第四章 大陸の探究少女 16話 カザミドリ
本日もよろしくお願いします。
小男は繁華な雑踏の合間を軽妙に擦り抜けて行くが、それに遅れず続く若者も尋常ではない。
小男が擦り抜けた人の隙間を頭一つ背の高い身体で力みなく何気無い風に歩を進める。
取り立てて避けたり躱したりする様子も見せず淀みなく歩み続けるのをじっと観る者がいれば、まるで手妻かカラクリでも見せられている気分になったろう。
まぁ夜更けの雑踏にそんな酔狂な者はいないだろうが。
夜の街も繁華な界隈はそのほんの一部で、2人の速さで行けば数十秒で抜けてしまう。
徐々に人並みは密度を減じ、気付けば漫ろ歩く人影はまばらになっている。
小男は振り返る事も無く足早な歩みを止める様子も無い。
やがて人通りもばったり途絶え、店に灯る燐光もほとんど無くなった。
道幅も狭くなったが、小男はその道からも逸れ更に狭い路地へと入り込んだ。
ほんの近所にあの繁華な雑踏が在るとは思えない陰鬱な沈黙が細い路地に満ちている。
袋小路の突き当りまでほんの少しの所で立ち止まり、その左に建つ路地の中にしては大きな建物の扉に手を掛けた。
「どうやらアソコが終着点のようね」
「そうだな。奴等の根城ってトコか」
「どうかなぁ。単なる溜り場の1つかも知れないですよ」
彼等が建物の中に消え、しばらくしてから路地の入り口に4人の男女が姿を見せる。
「場所も分かったことだし宿に戻りましょ。こんな近くをうろついていたら怪しまれるし、彼なら心配は要らないわ」
「そうね。続きははまた明日だわ」
*
路地から入った建物は古びて黴臭いが、若者が耐え難い程不潔という訳ではない。
おそらく建屋まるごとに清浄を使うだけの魔力の持ち主が居ないだけなのだ。
若者は思わず清浄を掛けそうになって既の所で思い留まった。
その程度は問題無いと思うがまだ気を許せる状況ではない。
「酒が呑めると聞いたから店だと思ったが違うんだな」
「えぇ。他人に聞かせたくないない話が出来る店はほとんど無いもんですから」
「さっきのバーで声を掛けなかったのもそう言う訳かい。随分用心深いんだな」
「そうでなきゃやっていけない稼業なのはお互い承知の上でしょう」
「いぃや。俺の知ってるのはもっとお気楽で遊び半分の仕事ばかりだよ。それに何だな、急に言葉遣いまで変ってねぇか?」
「この世界はすべてが力次第。新入りだからって見下してた相手が次の瞬間はるか上に居たなんて事は日常茶飯事ですからね」
「それで俺はあんたの眼鏡に適ったって事かい」
「ここに来るまでの身のこなしだけでも只者じゃないのは一目瞭然。ただ身軽なだけのコッチとどっちの力が上かは馬鹿でも分かる。しかも話してみりゃあ、頭の出来だって人並み以上だ。ここはコッチも馬鹿じゃないトコを見して保険をかけとくのも悪かないでしょう」
「何とも利に敏いこったな。だがぁ、ここがそうでなきゃやって行けないって言うんなら俺は既に落ちこぼれの筆頭だぜ。そうまで気を使う価値は無いと思うがね」
「いやいや。これは弱者の理論って奴でね。風見鶏みたく強い方に向いてなきゃ生きてけない者がやる事で、ソッチがしたって何の意味も無い」
「それって、俺は風を読もうが何しようが、駄目な時はダメって言ってるのと同じじゃないかい」
「強いってのはそう言うもんでしょ。力比べに勝ってのし上がるか潰されるか。まぁ役目とか世代とか、お互いの立場がぶつかり合わない相手ならそれ以外の道も在るんでしょうけどね」
正直なところ自分の力がこれほど評価されたのは子供の頃以来だ。
日頃居るところでも確かに低い方ではないにしても、もっと上がゴロゴロしているのがハッキリしていて勘違いのしようもない。
『お山の大将に成りたがる奴が居るのも解らなくはないな』と苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「まぁ、俺の事をどう思おうが、あんたの勝手だけどな。取り敢えず俺は何すりゃいいんだ? それを教えてくれなきゃ、おちおち寝てもいられないぜ」
