落語声劇「長短」
落語声劇「長短」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約20分
必要演者数:2人
(0:0:2)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって、性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
登場人物
長さん:動作から話し方、何から何までゆっくりしている。
気の長い男。
短七とは幼馴染。
短七:動作から話し方、何から何まで気ぜわしい。
気の短い男。
長さんとは幼馴染。
読みは(たんしち)。
長さん:
短七:
――――――――――――――――――――――――――――――――――
※長さんのセリフは全体的にゆっくりした喋り方になります。
※枕は冒頭にしかないので、どちらかが兼ねてください。
本編
枕:十人寄れば気質は十色、皆様のお顔の形がそれぞれ違いますように、
ご気性というものが違うんだそうです。
お顔の形にご気性が表れるということですな。
双子でも微妙に違ってくるんだそうです。
まあるい顔をしている方は心の広い、四角ばっている人はきっちりして
いる、顔の長い方は気が長い。逆に寸の短い方は気が短い。
顔が三角の方は…まぁそんな方はおられませんでしょうが、
不精でちっとも動こうとしないとは言われております。
ここに気の長い方と気の短い方、これが上手く付き合ってたという、
江戸の昔のはなしがございます。
江戸っ子と言うとみんな気が短いような印象がありますが、
気の長ぁいお人もいたんだそうで。
気の短い江戸っ子と気の長い江戸っ子が友情で結ばれていたという、
そんなお話でございます。
今しも一人の男が、友人を訪ねて来たのはいいが、入ろうかどうか
迷っているようです。
長さん:う~ん…、はァ~…、ん~…、はァ~…。
【入ろうか迷った後、引き戸に手をかけガタガタやり出す。】
短七:誰だよ、何をしてんだァ?
入口で戸をガタガタガタガタ揺らしてんじゃねえよ、えぇ!?
そんな上の方を引っ張らねえでよ、下の方へ手ぇかけて、勢い付けて
スッと開けてくれよ!
ンンン何をしてやんでぇ、じれってぇなチキショウ!
上の方じゃねえんだよ、下の方だよ!
下の方へ手を引っかけて威勢よくスーッと!!
長さん:【やっと引き戸を開け終える】
っしょ、っしょっと…。
あはは…
へっへへ…どうも…、へっへへ…どうも…
【どうも、の度におじぎしている】
短七:なんだい、誰かと思ったらおめぇ、長さんじゃねえか!
そうやっていつまでも水飲んでる鳥みてえに、何べんもお辞儀してん
じゃねえよ!
いいからにやにや笑ってねえで、後を閉めて、こっちあがんな!
長さん:えへへ……よいしょ…よいしょ…よいしょっと…
【引き戸をゆっくり閉めている。】
短七:こんの野郎、うちの戸は南蛮鉄で出来てるんじゃねえんだぞ!
もたもたしてねえで、さっさとこっち来て座んな!
長さん:【引き戸をゆっくり閉め終える。】
ああ…いたねぇ。
短七:何言ってんだおめぇ、俺が家にいるって知ってて来たんだろうが。
まぁいいんだ、おめぇの気性は良く知ってんだ。
いいから、早く来いよ。
長さん:じゃあ…あがらしてもらうよ。
【ゆっくり歩いてきて】
【三拍】
どっこいしょっと………。
短七:なんで戸口からここまで来んのにそんな時間かかってんだよ。
で、何だい? なんか用事か? え? どうしたんだ?
長さん:へへ……、こんちわァ。
短七:この野郎ォ…今それを言うのかよ!
こんちわひとつ言うのに、どんだけかかってやがんだ!
入ってきた時に言えよ! ええ?
なんか用があんのかって聞いてんだよ!
え? 言ってみろよ!
長さん:ぁ~…別に、用と言うほどの用じゃぁねえんだけどね。
ゆんべ…あの、夜中に起きてね…驚いちゃった。
短七:なんだなんだ!? 火事か!?
