第四章 大陸の探究少女 8話 晴れたら良いね
今日もよろしくお願いします。
翌日お婆さんの容体が安定したので次の日には2人をあの町に送る事にした。
『晴れたらいいね』と言っていたら雲一つない抜ける様な青空の朝がやって来た。
ついでに言えばあたし達も出立を遅らせる事にしたのよね。
お婆さんの病状が気になったのもあるけれど、キャスリィの住む町の事情がどうにも納得出来なかったからね。
そのまま宿に居てもよかったんだけど、町の実態を知りたいのもあって宿は引き払った。
お婆さんはかなり良くなったけれどまだ当分安静が必要なので、その間キャスリィが自分の家で面倒を見る事になり、あたし達はお婆さんが不在になる家を借りる事にした。
今は一人住まいだけど昔は大所帯だったらしくて寝室が4つで食堂のテーブルは8人掛、造りは簡素だけどあたし達5人には充分。
話には聞いていたけれど、とにかく物価が驚く程安い。
ほとんどの生活必需品は宿近くの店屋の4分の1以下で買えるし、住民が提供するサービスも同様の価格帯なのよね。
訊くと流通している食物のほとんどは住民が作った農作物や牧畜品で、木工品や金物も同様。
材料は一般木材は近場の森で、鉄や銅まで近場の山で産出するらしい。
但し、高級材や金銀などはどうやら他の町と同等の価格なので、ここではとんと見掛ける事が無いと言う。
要は町の住民が携わる物は全て世の中の4分の1の価格で流通していて、それ以外の物をここの住民が購入する機会はほとんど無いという事。
「これは凄く怪しいよね、エノラ先生」
「分かるの? フィリアス」
「だいぶ前に聴いた貧困ビジネスって奴の臭いがするんだ」
「へぇ、いい鼻してるじゃない」
「何よ。2人だけで話さないで私達にも話しなさいよ」
半日町で過ごした夕餉の席、フィリアスが話し掛けて来たのはそんな疑念についてだ。
「えっとね。これはどう言ったらいいのかな。この街の人達は知らない間に誰かに搾取されてる可能性がとっても高いって話」
「搾取だって? キャスリィの様子を見てもそんな感じは全然しないんだが」
「そうなのよね。だから『知らないうちに』なのよ。多分何世代か、何十年の間ずっと同じ状態が続いているから誰も今の状態を可怪しいと思わないのよ、きっと」
「どう言うことなのか、説明してくれないと分からないんだけど」
「このツフガと言う国の法律がどうなっているかは知らないけど、ほとんどの国で市民の生活を最低保証する仕組みがあるわよね」
「そうだな。大昔に決められた制度みたいで、ほとんどの人は『あんなのは恥を買われるみたいなもんだ』って貰おうとしないけどな」
「そう。でも実際、病気や何かの理由で働けなくなった時に助かってる人も居るらしいわね。うちも貧乏人の子沢山で、何度かその制度ギリギリに成り掛けてたみたいだったわ」
「へぇ、そうなのかい」
「あたしが居た孤児院だって、その関連の法律で決められた補助金で運営されてるのよ。そんなとこでも着服とか横領とかがあったのよね。あの手のお金って悪人から見たらあぶく銭にしか思えないんだと思うわ」
「それで? ここの事情がそれに関係してるのか」
「ここの物価って他所の4分の1くらいでしょ。それに家賃が半分で、ここの人達の収入と支出って平均で他所の3分の1程度の筈なのよ。それってほとんどの人が確実に保証の対象になる金額だと思うの」
「でも、ここでは生活が成り立ってるから誰もそんな保証を貰ってないだろう」
「だから。そこから不正の臭いがプンプンして来るんですよ」
ティリオの問い掛けに応えたのは真剣な面持ちのフィリアス。
あたしから色々な状況設定で設問を受ける内に身に付いた知識の1つが貧困ビジネスだったのよね。
おそらく正解とはいかないまでも彼なりの解釈で不正の筋立てを考えているんだと思う。
「フィリアスはこの件をどう考えてるの?」
「たぶんなんだけどね。住民の一部に保証支給金が受けられる事を教えて、手続きをしてやる代わりに契約書にサインしろなんてね。支給金の殆どを掠め取る様な契約で金を巻き上げてるんじゃないかな」
