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第四章 大陸の探究少女  12話 帰れないふたり

今日もよろしくお願いします。

 【物入れ】から出た書類は何だかどれを取っても怪しい気がするけれど、全てを確かめる時間はない。

畳んでワンピースの腰の内側に巻いていた背嚢を取り出して、一切合切を突っ込んだ。

もちろん背負しょったり持ったりしていれば来た時と様子が違うのが一目で分かるので持ち出すのは難しい。

書斎の窓を開けて庭に人目が無いのを確認して、勢い良く背嚢を放り出した。

放物線が落ち始める前に移送トランスファで奥の方に植えられた背の高い針葉樹の一番上の枝まで運んで引っ掛ける。

久し振りの細やかな魔法作業が終わった時には『フゥゥゥッ』と吐息交じりに額の汗を拭った。


 【物入れ】だけでなく書斎全体をしっかり片付けてから、浮動ムーブでジャットを彼の部屋まで運んだ。

ベッドに寝かせて様子を見る。

そろそろ目覚めてもいい頃合いなんだけど、【脳震盪の手刀】の効果は人によってバラツキがあるからいつ起きるかは正直分からない。

ジャットが目覚めたのはそれから半時間近く経ってからで、1時間以上昏倒していたことになる。


「むぁぁあぁぁ」

「大丈夫? 急に寝込むから心配したよ」

「あれ、僕どうしたんだ?」

「書斎に行こうって部屋を出る時に急にふらついて、ベッドまで連れてったらそのまま寝ちゃったんだよ」

「へっ? じゃあ書斎まで行ったのは夢だったのかな?」

「ずっとここに居たんだから夢だよね」

「こんなの初めてだよ」

「あたしだって初めてだから心配したけど。うん、大丈夫そうね。良かった」

「あぁ、ちょっと頭が痛いような気もするけど。うん、大丈夫だ」

「ジャットが1時間くらい寝てたから、あたしもう帰る時間になっちゃた」

「そうか。ごめんな」

「いいのよ。あの市場のお菓子屋さんにまた行くから、あそこで会えると良いね」

「分かった。楽しみにしてるよ」


 そのまま2人で部屋を出て玄関に向かうと気配を察したらしく、あの女中さんが出てきて『お帰りですか』と声を掛けられた。

『お邪魔しました』『はいはい。またいらっしてくださいね』と月並みな挨拶で家を出てしばらく市場方向へ歩く。

2つほど辻を越してから裏手の道へ回ってあの家に戻った。

枝に掛けた背嚢があるかどうかだけが心配だったけど、ちゃんとそこに在ってほっとする。

魔法でちょっとずらすと庭の端っこ向けて落ちていくのを、魔力で引き寄せて柵の外から回収した。


     *


「何よ、その紙束。何処どっから持って来たの?」

「うん、役所のマル秘資料に載ってる例の団体の代表者の家からね」

「はぁ? エノラぁ! あんた、私達に気を付けろって言っておいて、何してんの!」

「大丈夫。危ないことはしてないから、今日は子供相手だったし」

「全くぅ! 訳の分かんない事ばっかし言って」

「まぁまぁ、マチア。怒鳴ってないで、折角なんだから今日の成果を話し合おうぜ」


 マチアとフィリアスはこの地区で例の団体について聞き込みをしていた。

中年以上の何人かが『私等の為に物の値段が上がらないような規制をしている団体があるとかなり前に聞いたことがあったような』と昔話のように語ったらしい。

団体の実体を正確に知る者は皆無で、運営に関わった者を知る人も居ない。

生活保障の支給金についてほとんど知る者はいなかったが『役所の支援金が物価調整に使われてると親が話していた』と言う人が1人居た。

政治に関しての質問には『選挙には行ってる』が『立候補とかは余裕がある人がするもので、自分らは日々の暮らしが精一杯』という認識で、驚いた事にこの地区では国政選挙以外は公示された事が無くてそれが普通だと思っていると言う。

