第四章 大陸の探究少女 19話 ぼくに任せて下さい
今日もよろしくお願いします♪
「黴臭いって言うより何か腐ってんじゃないの、これって」
部屋に入った途端マチアが鼻を抓み、眉間にくしゃりと皺を刻みながらぼやく。
「うぅぅん、清浄で消えるなら腐った物は残ってないと思うけど」
「でも何かそんな臭いだけが染み付いてたのよぉ。まぁ消えちゃったから良いけどね」
「空き家を使ってるみたいだから誰も居ない間に動物が死んだりしてなのかな? 多分どの部屋もどの家も似た様なものじゃないの。気にしてもしようがないわ」
「まぁそうだけどね」
お互い知らん振りの話し合いでマチアがティリオを金貨で靡かせる交渉がさっき成立したばかりだ。
小男は『どの部屋でもどうぞ』と気前良さげに言ったけど、こんな部屋が2つあっても面倒なだけだから2人で1部屋に入った。
ティリオの部屋は隣で、繋ぎ部屋だったらしく内扉で行き来が出来る。
さっきマチアが雇った形なので一緒に居ても全然かまわないんだけど、お互い初対面を取り繕うのも面倒だから人目を気にせず行き来できるのは助かるわ。
少しして気分も落ち着いたのでティリオの部屋との内扉をノックする。
『どうぞ』と返事があったので扉を開けて中を見ると打ち合わせ通りチャンクとフィリアスも揃っている。
あたしとマチアが建物に入ったら、屋根伝いに来る事になっていたからね。
「やだ、この部屋まだ臭いが抜け切ってないじゃない。えぃっ! ふん、これで良し」
「そう言うなって、一旦は抜けてたんだが多分廊下からまた入って来たんだろう。お前等の部屋もあとで掛け直す事になるんじゃないか」
「そうなのね。いっそ建物全体……、あっそうかぁ。ひょっとしたらこの区画全体なのかも知れないわねぇ。あぁあぁ、うんざり。いつまでここにいるのよ、ティリオ」
「うん、あの小男の話だとこれで人数が揃ったから合図の白布を玄関先に掛けるんだそうだ。それを見た相手から引継ぎの要領を書いた物が届くらしい。多分だいぶ待たせたから直ぐ明日にでも引継ぎになるだろうってよ」
「良かった。上手く行けば今晩だけの我慢で済むのね。それで、引継ぎとその後の段取りはどうすんの? エノラ、もう考えてあるんでしょ」
「えぇ、まぁね。まず、これからその書面を届けに来るのをチャンクとフィリアスで見張って欲しい」
「おぉ、任せとけ! 【感知】にぴったしの仕事じゃないか。失敗のしようがないぜ」
「その通り、期待してるけど。もうそろそろ【感知】は始めておいてね」
「あぁそうだな。見落としがあるといかんな」
「それで、届けた者がどこに戻るのか、戻った先が何者かを探っておいてちょうだい」
「ふむ、了解だぜ」
「それで、私達は?」
「あたしとマチアはちょっと魔法が得意な男子、ティリオは気弱な細マッチョとか、引き取りの責任者の目の前で特徴が目立つように演じて見せればきっと、話のダシにしようって絡んで来るわよ。他の連中に不愛想にしてる様に言い聞かせておけば尚更。そこで上手く誘導して出来るだけ話を聞き出せればね」
「実際には何を聞き出せばいいのかしら」
「うん、えぇっとね……」
こうしてその夜は更けてゆき、翌日引き渡しの場面を迎えた訳よね。
*
スキンヘッドが『あぁぁん!?』と大見栄を切ったところに、声が掛かる。
「天が呼ぶ 地が呼ぶ 人が呼ぶ 悪を倒せと俺を呼ぶ!」
スキンヘッドは慌ててはいるけど、何を言われたかは解っていないだろうな。
元になった楊震もこのセリフのストロ▷ガーも知ってる筈が無いもの。
その場の全員が見上げると、この空き地を囲う高塀に立った白尽くめの男が右手の人差し指を立てて色眼鏡ごしにこっちを見ていた。
あの格好はストロ▷ガーじゃなくて月▢仮面だけど、よく全身タイツがないこの世界であんな白尽くめが出来たわね。
あたしが教えたセリフも完璧で、まったくこんな事をさせたらチャンクの右に出る者は誰も居ないわ。
「誰だぁ! 貴様ぁ!」
