第四章 大陸の探究少女 4話 せんせい.
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そろそろ昼餉時も過ぎた頃合いで宿の食堂も空いて来ただろう。
『じゃあ、またね』と白馬に囁いて馬繋場につなぎ直す。
馬毛ブラシを片付けながら『昼餉は済んだの?』と声を掛けると『ううぅん』と今までの勢いが嘘みたいな大人しい声で首を横に振った。
『何か食べながらにしようか』と宿の表へスタスタ歩き始めると軽い足音がついて来るのが聞える。
まだそこそこの混み具合だけれどぽつぽつと空いたテーブルも見えて、内容の分からない話を聴くのには良い具合かも知れない。
奥の席に腰掛けて向いに立つ相手の様子を見やった。
年の頃はやはり最初に思ったくらいだろう。
取り立てた美形じゃないけれど愛嬌のある顔立ちで、好みに感じる男もいるだろう。
『チャンク師匠たちには子供っぽ過ぎるだろうけど』と内心決めつけたのは多分正解だ。
正直、身形が良いとは言えない。
ちゃんと清浄は掛けてあるが、衣服の生地がかなり擦り切れている。
馬繋場で見せた威勢の良い雰囲気はどこへやら、瞳がきょろきょろと食堂中を彷徨って落ち着かない。
「ここは奢るから、座ったらどう?」
「えっ、良いのかい?」
「話を受けれるかどうかは分からないけど、昼餉を奢るくらいは構わないよ」
「悪いね。こんな繁華なトコの店に入るのは初めてでさぁ。お足も心許ないし」
「僕が誘ったんだから気にしなくていいよ。よぉし。女将さぁん、肉定食2つね!」
「あぃよぉ!」
ようやく気が落ち着いたらしくフィリアスの正面に腰を下ろした。
にっこりと微笑んだのはおそらく【奢り】へのお返しの様なものだろうが、ドクッと鳴った自分の胸に驚く。
しかし『自分も好みのうちの1人らしいや』なんてちょっと自虐めいた風に背伸びした思いも、まだまだ子供の彼がその切実な重みを知るのはまだまだ先の事だろう。
おかげで何ら力みも気後れも無く、真っ直ぐ眼を見て口を切れる。
「話は食べ始めてからにしよう。先に話し出すと『いただきます』が言い難いからね」
「うん。いいよ」
定食だけに配膳は早い。
猪のこま切れ肉と千切野菜を生姜味噌味で炒め合わせたのに吸い物と御飯、香の物が瓜のナラ漬けなんて食文化を伝えたのは誰……などと考えるのはエノラぐらいのもので、若い2人は目の前の膳の香りに誘われて自然と『いただきます』がこぼれ出た。
湯気の立つ肉と野菜を炒め汁ごとたっぷり箸で取って御飯に載せる。
椀を口元に寄せて御飯と炒め物を大口の中に放り込むと、生姜味噌が鼻を擽り、肉の旨味が口に溢れる。
様々な野菜の香味と食感の味わいに白米の甘味がトドメを刺す。
夢中で食べる2人にあっと言う間に椀と皿が空に成り『おかわり!』と声をあげるフィリアスを見詰める眼に『彼女の分も、料理と御飯お代わりだよ!』と続けた。
『あいよぉ!』と女将さんの返事を聞いて少し落ち着いた彼女が吸い物を一口飲んで話を始めた。
*
彼女の名はキャスリィ、このソルサイゾの街外れで独り暮らしだ。
元から独りだった訳では無く成人前に相継いで両親を亡くしたらしい。
それらは別に犯罪や事故ではなく病によるもので強いて問題があるとすれば【貧困】なのだろう。
彼女がわざわざ探究者の事を聞き付けてやって来たのは彼女自身の事では無く知人の問題を相談する為らしいが、普通の平凡な街ならいざ知らず魔窟の街で探究者は珍しい存在ではない……と言うよりありふれたと言ってもいい筈だ。
それを昨日着いたばかりの見ず知らずの探究者目当てにやって来たのは何故だろうか。
フィリアスはまずそこが気になったが、取り敢えず彼女の話をそのまま聴く事にした。
件の知人と言うのは老齢の女性で彼女の父母が病に倒れた時に彼女の面倒を見てくれたご近所さんだ。
それ以来今年成人するまで何かにつけて気にかけてくれたらしい。
その【お婆さん】が病気になった。