「実はね。もっと潰しの利く【馬鹿】を探してたんですよ」
「馬鹿? そりゃ何でまた」
「今コッチが上から言われてんのは、使い捨ての実行役を探す事でね。何をやるのかは知らないが、後腐れの無い与太者を数揃えろって。ソッチは使い捨てには勿体ないし、それどころか使い捨てようとしても後腐れが思いっ切りデカいカタマリで残りそうだ」
「て事は? あんたの判断で俺の処遇は決まらないってか」
「ですな。折を見て上に話をしてみますが、それまではコッチの手伝いをしてて貰えませんか」
「手伝いってのは、その与太者の件かい。人集めなんて言っても気の利いた事は出来ないぞ、殴って連れて来ても良いなら別だが」
「あぁぁ、そりゃ分かってます。実は突き当りの元宿屋に集めた連中を入れてるんだが、これがまた喧嘩沙汰が耐えないんですよ。数が揃って上に引き継ぐまで睨みを利かせて、奴等を大人しくさせて貰えないかってお願いでね」
「そんな与太者が何人も居るんじゃ、俺の手に余るかも知らんぞ」
「とんでもない。ソッチみたいな腕利きがそう何人も居るならコッチの仕事も考え直さなくちゃいけない。今集まってるのは気ばかり荒くて腕はコッチより格下、正真正銘の与太者ばかりだ。ただ、数が揃うとコッチの力じゃ押さえが利かないんで困ってたんですよ。上に引き継ぐ前に潰れられたら面倒ですから」
「成程な。それじゃちょっくら、その元宿屋を覗いて来てもいいかな」
「あぁ、どうぞどうぞ。何なら早速一発かましてやって下さい」
もう、皆は宿に戻っているだろう。
ここで見つかりかねないヘマな真似をする訳が無い。
路地に出たのは純粋に集められたのがどんな連中かに興味があったからだ。
正面の扉を出て袋小路の突き当りを目指す。
さっきも目にはしたが少し遠目だったので正面から見直すと、確かに他の建屋とは違ってある程度の部屋数を抱えた宿屋に見えなくもない。
この辺りがこんな状態なのが彼を連れてきた男達の様な犯罪集団の所為なのか、それともこんな状態の所に犯罪集団が巣くったのか判断がつかないが、今となってはどちらでも同じ事だし、おそらく相互作用的に徐々にどちらも同時進行してきた結果なのだろう。
力みなくごく普通の調子で元宿屋の玄関を開ける。
大概の宿は入った所が食堂になっているが、ここも同じで違うのは流行っている宿の喧騒と女将や亭主の迎える声が掛からない事だ。
その代わりにそこいらのテーブルに行儀悪くへたり込んだ呑んだくれ達の胡乱な視線がその身にまとわり付く。
「誰だぁ! お前わぁ!」
「誰に断ぁって入ってきてんどぅあ! すぃばきあげんどぉ!」
「死にたくなけりゃ、とっとと出て行きな!」
怒声を上げるのは可愛い部類で、1人は巨大な鉈を持って立ち上がる。
その様子を黙って見ていた彼は手妻のように右頬骨辺りで指先にナイフを摘まんで見せた。
最後の1人が座ったまま声も上げずに飛ばした投げナイフで、意表を突いた悪くない攻撃だが如何せん速度不足--遠距離タイプとは言え【探知系スキル】の持ち主の意表を突くには甲虫型魔獣の飛来速度が必要--なのだ。
「いやぁ、大歓迎ありがとうなぁ。皆そこいらに生傷があるみたいだが。うん、元気でよろしい」
多分この手で何人かが酷い目に遭っているんだろう。
顔面血まみれの阿鼻叫喚を妄想していたのか、意外な展開に全員毒気を抜かれたような顔で呆然としている。
「うぅぅん、悪いな。俺は君等の自主性を大事にしたいんだが、もう暫くの間だけ大人しくして貰うように頼まれたもんでね。頼まれた手前、放ってはおけないんだよなぁ。分かってくれるか? 自主的に大人しくしてくれるのが一番なんだが、どうだ?」
どうやら大人しく言う事を聞く気は更々無いようで、そこに居る5人全員が得物を持って立ちあがった。
明日もお待ちしております。




