第一章 商都の孤児少女 1話 陰をつたいて
第一章の1話です。
お読みいただければ幸いです。
路地うらの入りくんだほそ道の1つ。
表通りのさわぎは遠くて行き交う人もまばらだ。
こんな所で待ってもほどこしをくれるような羽ぶりのいい人は通らない。
なぜあたしがこんな所に突っ立っているかを事情を知らない人に説明するのはむつかしい。
なんて言ってる間に待ち人がすがたをあらわした。
年わかい少女って言ってもあたしよりはだいぶ上だろうけど、奉公女服の小がらなすがたが路地を足ばやに抜けていく。
ナムパヤ市街だけでなくイクァドラットの国はどこもわりと安全らしいから、あの娘も身のキケンを感じての小走りじゃない。
あぁ、この場合の安全は女をおそうようなあぶない奴が少ないってイミね。
彼女は路地の突きあたりで右に折れた。
うん、あの奉公女服はやっぱりそうだ。
あたしは彼女のあとを追って突きあたりへと歩き出した。
路地の突きあたりを左へ行くと商店街に出る。
その商店街はナムパヤでもけっこう有名でりっぱな店が並んで人通りも多い。
商店街から左右に伸びる道ぞいにもこのごろは小さな店ができはじめた。
その横道から折れる入りくんだ路地は商店の使用人たちがすむ長屋が軒ノキをつらねる。
あたしが立っていた路地は商店街から一番遠くて、すんでいるのも横通りの小さな店の使用人がほとんどだ。
だからちゃんとした買い物客がこんな路地をぬけることはないけれど、使いを言いつかった奉公人なら別。
人がおおい商店街を気を使って歩くより近道の路地をかければ、あまった時間を自分のために使える。
あの娘も同じで、目あての店へ寄ってから用事をすませに行くつもりなんだ。
路地から右に出るとその先はイキドマリでツキアタリに新しい焼き菓子の店ができたばかり、若い奉公人でも手がだせるくらい安くて、値段のわりにおいしいとその手の人たちのうわさになってるみたい。
もちろん私にはとても手がだせない。
あたしは路地のはしっこで立ちどまった。
あたしの格好は表通りに立つとほどこしをくれる人がいるくらいみすぼらしいので、横通りでも店のそばにいるだけでいやがられる。
店の人たちは余りものをわけてくれるくらいやさしいんだけど、もちろんそれは店がしまったあとの事であいてる間はだれだってあたしが見えないふりする。
みんなあきないが大事だからしかたないよね。
なので路地を出たら立ちどまらないようにしているんだ。
路地のカドから右手をのぞくとあの娘がその店の前にならんでるのが見えた。
少しするとお目あての焼き菓子の小さな紙づつみを手にしたあの娘がこっちへ歩きだした。
紙づつみから小さな焼き菓子を愛おしそうにほおばって歩くすがたが見える。
たぶん菓子をほしがる物ごいにしか見えないと思うけど、ねんのために目の前でかるいクツ音を立てる足もとにくっきりうつる影を見つめた。
若い奉公女さんは焼き菓子のあま味にうっとりとした顔であたしの前を通りすぎる。
さっきまでの小走りとはちがうけど、ことづかった先へ向かう足どりはしっかりしてる。
商店街へむかう彼女のうしろすがたを目でおって、人ごみに消えたのをたしかめてからあたしも歩きはじめた。
ならんだお店には目もくれずにまっすぐ前を見て、できるだけ物かげをつたって目立たないように。
いつもおなかを空かせてるわりに背丈だけはそれなりに育ってるあたしだけど、大人の歩はばに遅れないのはたいへんだ。
でも痩せっぽちのからだは人ごみの中をぬけるにはちょうどいい。
商店街を右に入ってそのままいくつか四つカドをこえたあと、左の横道へ入った。
わりとにぎやかな横通りには初めて入るけど行先はまよわない。
目あてのおうちがせまい路地の角だったのでそこへまがって立ちどまる。
その小さな家のわきで息をととのえてさっきのメイドさんが出てくるのを待った。
時間がかかっているのはかえりの用事をたのまれるからだと思う。
だいぶ待ってやっと出てきたカノジョが商店街に入るのを見て、あたしはまた歩きだした。