長さん:いやぁ…火事じゃぁねえんだよ。
あのね…しょんべんがしてえと思ってね。
夜中に、その…はばかりに起きたんだ。
で、雨戸をこう、がら、がら、がらと開けてみたらね、
短七さんの前だが…
びっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっくらしちゃったね。
【思い切り長くのばして】
短七:どんだけ引きのばしてんだよ! そんなに驚いたってのか!?
て事ァ、泥棒か!?
長さん:あいやいや…泥棒じゃあねぇんだ。
だから…これが…つまり…そのォ…何だな……え~……
早い話が――
短七:【↑の語尾に食い気味に】
ちっとも早かねえよ、おめぇの話は!!
それで!? 何があったんだよ!?
長さん:手を洗いながら、窓の外の空をひょいっと見たらさ、
真っっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ赤になっていてね。
【思いきり長くのばして】
短七:だからなんでそんなに引きのばすんだよ!
加減しろ加減を!!
それで、どうしたんだよ!
長さん:星がね、ひとつも見えねえんだよ。
こらぁ、ことによったら…この雲の塩梅だと、明日は雨かなぁと
思っていたら…ほら、今朝、やっぱり…雨が降ったろ。
短七:こんの野郎…、おめぇ何かい?
きょう雨が降るのを夕べのしょんべんの事から言わなきゃ言
えねえのか!? えぇ?
ったく、イライラさせるんじゃねえやな!
おめぇぐらい気の長い奴はいねえよ。
まあいいや、おめぇの性分はよく知ってんだ。
ちょうどいい時に来たよ。
ほれ、そこに饅頭が残ってるからよ、おめぇにやるから食いな。
こないだ貰ったうめえ饅頭なんだよ、もう一つしかねえんだ。
今お茶入れてやるからよ。
え? どうすんだ? 食わなきゃしまっちまうぞ? え?
埃かぶっちまうからな。
食うんだったらお茶入れてやるからよ。
どうすんだ? 食うか? 食わねえのか? どっちなんだ?
食うのか食わねえのか、はええとこしろ、はええとこ!
長さん:はは……いただくよォ。
そう足元から鳥が発つみてえに、そばでガミガミガミガミ言われた
って、しょうがねえや。
食べ物ぐらい、落ち着いて食べさせなよ。
…実にも皮にもならねえ。
短七:【↑の語尾に食い気味に】
分かった分かった、早く頬張れ頬張れ。
え、どうだ? うめえだろ?
【一拍】
長さん:まだ食べてないよ…。
へへ…せわしないねえ。
んむ。
【ゆっくり饅頭を二つに割って片方をおもむろに頬張る。】
【二拍】
…ん!
【ひたすらゆっくりもぐもぐ食ってる。音で表現。】
【三拍】
なかなか…んむ。
【もう一口頬張って、ひたすらゆっくりもぐもぐ食ってる。音で表
現。】
…んまい饅頭だねぇ。
短七:【↑の語尾に食い気味に】
こんの野郎ォ、一つの饅頭をいつまでもくちゃくちゃくちゃくちゃ
食ってんじゃねえ!
こっちよこせ、こっちへ!
【長さんの手から残った饅頭を引ったくる。】
あむっ!
【2、3度噛んですぐに飲み下す。少しむせる。】
っあ”あ”、ん”ん”っ!
な、こうやって食っちまえばいいじゃねえかよ!
長さん:へへへ……短七っつぁんは、気が短けぇなァ。
【おもむろにキセルを取り出してゆっくり煙草を詰めながら】
煙草…煙草…。
人のやってる事なんざ…まどろこしくて…見てられねえてやつだね
え…へっへっへ。
火ぃ、もらうよ。
【火種にキセルを近づける】
…短七っつぁんは、気が短いが…あたしはどっちかというと…
気が長い…んふふ…。
どれ、一服………ん?
【キセルをくわえて吸うが、火はついてない。】
火がついてないねェ…よいしょ。
【火種にキセルを近づける】
…これで、性分というものは…へへへ…おかしなもんだァ、ねえ?
