2人にあたしも思わず吹き出しそうになって、このまま聞いていたい気もするんだけど。
「久し振りで忘れてるかも知れないけど、そろそろ狩りの時間だわ」
「あぁぁ、そうだったな。地上の魔獣狩りは確かに久し振りだ」
トスカッタの滞在が長引いたので移動中の日課を皆忘れかけていたみたい。
街から離れたところで街道を外れて魔獣域に入って狩りをするのがこの旅のノルマの1つなのよ。
フィリアスの鍛錬の一環で始めた事だけど地上での狩りは魔窟とまた違った側面がある。
例えば仕留め方もその1つで、魔窟でならどんな倒し方でも結果は同じだけど、地上だと皮や肉を使うのにどうすれば支障が出ないかを考える必要があるのよ。
せっかく大型魔獣を狩っても皮のそこいら中に穴が開いてたら小型魔獣のパッチワークと値打ちが変わらなくなっちゃうもの。
倒すだけなら簡単でも、仕留め方を最高の状態で揃えるのは難易度が格段にアップする。
魔窟で云えば低層と中層や中層と深層と言った、確実に層が切り換わった感じの違いなのよね。
……で、フィリアスはこれからその段階に入って行く。
『それがどうした』と言われればそれまでだけど、世間に魔獣の素材を少しでも安価に提供できる様になるし、何より地上での闘い--対人戦を含めて--への理解を深めてくれたりするのよ。
思い出しさえすれば毎度のことで段取りは慣れたもの、ティリオが【探査】で広域の魔獣分布を確認するところから始まる。
小型魔獣の密度が低く大型魔獣領域への邪魔が少ない経路を特定して先導してもらうの。
小型魔獣や中型魔獣の狩りにもそれなりのノウハウや知っておけば便利な些事もあるんだけど、それはまた暇な時に追々で良いから今はすっ飛ばしてしまう。
何の気負いもなくスキルを発動したティリオがいつもとちょっと違う表情を浮べて首を傾げた。
「どうしたの?」
「あぁぁ、待ってくれ。うむ? こりゃあ? ありゃぁ?!」
いつも冷静な風を装っているティリオが素で拍子抜けた声を上げたが、すぐ真顔に戻ってあたしの方を見た。
「左前方、かなり遠いが強い熱源があって、その辺りの魔獣や動物が左後方へ向けて一斉に移動を始めてるようだ」
「地形は?」
「動物の分布から見て、すぐそばのあの山から連なる山地だろう。単峰じゃなくて連山、あの山の植生と同じなら山林が続いてるんだろうな」
「山火事なの?」
「あぁ、手前のあの山が無けりゃ遠くに煙が見える筈だ」
「山からこっちはほとんど荒れ地だから街道方面への延焼はないでしょうけど、山地全体があれだけ密生した山林だとしたら大雨でも降らないと燃え広がる可能性が高いわね」
「どうするんだ? 俺等に関りは無いんだから放っておいてもいいんだろう?」
「へぇ。珍しく尻込みなのね、チャンク。『俺が1人で消してやらぁ』とか言うと思ったけど」
「馬鹿言うなよ。燃え始めならともかく動物が逃げ出してるんなら、人の力じゃどうしようもない。俺達の故郷も山の近くだから山火事の怖さは身に沁みてるぜ」
チャンクの言う通り、本格的に燃えだした山火事は人がどうこう出来るものじゃない。
だから、山林が途切れなく続いているとしたらとんでもない事になり兼ねない。
「状況を確認したいわ。あの山の山頂からなら見えるかしら」
「多分大丈夫だろう」
「まず、あの山の麓まで行きましょう。あそこまでなら襲歩で駆けれるわよね。行くわよ!」
荷物を積んだシルファも含めた6頭が赤土を蹴って駆けて行く。
ダフネも小さい体を目一杯使って負けずに走っている。
この距離ならまだ大丈夫、頑張ってね。
「本当にこの山登るんですか? まだ全然近付いて無いのにもう斜面が始まって森になってますよ」
フィリアスが言うのも尤もで、連山の端っこにしては大きな山だし人の手が入らない森林には獣道さえ無いかも知れない。
飛翔で飛び続けるのもマチアだって難しい距離だから山頂は諦めた方が良い。
うん、こんな時はまずスキルに頼るべしよね。
あたしは【天鳴】の【聴く】を意識して範囲を山裾の周囲へ拡げて行く。
かなり拡げた先でそこまでにない音に出会った。
「ねぇ、ティリオ! 右の山裾の向こうに大きな河が流れてるんじゃないかしら」
「ちょっと待て。 あぁぁ、大量の水に魚かぁ。確かにかなりデカい河だな」
「それの上流って山火事の方に向かってたりするかしら?」
「むぅ? あぁ、先の事は分からんがしばらくはあっちが上流で間違いない」
「了解! じゃあね、これから河上り。木は嫌って程有るからまず筏を作りましょ。協力よろしくね」
あらら、4人の目が点になってる。
明日もよろしくお願いします。