*
カノジョが戻った先はすごく大きなお店だった。
奉公女服のあつらえでそれなりとは思っていたけどちょっとびっくりした。
横手に路地はないけど、ぐるっと回りこんだ裏は小道で勝手口のあたりならあたしが立っていてもダイジョウブそうだ。
しばらく様子をうかがっていたけど、勝手口から奉公人が出てきてそうじをはじめた。
あたしを掃きたててしまいたいのが見え見えだったからおとなしく帰ることにする。
何日も路地で待って何か起きたのは初めてだけど、今日はもうこれでじゅうぶんだし。
そのあともどったころには横道のお店もしまいの時間になっていて、今日は揚げもの屋のおじさんが手まねきをして揚げあぶらからすくった衣と具のかけらをくれた。
『今夜はご馳走だ』とうれしくてにっこりすると、おじさんも笑顔で頭をなでてくれる。
どの店もゴミで出していたのを、もらっていいかあたしがたずねてから何軒かのお店は片づけが終わるまでは置いてくれるようになった。
この頃は似たような子たちやはたらき手のいないうちの人なんかももらいに来るので初めほどたくさんは無いけど、あたしのとこで残すよりはずっといいと思う。
次の日からあたしは待つばしょを変えた。
商店街をぬけたあの家のあたりの路地で少しずつばしょを変えながらしんぼう強く待っていると翌日には待ち人があらわれた。
すらっと背のたかい若い男の人で、顔を見るのは初めてだけどまちがいない。
きっかけをどうしようかすごく迷ったけど、当たってくだけることにした。
変な手をつかうよりきっといい答えがでるように思うから。
「タリアンさんですよね」
「えっ! あぁ確かにタリアンだけど。あれぇ? 知り合いじゃないよね、お嬢ちゃん」
「はい、初めまして。あたし、エノラ・ウズミヌといいます」
「ウズミヌさんって、あの……」
「はい。ウズマ神様のご加護でお世話いただいている孤児です」
「そうか、それは大変だったね。でもそのエノラちゃんが私に何の用があるのかな?」
「あたしのスキルを使ってもらえませんか」
『良かった!』そっ気なくあしらうような人じゃないと思ってたけど、あちらから話を聞いてくれるのは助かる。
で……、スキルって何か。
この世に魔法があるのはあたり前、スキルというのはそれとは別にそれぞれ人が持ってうまれた特別な力のこと。
同じ魔法でも使える人と使えない人がいるけど、がんばりしだいで使える魔法がふえたりする。
でもスキルはその人それぞれの力でどんなにがんばっても自分のスキルいがいは使えない。
人は物心ついてしばらくすると魔法を使えるようになる。
そのあと何年かのうちにスキルも使えるようになって、それがどんなスキルかも分かりだす。
シゴトにべんりなスキルだとそれが使えるシゴトにつく人が多いのはあたり前で、その手のスキルは親から子へ受けつがれることも多いらしい。
孤児と言っても色々だけど、捨て子だったあたしは親を知らないから、そのあたりがどうかはわからない。
とにかく今はそのスキルを売りこまなくてはならないの。
「まだ小さいけどスキルは充分に使えるのかい」
「はい大丈夫です。魔法もスキルもみんなより早かったからおやくに立てると思います」
「それなら僕みたいな資格修士じゃなくて、もっと立派な人に頼むのが良いと思うがね」
資格修士って学校を出ても普通のしごとにつかずに、官庁でえらくなるための資格を目ざして勉強している人の事だ。
「できれば大きな商家に奉公に入りたいけどコネのない孤児なんて相手にしてもらえないから、そこの人と知りあいたくて」
「尚更、僕なんて。うん? ひょっとしてメルノアの事を言ってるのかい?」
「はい。タリアンさんの家に向かうメイドさんがよその家の人と話しているのを聞いて」
「はぁぁ、成程ねぇ。使用人の口に戸は建てられないかぁ」
タリアンさんは品さだめするみたいに小首をかしげてあたしのことをじっと見つめた。
今後ともよろしくお願いいたします。