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子どもたちは驚いて飛び上がる。入り口に立っていたのは、この家の主であるカテキスタだった。
「おや、集まっていたのか」
彼は背負っていた大きなつづらを下ろし、大きく息を吐いた。
「お、おかえりなさい……訓先生」
凍りついた仲間たちを代表して、ピエトロが話しかけた。
「ああ、ただいま」
「出張どうでした?」
「まあまあだな。ろくでもない郷紳に絡まれはしたが、かなり良い資料を貸してもらった」
「よかったですね」
「そうだ、お前らにも土産が……」
そこで顔を上げて、彼は眉をひそめた。
「喧嘩でもしたのか?」
訓の視線は、険しい顔のマリアに注がれている。その隣のトマスとミゲルも、やはり浮かない顔で訓をぼんやり見ていた。
ピエトロは仲間たちを見回し、焦った。この段階で、誰が犯人と決めつけることはできない。だけど、いつかはマカロンのことを告白しないといけない。
「あの……先生」
「ん?」
今は訓も、そこまで機嫌が悪くなさそうだ。ピエトロは思い切って訓の前に這い出た。カトリーヌが息を呑む。
「すみません! 高文先生が訓先生にあげたお菓子を、僕らの中の誰かが食べてしまいました!」
がばっと頭を下げると、訓の顔は見えなくなる。しばらくの間沈黙が落ち、恐る恐るピエトロは顔を上げた。
訓は当惑しているようだった。
「……別に、食べてもいいと思うが」
「えっ?」
「そんなに一生懸命謝ることか?」
「だ、だって、絶対激怒すると思ったんで……」
「こんなつまらんことで、すぐ怒る奴だと思われていた方が心外だ」
だってすぐ怒るじゃん。セシリアがジャンに囁き、こっそり笑い合った。
「菓子くらい食べればいいさ。俺も甘い物は好きでもないし。それに、留守中に腐らせてしまったら高文司祭は喜ばないだろうよ」
「なあんだ……」
ピエトロは心の底からほっとした。全身の力が抜けていく。意味もなく、笑い出したい気分だった。他の子たちも、気を緩めて思い思いにしゃべり出す。
だけど、その中で一人だけ、顔を強張らせている子がいる。
「私が犯人扱いされたのは何だったの?」
マリアだ。一時だけでも、濡れ衣を着せられそうになったのが我慢ならないのだ。
「本当の犯人はまんまと逃げ切ったわけね」
不愉快そうに、だけどとても小さな声でマリアは呟いた。訓はそんな彼女の様子をちらっとだけ見て、ピエトロに尋ねた。
「箱の中身は何だったんだ?」
「マカロンらしいです」
カトリーヌも補足する。
「フランス製らしいですよ」
「なに?」
訓の顔色が変わった。
「フランス製のマカロンだと?」
訓が大きな声で繰り返した。家の中の空気が一瞬にして冷たくなる。訓は厳しく張り詰めた顔で子どもたちを見渡した。
急変した剣幕におののく子どもたちに、訓が低い声で言った。
「フランスからこの国に菓子を運ぶまで、一体どれくらいの時間がかかると思う?」
子どもたちは顔を見合わせる。
「1ヶ月……とか?」
「それどころじゃない。下手をしたら1年だ。その上、マカロンは決して日保ちする菓子じゃない……」
訓は重ねて言った。
「食べた奴が誰だか知らないが、腹の具合はどうだ? 今すぐにでも、医者を呼んだ方がいいな」
そう訓が言った瞬間、3人が腹を押さえた。ピエトロはあっと叫ぶ。
カトリーヌ、セシリア、アンヌだった。
訓が肩をすくめて言った。
「さっき言ったのは冗談だよ。高文司祭が、腐った菓子なんてよこすと思うか? きっとそのマカロンは、隣のクレティアンテで作られた物だろう。そこにはフランスの菓子を作る職人がいるらしいからな」
だが、と訓は続ける。
「これで、誰が食べたかは分かったんじゃないか?」
セシリアたちは周りを見回し、「ごめんなさい」と舌を出した。
マリアが腕組みをして鼻を鳴らす。
「まったく! 人のことをさんざん怪しい怪しいって言いながら……」
「えへへ、ごめんねマリア。みんながマリアを疑い始めたから好都合だと思ったのよ」
「良い友達だよ、ほんとに」
呆れながら、マリアは訓の顔を見上げた。目が合うと、訓は微かにマリアに向けて笑ってみせた。マリアはすぐに目を逸らしたけれど、悪い気持ちはしなかった。
「先生、お土産って?」
セシリアがけろりとして、訓の持っている包みを覗き込む。
「牛肉だよ。向こうの社で、今朝方1頭殺したんだそうだ。皆で食べようと思ってな」
肉を包む葉を開くと、赤々とした塊が現れた。ピエトロたちは歓声を上げる。
お菓子は食べてしまってもうないけれど、楽しい宴になりそうだった。
この話が本当に歴史小説と言っていいかどうかはよく分かりませんし、食事というよりはお菓子の話であるような気もしますが、書いていてとても楽しかったのは確かです。
また、この話に出てくる人たちは以前に書いた『聖蹟は遙か遠し』にも登場します。