1話 催眠だぜ、グヘヘ……
……今ここにいるわけだ。
「なんでだよぉ!!!!!!!!!!!」
絶叫しちまったさ。それも今までで一番大きい声でな。
ああ、間違いない。世の中は残酷だ。
俺の卒業式が……。そう嘆き悲しむ。
先程まであまりの情報量で呆然としていたが、やっと我に返りその想いを吐き出した。
「というか、どこだよここぉ!!」
俺の叫び声に返答するように赤いローブの髭を蓄えた男が、
「ここはアルフォレード王国である」
全く聞いたことのない地名に、見渡す限り猫耳女性や典型的な王様……ってここってもしかして、
「異世界なのか!」
涙混じりの言葉を呟く。
間違いない。異世界だ。でなきゃ何かのドッキリに決まってる。
いやさぁ、タイミング考えてくれよ。嬉しいけどさ、ねっ? 嬉しいよ異世界転移。でもそれ以上にさ、童貞卒業したいんだよ。
……いや、まてよ。現実的に考えてみろ、異世界なんてある筈ない、ましてや転移なんて不可能だ。
「夢に違いない。夢だ。誰か俺をつねってくれ」
すると王と見られる者が駆け寄り、引っ張ってくれた。
股間を。
「これは素晴らしい。伸縮自在ではないか」
感心したように王は呟く。
まるでゴム人間になる実でも食ったかのように俺の息子は伸びて行く。
激痛と共に。
「いたあい、いたい! そこじゃない、つねるのそこじゃない」
その痛みに微かに快感を覚えつつ、ストップを要求する。
王はすまない、と軽い口調で手を離した。
その時、俺はようやく気がついた。なぜ女性は顔を赤くしているのか、なぜ冷たい視線が送られているのか。
俺はスッポンポンなのである。
「きゃぁ!」
今頃か、と言えるほど遅いタイミングで乙女な声を上げ、全力で前を隠す。
そして夢でないことを一応確認することができた。
「おい、勇者様のスキルを確認してくれ」
王は聖職者らしき人物に指示を出す。
そしてそいつは、水晶玉に何かを唱え始めた。
「出ました。勇者、スキル……催眠」
アンテナが反応した。
俺のスキルって催眠なのか。それって強いのか?
何故、俺がここまで冷静沈着に行動できているのかといえば。特に深い理由はなく、ただアニメやゲームを趣味として嗜んでいたからであり、この手の展開は四捨五入すれば王道であり、親の顔より拝んだからである。
「それってどうなんですかね?」
「うむ、中の上くらいではないか」
王に尋ねると、難しそうな顔をしてそう返された。
おそらく期待していたチート能力では無かったらしい。
ー
「にしても、異世界転移か……」
王からの王城の部屋の内の一つに泊まることになった。
部屋にずっしりと構えるクイーンベッドに体を埋め、今日あったことを振り返る。
あれからは王にこの世界の設定を延々と聞かされ疲れているのだ。魔王がどうちゃらこうちゃら。要するに冒険者になって魔王を倒せばいいらしい。
「『ステータス』」
今日学んだ言葉を口に出してみる。
すると頭上斜め上に光パネルが出現して、自分の名前ユウタ、その下にステータスやスキル詳細やらが綴られている。
スキルはやはり催眠。詳細は一人しか催眠できないとか、視界に入らないと催眠できないとか、難しいことが書かれている。まあ、気が向いたら読むさ。
「はぁ卒業したかったな」
改めて思う。
酷い話だ。せっかく卒業できそうだったのに、まさか召喚されるとは。
……いやしかし、
童貞なんてこの世界で卒業すれば良いんじゃないか?
この世界の哺乳の繁殖方法が体外受精でない限り卒業は不可能ではないではないか。
そうだ、このスキルで人を操って、やりたい放題じゃないか。
よしっ。表向きでは魔王討伐を目指しつつ、童貞を卒業してやる。
するとそんな浅はかな事を考えている俺に喝を入れるかのように、ガチャと扉が開いた。
そしてそこから、メイドが入ってきて、
「お召し物をお持ちしました」
ああ、そうだった。今、裸なんだ。
「ああ、こっちまで持ってきてくれ」
いちいち歩いてそこまで行くのも面倒臭く、メイドにそう促した。
コトコトと軽快な足音のリズムがやむと。
メイドの素顔が瞳に映った。
するとよからぬことが頭に流れた。
ただ単純に魔が刺したのだ。
バサッ。妙に既知感のある衣服の跳ねる音が聞こえた。
メイドは狐につままれたような、ポカンとした空虚な表情をして、そこにただ立ち尽くしているだけである。
「すげえ、力だな」
自分の能力があっさり使えてしまった驚きと、これからするであろうことへの気持ちで心が躍り出す。
裸体のままベッドから起き上がり、感情を感じさせないメイドの一様を見つめる。
典型的な黒と白で構成されたロングスカートメイド服で、フワフワとした印象を覚える。萌えというものだろうか。
そしてまるで少年が宝箱を漁るかのようにメイドをペタペタと触っていく。
「じゃあ、失礼させて貰いますか」
ついに決心してスカートに手を伸ばした。
ヒラリと早朝のカーテンを開くように持ち上げれば、
中からは布切れが見えた。それはまさしく、ルビー、ダイヤモンド、黄金でも言い難い美しさ、尊さを包容するような言うなれば施錠のかかった金庫のようである。
そこを開けられれば、へヴゥン(天国)が広がっていると想像すれば何とは言わないが、むくむくとしてくる。
そして今、この金庫の警備はなく、そのうえ金庫の施錠が開いているのである。
本日二度目ともなるが……
「いっただっきまぁす!」
食前の挨拶としては十分すぎるほど大きな声で言った。
純白の布切れを手にとり、ずり下ろすと、光に包まれた。
一体そこには何があるのだろうか。
一面に広がる拓けた平野だろうか。はたまた天国への道と思わせる果てのない雲の上だろうか。
そんな期待に胸を膨らませ、その美しいであろう景色を待ち望む。
そして目に映ったのは、そう。
一つの大きな活火山であった。いや、もっと表現を追求するならば、ジャングルに聳え立つ一本の大木がそこにはあったのだ。
「あ、ああ」
顔面蒼白にし、うねりを上げた。
腕を交互に動かし、ベッド上で後退りして行く。
……なんてもん見ちまったんだ。
「う、ゔっ」
さらに腹の奥底から猛烈な吐き気が上ってくる。
……なんでだよ。
「なんでついてるんだよぉ!!」
そこにはあったんだ立派なゾウさんが。こんな可愛いらしい顔からぶら下がっていたのだ。