また地区内に選挙演説や遊説で政治家が訪れる事も皆無らしい。


 ティリオは法規の確認に図書館へ行った。

法規そのものは難解なのではなから無視して解説書のたぐいを読み、それでも『頭が痛くなった』らしいが、生活保障関連については概ねこれまで話し合った内容と合致していると言う。

支給金等の受給については当人が所属している団体への配布が主ではあるが、本人の受領確認は必須で専用の台帳への直筆署名もしくは拇印の保管義務が団体に課せられている。

また支給金の預託については団体配布時直接は禁止されており必ず個人配布後の再預託が必須だが、これについては先の専用台帳への署名もしくは押印を持って代用する事が可能とされているそうだ。


 チャンクは【先生】を襲った探究者達について探ってきた。

探究者ギルドの記録によると当日当該時間にはほとんどの探究者が魔窟付近に居た。

魔窟はソルサイゾの西方に在り、事件現場のあの地区はソルサイゾの東側なので、魔窟近辺に居た者は自ずと捜査対象から除外される。

魔窟に行かなかった者達全て10名足らずのリストを手に入れて確認したが、全員アリバイがあった。

個人的に知り合った探究者に訊いたところ、最近探究者をかたるゴロツキがソルサイゾのあちこちに出没しており、そろそろ本腰を入れて駆除する話が起きているらしい。


「へぇ、皆たった1日でよく調べたねぇ。あたしはね……」


 あたしは孤児院から役所そしてジャットの家までの経緯をざっと説明して、持ち帰った書類をテーブルに並べた。


「ざっと見たところ、大方3つに分けられるよね。1つは個人的な書簡。2つはこの地区に関する書類。3つにそれ以外の書類」

「まぁ、分け方は色々あるんだろうけどな」

「うん。まず書簡は当然着信ばかりだけど、相手は地主仲間らしき人と役人か政治家と思われる人のどっちか。ホントに個人の通信は隠したりしないだろうから、個人的と言ってもややこしい仕事絡みの物だと思う。この地区の書類は結構古い物が多くて、多分先代か先々代が色々と取り交わしたものじゃないかしら。それ以外はここ数年から十数年、当代で交わされた物が殆どだけど、隠してあるだけあってかなりリスキーな物が多そう。1つ1つ法規と照らし合わせたら出て来るのは埃だけでは済まなさそうだわ」

「おいおい、それって持って帰ってまだ間無しだろうが。なんでそんな事が判るんだよ」

「先生がそう言うんなら間違いないよね。ほら、僕への設問を一気に書き上げちゃうんだから、要点を読むだけならあっという間も掛からないよ、きっと」

「あぁぁ、確かにな。チャンク、お前さんとは頭の出来が違うんだ。これが素で、スキルじゃ無いってのが、全くもって俺には信じられんけどな。出来るもんはしようがない」

「そうそう。エノラって元々子供って思えない頭してたけど、最近ちょっと人間離れしてきたんじゃない? まぁそんなことはどうでも良いけど、その書類の中にこの地区の不当な扱いに関する証拠は載っていないの?」

「それがね、古い資料は表面上全て正当な物なのよ。元々は避難民を一時的に救済するためのちゃんとした団体として立ち上げられたのは間違いなさそうね」

「でもそれがいつの間にか支給金をだまし取る為の隠れ蓑に変えられてしまったのよね」

「それもかなり早い段階で、だろうな」

「その辺を書き記した書簡は残ってないのかな?」

「明確な記述は無さそうね。幾つかの書簡の内容を照らし合わせればかなりの確度で推定はできるけど。状況証拠にはなるけど、決定力不足は否めないわ」

「それじゃあ『決定的な証拠を突き付けて有無を言わさず』ってのは無理そうね」

「うん。だから方針転換したいのよ。誰が悪いかは追々の事として、とにかく今の不具合を改善する方向にね」

「そうだな。でも、それって時間が掛かるぞ。悪人を取っ捕まえるだけなら俺達のお手の物だが、地道な改革とかは畑違いだし。そんな事やってたら、いつまでもセムリに帰れない」

「そうそう。『帰れない二人』なんて笑えない話になりかねないわね」

「うん。だからね……」

明日もお待ちしております。

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