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ピエトロは、待つのを諦め、腕組みした。
「そもそも、箱の中には何が入ってたんだろう?」
「マカロンよ」
答えたのはカトリーヌだった。思わずピエトロは腰を浮かす。
「な、なんで知ってるんだ! もしかして……」
「馬鹿ね、高文おじいちゃんが教えてくれたのよ」
「あ、そうか」
箱を預かったのはカトリーヌなのだ。中身を知っていても何も不思議ではない。
「マカロンって何?」
アンヌが呟いた。
「おじいちゃんが言うにはね、さくさくした食感の甘いお菓子で、とってもおいしいんだって。中に、甘い果物を煮詰めたのが入ってるの。訓先生が子どもの時、すごく好きだったんだって」
ジャンが低く言った。
「そんな大事なものを、残らず食っちまったのか」
家の中は静まりかえった。
「……とにかくさ、誰も自首しないなら、話し合いで犯人を見つけ出すしかないんじゃない?」
「望むところね」
セシリアが言った。
「そういうセシリアが、食べたんじゃないのか?」
「さぁーね」
ジャンが手を挙げて、発言する。
「中身がマカロンだったことを知ってた奴、この中で何人いるんだ?」
挙手したのは、カトリーヌ、ミゲル、アンヌ、セシリア、トマスの5人だ。
「何だ、そんなに多いのかよ」
何も知らなかったピエトロは呆気にとられた。
「カトリーヌはともかく、それ以外の奴は怪しいな」
ジャンの言葉に、セシリアが反論する。
「ちょっと待ってよ、わたしたちはカトリーヌに教えてもらったのよ」
「カトリーヌ、本当?」
カトリーヌはうなずいた。
「ミゲルとトマスも?」
「それは知らないけど」
カトリーヌに突き放され、男子2人に疑いの目が向いた。
「い、いや、俺たちは……」
アンヌが助け船を出す。
「私、ミゲルたちに話したわ」
ほっとする2人とは反対に、ジャンとピエトロは落胆する。
「結局、手がかりにはならなかったか」
「そうだな。嘘ついてる奴もいるかもしれないし」
今、手を挙げなかった奴だって、手放しに信用はできないのだ。
「今日一日皆が何をしていたか、確認しましょう」
カトリーヌが建設的な提案をする。
「嘘つくななんて言っても、無駄でしょうね。でも、こんな狭い社に住んでるんだから、ごまかしても必ずボロが出るはず」
ちなみに__とカトリーヌは、すらすらと自分の一日を語る。
「私は、朝、箱を持ってこの家に来た。その後学校の授業に出て、午後からはずっと畑作業だったわ。ここに来たのは、朝の一回きり」
「でも、その時に食べちゃった可能性もあるわけね」
セシリアが口を挟んだ。カトリーヌが彼女を軽く睨む。
「でも、僕が見たときには、マカロンあったよ」
ミゲルがのんびりと言った。
「僕は、アンヌからマカロンのことを聞いて、昼にちょっと見に行ったんだ。箱の中にマカロンが三つ、ちゃんと入ってた」
「昼までは無事だったというわけか」
ピエトロはうなった。
「ミゲル、それ以外の時間は何してたんだ?」
「午前中は畑にいて、午後から授業だよ。カトリーヌと逆だね」
午後の授業はピエトロも一緒だった。
「午前中学校にいた奴、他に何人いる?」
そう尋ねると、カトリーヌ、アンヌ、トマスが手を挙げた。
「俺は、一日ずっと授業だった」
「この家には一度も来なかった?」
「ああ」
トマスは容疑者から除外してよさそうだ。
セシリアがきびきびと発言する。
「じゃあ、次は私ね。朝練の後、午前中いっぱい、この家で楽譜の製本をしてたわ。だから、カトリーヌが箱を持ってくるのも見てた。昼からは授業に出ていたわ」
「一人で製本してたの?」
うなずいてから、セシリアははっとした。
「だけど、箱の中も見てないし、指一本触ってないわ。ほら、ミゲルはお昼にマカロンを見たんでしょ?」
だけど、ミゲルが嘘をついている可能性もあるな。ジャンがピエトロにそう囁いた。
「そういうジャンは、何してた?」
「おれは一日おっさんたちと魚穫りの罠を作ってたよ。証人だってたくさんいる。ただ、昼ごろちょっとこの家に来たかな。その時はミゲルはいなかったけど」
「マカロンの箱はどうだった?」
「覚えてねえよ。そんな大事なもんだなんて知らなかったし」
「なるほど……」
ピエトロは混乱して、頭を抱えた。
「ピエトロは? ここには一度も来なかったの?」
「来てない。午前中は教会で働いてて、その後そのまま学校にいったよ。ここに来たのはついさっきだ」
カトリーヌとアンヌがピエトロの側に寄ってきて、一枚の紙を見せた。走り書きで、皆の名前がずらずらと書かれている。
「みんなの日程、書き出してみた。こんがらがって来たかなって」
「ありがとう、助かるよ」
アンヌがにっこり笑う。
「こうしてみると、みんな結構ちゃんと働いたり勉強してたんだな。証言だってすぐにとれそうだ……あれ? マリアにはまだ聞いてなかったな」
紙を眺めながらピエトロが呟くと、マリアは一瞬肩をはねさせた。訝しむ仲間たちを見回して、マリアはゆっくりと口を開く。
「私は、一日休みだったよ。この前安息日に働いた代休で」
「休み……」
皆一斉にマリアを見る。
「だけど、その間何をしてたの?」
「家で休んでたけど? 何をするでもなく」
「誰かと一緒にいた?」
「いない」
ピエトロはジャンと顔を見合わせる。
「誰か、今日一日でマリアの姿を見たか?」
うなずく者はいない。
「つまり、アリバイが全くないのか……」
「皆が授業や畑仕事に出てた間も、マリアは自由に動けたのね」
「はあ?」
マリアはきつい目で反論する。
「誰も私を見てないからって、疑ってるの? ちょっと単細胞過ぎるんじゃない? あんたらだって、嘘の日程をでっち上げてるかもしれないのに」
「それを言ったら、何もかも分からなくなるよ。本当のことを話しているのが前提なんだから」
ピエトロは紙に目を落とし、うめき声を上げた。
空気が険悪になってきた。マリアは相変わらず怒った顔でろうそくを睨んでいるし、他の仲間はちらちらと彼女に視線を送りながらも黙りこくっている。
やがて発言したのは、ジャンだった。
「マリアには、動機もあるかもしれない」
「何だって?」
マリアが大声を上げた。
「どんな動機があるっていうの」
「マリアは、訓先生にしょっちゅう怒られてる恨みがあるじゃないか。だから、こっそり先生の好きな物を食べてしまおうと……」
「気色悪い冗談はやめてくれる? 何で私が、あいつの菓子を食べなきゃならないんだ。吐き気がするよ」
「すごい言い草だな」
ピエトロは苦笑した。マリアはそのカテキスタを毛嫌いしている。それなのに何故聖歌隊をやめないのかは謎だ。