「あはははは! 我こそは正義の味方【白魔天狗】! 世間を騒がす特殊犯罪集団め! 此処で会ったが百年目、退治てくれよう、白桃太助だぁ!」
ごめんね、チャンク。
ちゃんと整理して伝えれば良かったんだけど、全部ごっちゃになっちゃったみたい。
さっきの2つの他に鞍▢天狗とか桃△郎侍とか赤胴鈴○助の他にも色々混じっちゃったみたいだね。
大丈夫だよ、どれも原典を知ってるのはあたしだけだし。
誰もが吃驚仰天だろうけど、『恥ぅ~』なんて思わないのだけは確かだよ。
でぇ、これが何を意味するのか。
いぇいぇ別に何の意味も無い賑やかしなんですけどね。
チャンクが思いっ切り気を惹いてる間に一緒に来た碌でなし達に逃げる様に言ってあるだけなのよ。
引き取り手やその取り巻きが『あっけに取られてる間に消えちまいな』って今朝、ティリオが金貨5枚ずつを配ったのよ。
皆言う事を聞くかちょっと心配だったけど蜘蛛の子を散らすように遁走四散したのは、もしかするとチャンクの【アレ】が気味悪すぎたのかも知れない。
「くぉらぁぁ! どこ行っちまぅ気だぁ、手前等ぁ! 金貨だぞ、金貨ぁ!」
スキンヘッドがいくら叫んでも奴等は戻らない。
あたし達3人の言う事を聞かないとまたぞろコテンパンが待ってる上に、あんなとんでもなく気味悪いのが現れたんじゃ逃げ足に拍車がかかる一方よね。
スキンヘッドは焦点の定まらない虚ろな目をブルルっと振るった頭で剥がし落して、残ったあたし達の方へ向いた。
「流石に手前等は殊勝じゃねぇか。アイツ等の事は直ぐにでも見つけ出して型に嵌めてやるが。その前にあの可怪しいのを捻り潰すのが先だ。ちょっと待ってろよ! 逃げんじゃねぇぞぉ」
そう言って威勢よくズッカズッカと高塀の上の白装束に向かって歩き始めた。
今回ここまで見せ場の無かったチャンクだからかなり張り切ってると思うんだけど、あの相手じゃ見せ場も何もあったもんじゃない気がするわ。
後でスネなきゃいいんだけど。
まぁ今回は元々序盤に碌な相手が居ないのは分かってた事なだから、ティリオやあたし達も地味な格好に武具も持たない素手での登場だったのよね。
良く考えれば、さっきの登場シーンだけでも凄い見せ場って言えなくも無いわ。
ここは一つ、『いよっ、待ってましたぁ!』とか『世夢利屋!』なんて大向こうを打てば満足してくれる……何て事は無いわよねぇ。
そんな馬鹿げた事を考えてるあたしだけじゃなくて、ティリオとマチアそれに壁の向こうに居るフィリアスまで勝負の成り行きなんて全く気に掛けていなくて、この一幕に早くケリが付いて欲しいと思ってるのは間違いない。
スキンヘッドがぞろぞろと取り巻きを引き連れて高壁の下で背負った長剣をゾロリ引き抜いた。
『スパンッ』とオノマトペを書ければいいんだけど、どう見ても無理で実のところ『ゾロリ』は出来過ぎ、実際は『ズルズル』が一番近い。
あぁ、前に話した『膂力のスキルを勘違いした輩』がここにも居る。
それを見たチャンクが両手を広げて『なんだ、こりゃ?』と色眼鏡越しに訴えて来た。
「わぁはっはっは! どうした両手を広げても降参にはならんぞ。助かりたければちゃんと両手を高く上げるんだな」
勘違いも甚だしく気勢を上げるスキンヘッドに、『とぉぅ!』と高く跳び上がったチャンクが放物線の頂点で回転をクルッと決めてから右足を伸ばした蹴りの体勢--あれっ、ラ◁ダーキックの話もしたかな? いいぇしなかった筈--で自由落下して行く。
あたし等にしては酷く間延びしたお遊び的な攻撃だけど、スキンヘッドには躱せなかったみたいで、ゴツい胸板に成す統べなく飛び蹴りを喰らって後ろの取り巻き達を巻き込みながらダワァンと倒れ込んだ。
きっと避けてくれるつもりで出した見え見えの大技--うん、ラ◁ダーキックはあたしの杞憂だ--が決まってしまい『ヘッ? もう終わり?』と行き場のない疑問符を抱えたままチャンクが呆然としている横へ、高壁を跳び越えて着地したフィリアスがさっさとスキンヘッドを後ろ手に拘束してしまった。
「こういうのは、僕にまかせてください!」
明日もお待ちしております!




