5話 エセ関西弁チャイナ娘
しばらく道場内を進み続けてはいたが、一体いつになれば着くのやら……
そう思っていたのも束の間、『紅血』はそこに立ち伏せた。
「ここか?」
「ああ、着いた」
『紅血』は何やら緊張した雰囲気を醸し出していて、何か嫌な予感がするのは俺だけだろうか。
スライド式の扉を握り『紅血』はこう言ったのだ。
「行くぞ」
「「ゴクリ」」
アイラと俺の息はぴったりと重なり、唾を飲む。
ああ、きっと恐ろしいやつが待っているに違いない、と。
突如として固まる空気……
ガラガラガラガラ
扉を開ける。
「とりゃあ!!」
「そりゃあ!!」
「うおりゃああ!!」
その途端、室内からは拳を振るう男たちの雄叫びと暑苦しい熱風が押し寄せる。
うっ。これは……
この途端立ちくらみが起こる。
それに、俺は耐えられずつい言葉を溢してしまった。
「臭っ!! 汗くせぇ!」
とんでもない、男達の体臭と汗の匂いが一気に鼻を通った。
それには『紅血』も、
「わかる、めっちゃ臭いよなここ」
共感の言葉を。
「いや、入って早々言う言葉かよ! もっと、なんだあの修行はっ! とかあっただろ!?」
ようやく本作における自分の立ち位置を理解したアイラは突っ込みを披露する。
「いや、修行とか言っても素振りしてるだけじゃん? 別にすごくなくね」
「……まぁ、否定はできんが」
「だろ?」
修行なんかより、臭くて暑くてうるさい。最悪じゃねーか。
そして『紅血』はスタスタと駆けていく。
「師範〜!」
『紅血』は言った。
つまりその人物こそが噂の武術マスターとやらなのだろう。
視線をそこに写し、そいつを見つめた。
「チャイナ服……?」
そこにいたのは、赤に近いピンク色の髪をし、チャイナ服を着た、チャイナ娘だった。
その姿は語尾にアルをつけているということが容易く想像できる。
「紹介しよう。俺の友人のユウタとアイラだ」
紅血はチャイナ娘に俺たちを紹介する。
「よろしく」
アイラが言った。
そして俺は親しみを込め、こう言ったのだ。
「よろしくアル」
アルの使い方は正しいのだろうか。
だが、こうした方が伝わりやすいに決まってる。
するとチャイナ娘は愛ヶしい顔をにこりと微笑ませ、
「なんでやねん!」
「……?」
一瞬の沈黙。
突っ込まれた……だと!
というか関西弁!? どういうこと?
「アルってなんやねん!」
しかもエセ関西弁だと!?
情報量が多すぎるぜ。
「えっと……」
「おっ、飴ちゃんいるか、飴ちゃん」
そう言って、飴を差し出す。
なんだこの大阪人のパチモンみたいな奴は……。
「ほら、師範も自己紹介を」
救いの手を差し伸べるように紅血が介入。
感謝してるよ。
「ああ、すまんすまん。私の名はミサキ。この道場の師範をしてる者でごわす」
なんだろう。実際、関西人が会えばキレるんだろうな。
まぁ、こう近くで見ると、美少女だし。ボディラインもしっかりしている。チャイナ服を着ているからすぐにスタイルがわかる。
つまり仲間に入れるとしたら十二分ない存在だということだ。
「今日はお前に用があってきた」
「なんやねんっ!」
こういう頭が弱そうな人には率直に言うのが一番だ。
「ミサキ。お前を俺の仲間に入れたい」
そして俺はその詳細について、あらゆることをミサキに伝える。
するとミサキは腕を組み、うーんと言った。
一筋縄では行かないらしい。
「おもろそうな提案やが、私にも大事な門下生がおるんや」
「まあ、そうなるよな……」
「そうや、ここは武道的に決闘で決めるのはどうや? ユウタも一応勇者なのだろう?」
「お、そうしよう決闘だ」
「話が早くて助かるわ、ほな準備したら言ってくれや」
準備ってなんだ? ラジオ体操とかか? まあ一応やっとくか。
中高で部活未所属、いわゆる帰宅部だった俺はストレッチになにをしたらいいかというのをよく知らない。
そのため、なんとなくでするしかない。
奇妙な踊りを行なっていると、青髪の少女が心配気に話しかけてきた。
「ユウタ大丈夫なのか?」
「ああ、ばっちりさ。負ける気がしねーぜ」
指でグットマーク。
「本当に大丈夫か?相手は一流の武闘家だぞ?」
「だから大丈夫だって。この目を見ろ、大丈夫だろ?」
「余計不安になってきた」
どうやら俺の目はそこまで煌めくほど主人公体質でないらしい。
「まあ、見てろって。相手が悶絶する姿が目に浮かぶぜ」
「お、おう」
俺のここまで自信は別に根拠のない自信なんかじゃない。
かなりの間、使っていなかったが俺には、この力があるのだから。
ー
「それではお互い位置について」
審判の合図で俺は定位置に着く。
「始めっ!!」
道場内に響き渡った。
すると閃光の如くミサキは、近づき拳を振り翳した。
「先手必勝っ!」
忘れてはいないだろうな。
俺が勇者として授かった力、この『催眠』を。
使い方は簡単、好きな言葉を思い浮かべ、それを相手に送信するイメージを浮かべるだけ。
ミサキの挙動は突如としてピタリと止み、その体勢のまま静止する。
「…………?」
会場中が静まり返った。
それもそうだろう。動かなくなってしまったのだから。
聴衆から不審の声が上がる。
「ふははは!!」
完全勝利。これがまさに戦わずして勝つということだろう。
「何がどうなっているんだ!?」
アイラが問うた。
「相手の動きをスキルで止めただけだが?」
「汚っ!」
「問題ない。ルールには記載されていなかったからな! はっはっは!」
何が汚いのかさっぱりわからないね。
しかしそれはどうも門下生達にとっては虫が好かないらしく、
「運営それくらい書いとけよぉ!」
「姑息だぞ貴様!」
「ぎゃああ!」
「神聖な決闘が……」
「流石、我が盟友」
なんか一人混じって居るが、とんでもない勢いでヤジが飛び交った。
「馬の耳に念仏、俺にはその手の精神攻撃は効かないね」
「その理論でいくとお前が馬になるけどいいのか!?」
まあ、悪かったよ門下生諸君。お前らが汗水垂らして修行してもなお、倒せなかった相手をこうも簡単に下してしまったんだからな。
「うおおおお、食らえ! パーンチ!!」
サンドバッグのように動かなくなったミサキ目掛けて拳を放った。
これで、俺の勝ちだ……って、ん?
モニュ! 拳に柔らかとした何かが当たる。なんだこれは物凄く柔らかい。それに大きい。
初めての感覚だ。一体これは……