2話 サファイアの性騎士
勇者の朝は忙しい。
どこかで見た、プロフェッショナルの流儀という番組の冒頭をふと思い出し、
最悪の目覚めで今朝は起床した。理由は言うまでもなく……ううっ、思い出しただけで吐き気が込み上げてくる。
「失礼します。朝食の用意ができました」
あのメイドであった。
あんなことをされておいて平気で仕事をできている、この男の娘属性メイドに感心する限りであったが。それはメイドがすごいのではなく、催眠スキルの効果だということを知るのはしばらく後のことになる。
「あ、ありがとうございます」
癖は人それぞれだ、と心の中でフォローを入れつつ素直に感謝を述べた。
メイドは扉を大きく開き、ワゴンをテーブルのもとへと運んだ。
それに合わせるように、今朝受け取った服を羽織り椅子に座る。
一体どんな料理が運ばれてくるのかと内心ワクワクしていると。
「どうぞ」
メイドがテーブルにコトっと置いたのは、西洋風の料理ではなく、ラーメンであった。
なぜ。
「こ、これは?」
「ご存じないのですか? ラーメンですよ、ラーメン。古くからこの料理は勇者が好むと伝えられているのですが……」
知ってる。それは。
まあ、いいか。
気にせず箸を手に取り、麺を口に運ぶ。
朝には重すぎる。
するとメイドが何やら紙を取り出しそれを読み出した。
「今日の予定ですが、今日は勇者パーティ開設に向けたパーティメンバー面接会があります」
面接……か。
「はい……不採よー」
飽きたように不採用の印を押す。
残念ながら俺のお眼鏡に叶うものは今のところ誰一人としていない。
美人で強くて有名人なやつはなかなかいねぇーな。
「はい、次のかたぁ」
そう告げれば扉が開いた。
「くっくくく。やっと俺の出番か」
そこからは奇妙な笑い声と不穏な空気が漂い始めた。
すぐにわかった。コイツはやばい、と。
「じゃあ。自己紹介お願いします」
ゆるかった空気が一気に硬くなる。
そしてコイツは右手で顔を抑え、垂直から少しずらした角度で立ち伏せる。
「蹂躙せよ! 俺の名は『†紅血 †』ただの魔法使いさ」
赤を基調とした装飾品に主に黒の羽織、どこか怪我をしているのか腕にはぐるぐる巻きの包帯が。表情はフードをかぶっているのでよく見えない。
会場は『紅血』という言葉に過敏に反応し、
「あの『紅血』が!?」
「世界最強の魔術師と言われる『紅血』!?」
何やら有名人らしいれっどぶらっとさん。もっともあの『紅血』と言われても、どの『紅血』なのかさっぱりわからないのだが。
しかし、やばいのは変わりない。
間違いなくコイツはやばい奴だ。
「とりあえず、ちゃんと立とうか」
「ああ、すまない」
素直に直す『紅血』さん。
「それじゃ、質問いいかな?」
「なんなりと」
不気味なポーズで頷く『紅血』によって会場は魔法にかけられたかのように凍りついた。
「お名前は?」
「無論、『紅血』である」
得意げに右手で顔を抑え、答えた。
好きだなそのポーズ。
やはりやばい奴だ。
自らを『紅血』というハンドルネームで呼称できるメンタルは一体何でできているのだろうか。
また『紅血』という名前。大した事言ってなくないか? ただ赤い血って言ってるだけじゃないか。
俺も血は赤いぞー。
という事で、俺もこう名乗ることにした。
「ほぉ。俺の名は『ルージュブラッド』よろしくな」
勿論、ルージュはフランス語で赤という意味を指すのだがコイツにはわかるはずもない。
実際、俺の血も赤い訳だし問題ないだろう?
「何!? 貴様、『ルージュブラッド』というのか!? なぜだろうか俺の名と似ているような……」
そりゃ、同じ意味だからな。
取り乱したように、自分の仲間を見つけたかのように『紅血』は興奮している。
「これは奇跡! やはり俺と貴様は巡り合う運命だったのだ」
「ああ、そうだな!!」
結果は決めた。
勢いよく机に烙印を押しつけた。
そこに書かれた言葉、それは、
「不採用っ!」
「えっ? おおい! ちょっとぉ! ぐわぁっ」
諦めの悪い『紅血』は足を銃弾で貫かれたような悲鳴をあげて、追い出されていった。
「次の方〜」
慣れたように次へと促す。
ここまでくると目ぼしいひとは見つかりそうにない。
そんなことを頭の片隅に置きながら、扉の開く様を見届けた。
バサッ。その者は入室するや否や頭を垂れたのだ。
「私の名はアイラ・ラウエル。アルフォレード王国聖騎士団、騎士団長をしている者だ」
サファイアのような髪を後ろでまとめ、その体勢からは誠意が一直線に伝わってくる。
突然の事で、何がなんだか分からずとりあえず、
「え、えっと。頭をあげてください」
「はっ」
アイラは顔を持ち上げ、立ち上がる。そして髪と同色の瞳で真っ直ぐと前を見つめる。
戦いにそぐわない、凛々しい顔。かと思えば首から下は立派な装備を付け、腰には長い剣を構えている。
そして彼女は思いを誠心誠意伝えるように呟く。
「私はあなたのパーティに入って。是非とも魔王討伐の手助けをしたいと思っている」
「……なるほど」
「世界が平和になるためだったらなんだってする。だから……」
続けて彼女は言った。
「『ルージュブラッド』さん。是非あなたのパーティに入れて下さい」
「ん……?」
待て待て、それは誤解だ。
「いや、俺の名前はユウタだから」
そんな痛々しい中学生が付けた名前が広がってしまえば一生の恥その物になってしまう。
それだけは絶対に避けたい所存だ。
「ああ、申し訳ない。ユウタ、あなたのパーティに私を入れてくれ」
胸に手を当て、聖騎士は腰を曲げる。
……しかし、完全に『ルージュブラッド』の件で気づけていなかったが。
こやつかなりの別嬪だぞ! 顔だけじゃない身体もだ。装備で隠れていようがこの『童貞の瞳』の前では透けているも同然、コイツ、隠れ巨ニューだ!
まったくけしからん身体だぜ。ただの発育の進んだ騎士、性騎士ではないか。
「うん! 合格!」
何がとは言わない。
とにかく、一人目の仲間ができたんだ。このままジャンジャン仲間を増やそう!