「何だって! そんなあくどい事をする奴が居るのかよぉ。そんな奴はこのチャンク様がコテンパに伸してやるぜぃ!」
「チャンク。フィリアスは自分の考えを言っただけでまだ何も解ってないんだから、あんたが今いくら息巻いたって意味ないんだわ」
「そ、そう、なのか?」
「そうね。フィリアスの考えも悪くないけど、そんなあからさまなやり方ならもう誰かが声を上げてると思うの。それと、その考えじゃあ何でここがこんなに物価が安いのかの説明が出来ないのよね」
「エノラはその説明が出来るのか」
「えぇ、ティリオ。一応辻褄が合うだけで良いならね」
「ねぇ、聞かせてよ、それ」
4人共正解を求めてる訳じゃない。
正解なんて今はまだ誰にも判らないからね。
ただ、もっともらしく聴こえるフィリアスの推定を論破したあたしが何を話すかに興味があるだけだろう。
「えっとねぇ。まずは『ここが何故こんな特殊な土地柄になってるか』からなのよね。これ、キャスリィが言ってた事だから間違い無いと思うんだけど、この町が何より一番特別なのは住民に地主が一人も居ないって事なのよ。家も畑も森や鉱山まで、全て他に所有者が居て、住民はそれを借りてるだけなのよ」
「そんな事有り得るのか?」
「実際そうみたいだからね。この町の元々の成り立ちが特殊らしくて、全く別の地域で大災害--多分地震よね--で地域一帯が全滅した所があったらしいの。そこで何とか生き残った人達を受け入れるために魔窟の街の傍に原野を所有してた人達にお役所が頼んで恒久貸借契約を結んでもらったのよね。元々は原野だったから貸す人達も当時は喜んだでしょうね。ところが魔窟の街がどんどん大きくなって、この地域にくっついて、ここもちゃんとした町の形になってくると、街の他の所との差が凄く目立つようになってしまった。最初は喜んでた人達も『なんで自分の土地だけが』って思い始めても恒久貸借だから契約の取り消しは出来ない」
「なんだ、やっぱりちゃんと調べてるんじゃないの、エノラ」
「まぁ、少しはね。さて、続きだけど。取り消しは出来ないけどもちろん契約の変更はできる筈。でも、被災者として着の身着のままでやって来た人達だからどの家も最低限の生活レベルからスタートしていて中々それが改善できないでいる。世間全体は少しずつ景気が良くなってモノの値段が上がって行くんだけど、ここの人達はとても買えないので町の中で流通させるものの値段を下げる努力を始めた。頑張って外の物と競争して実入りを上げるよりは、今の収入のまま頑張って物をたくさん作れば安く皆に行き渡るのよ」
「そんな人達に賃料を上げるなんて言い難いよね」
「そうだし、契約事項に値上げ比率の上限なんかも入っているのかも知れない。まぁそれは良いとして。やがて地主の誰かなのか、ここと周囲の2重物価の抜け穴を見つけた者が出てきたのよ」
「何だ、その抜け穴って?」
「こんなに近いのに貨幣価値が全然違うの。普通ならここの住民を使って外部で売る商品を作らせれば大儲けなんだけど、ここの人達は内部向けの品を作って行き渡らせるだけで精一杯だからそんな話には見向きもしない。じゃあ他に何か儲ける手は無いのかってね、思い付いたのが多分生活保障の支給金なんだと思う」
「どう言う事?」
「住民の収入証明を出すだけで支給金が下りるのよ。何せ他所の3分の1以下の収入しか無いんだから、ここの人達は。それで全員の収入証明を『勝手に』提出してしまった。でも、それだけじゃ本人宛に覚えのないお金が届くだけ。そこで一策を講じたのだわ。昔壊滅した地域の法人がまだ活きている事にして、それがここの住民の権益代表だと役所に認めさせてしまった。住民の了解など全く無しにね」
「て、ことはぁ?」
「支給金は全てその法人に振り込まれているんですね、先生!」
「そうね。それでそのお金は地区の地主達に分配されて、多分一部が役人に還元されている……みたいね」
明日もお待ちしております。