病院で診てもらいたいのだが彼女の住む地区には病院が無い。
何でもその地区全体が数名の大地主の所有地で、住民は全て借家住まい。
皆借家で店舗や工房を開いたり、借地で農業をしたりしている。
そう言った住民の活動で地区内の衣食住に関しては贅沢は出来ないものの何とか生活は成立している。
ところが一歩その地区を出ると全てが割高で、何一つ買う事が出来ない状況だと言う。
それは物販だけの問題じゃなくて、地区内に施設が無い医療と教育も同じ事なのだ。
地区内の私塾で読み書きは教えているが高等教育機関は皆無、伝承医療の薬草師以外に医療機関も無い。
薬草師の手に負えない病気になった者は自然治癒以外に回復の見込みは無いらしく、実際彼女の両親もそうだった。
【お婆さん】はこれまで病気らしいものに罹った事がない人--地区の老人はそんな人ばかり--だが、今回生まれて初めて出した高熱に薬草が効かず、あと数日もてば良い方だと薬草師は文字通り匙を投げたそうだ。
これまでは『自分の住んでいる所がそんなものなんだ』と大して何も考えたりしなかったキャスリィだが『何かおかしいんじゃないか』と思い始めた。
『なぜ自分達だけが他所と違うのか』を調べようと思い立って、まず【役所】なる所に行ってみたが、窓口から窓口へあちこち行かされるだけで一向に埒が明かない。
『これではとてもお婆さんの命がある間に何一つ分からない』と、役所を出て私塾のに話を聴きに行った。
そこで『普通はどこにもその地区の【政治家】という者が居て、そんな相談に乗ってくれるもんだが、何故かここにはそれが居ない』と聞いた。
『それは何故かは誰に聞けばいいのか』という事で、私塾の先生が偉い役人に面談を申し入れたが『スケジュールがいっぱいで半年以上先になる』と言われた。
仕方なく役所を出て次の手立てを相談していると『いやぁ、○○さん!』と件の役人の名を呼ぶ声が聞こえる。
かなり有名な役人らしく先生もその顔を見知っていて、駆け寄って声を掛けた。
にこやかに談笑していた役人が振り返って2人の身形を見るなり大きく顔を顰めた。
『君等の様な者は知らんな。人違いじゃないか?』と踵を返して役所へ取って返すのに『アポイントをお願いした▽△地区の者です。お顔は存じ上げておりますので』
再度声掛けすると苦虫を嚙み潰したような顔で
『君達の問い合わせは誰も担当が居らん。と言うか、それを受け付けると君等が困った事に成るのだ。その地区には君等の様な者が居る筈がないのでな、君等は虚偽申告の罪に問われかねん』
『何ですって! 我々は長年数代に渡ってあの地に住んでおります。何かの間違いでしょう』
『馬鹿を言うな! 公正かつ有能な役所が間違いなぞ犯す訳がない! そんな事を言うと誣告罪で重刑が科せられるぞ!!』
『いや、しかし……』
何を言っても『受け付けられぬ』の一点張りだったらしい。
「しかし、可怪しな話だね。実際住んでるのに居る筈が無いとか。何だかすごく不正の臭いがするよ」
「やっぱりアンタもそう思うかい。アタイもそんな気がするんだ。だから、話を探究者に持ち込んだんだ」
「あぁ、そうだね。役人の天敵は探究者だから」
「でもね。アタイの地区の周りにいる探究者は誰も話を聞いてくれなかった。それどころか別々に動いてた先生は出会った探究者達に寄って集って酷い目に。今は薬草師のトコで寝てるよ」
「そうか、それで他所から来た探究者を頼って来たんだね」
「そうなんだ。ここのは誰も怖くなっちゃってさ」
「気持ちは分かるよ」
「もう何も出来ないって震えてたら、寝込んでる先生に『真実を知らんでいいのか!』って怒られちゃって。それで探し当てたんだ、アンタ達をね」
「でも、いったい何が起きてるんだろ? 訳が分からないけど、とにかく今はお婆さんと先生が心配だ。馬車を雇うから、迎えに行こう」
「いいのかい? 碌なお返しは出来ないよ」
「人の命が掛かってるんだ。そんなの関係ないさ!」
明日もよろしくお願いします。