【再びキセルをくわえて吸おうとするが、やはり火はついてな
い。】
…おや? おかしいね…やっぱりついてない…どれ…もう一回…。
【火種にキセルを近づける】
…子供の時分からの友達で、それでいていまだにケンカ一つしたこ
とが無いってんだからねえ? へっ、へっ、へっ…。
【再々度キセルをくわえて吸おうとするが、火はついていない】
んんん? まだつかないね…よいしょ……
【火種にキセルを近づける】
これでどっか、気が………合うんだねえ。
短七:【↑の語尾に食い気味に】
かァーーッ! 合いやしないよ、おめぇとなんか! ええ?
何やってんださっきからよ!
そんな風にちんたらしてたら、いつまで経っても火なんざ付きゃしね
えよ! 日が暮れちまうよ!!
そういう時ゃな、お迎え火だよ! お迎え火!
ええ!? こっち見ろ!
こうやってだな!
カッと煙草を詰めて!
こっちから顔ごと近付いて!
火ぃつけて!
すぅすぱっ
【一回だけ短く煙草を吹かす】
こう!!
【キセルで手のひらを叩いて、火玉になった中の煙草を煙草盆に落と
す。】
【※扇子持ってる人はそれで一回手のひらを叩く】
こういう具合にやるんだ。
なにぐずぐずしてんだよ!
やってみろよ! ほれ!
長さん:へっへっへ…短七っつぁんは、気が短けぇから、
あたしのやってることなんざぁ、いちいちまどろこしくて
見てられねぇてやつだねぇ…面白いねぇ…。
そのくらいのことなら、あたしにだってできるさぁ。
よっ、と…。
すぅ~~~っっ…
【二拍】
はは…ついた。
すう~~~~っっっ………すぱ、すぱ……、
すう~~~~っっっ…すぱ…すぱ…すぱ………
【ひどくゆっくり煙草をふかしている】
短七:こンの野郎、しまいにゃ張り倒すぞ、ええ!?
いつまでもキセルの皿ん中で火玉を踊らせてるんじゃねえよ!
一服吸ったらポンッ!だよ一服吸ったら!
こっち見ろ、こっちを! ええ?
【気ぜわしくキセルに煙草をつめて火を付けて】
こうやってな!
すうぅすぱっ
【キセルで手のひらを叩いて、中の火玉を煙草盆に落とす】
【気ぜわしくキセルに煙草をつめて火を付けて】
こうやってなぁ!
すうぅすぱっ
【キセルで手のひらを叩いて、中の火玉を煙草盆に落とす】
げほっげほっ!
こうするんだよ!
俺ァちょいと急ぐときなんざ、火ぃつける前にはたいちまうよ!
そういうまどろっこしい真似してるんじゃねえ!
長さん:へっへっ…わかったよォ。
いやぁ~、こいつにァ驚いたねえ……。
しかし、短七っつぁんはそう気が短けぇくらいだから、
人から物を教わる…なんてのは嫌いだろう?
短七:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁ俺ァ大嫌ぇだな!
人から教わるなんて、大嫌ぇだね!!
長さん:あたしが、教えてもかい?
短七:【↑の語尾に喰い気味に】
いやおめえは別だよ! ガキの頃からの付き合いじゃねぇか。
悪いとこあるんだったら教えてくれよ。
いいよ? 言ってくれよ。
俺だっておめえに悪いとこあったら言うんだからよ。
何だよ? 何か気になることでもあんのかい?
長さん:……本当に、怒らないかい?
短七:おう怒らねえよ。友達じゃねえか。
怒るわけねえじゃねえか。何だよ、ん?
長さん:………本当に……怒らないかい?
短七:【少々こらえる】
ッッおう、怒らないね。
だから何だよ、ん? 何? 何かあんのか!?
長さん:いやぁ~~……何だか、怒りそうだなァ…
短七:【↑の語尾に喰い気味に】
怒らねえって言ってんじゃねえかよ! 怒らない!
言いかけてやめるんじゃねえよ!
気になるから教えてくれよ!
なんなんだよ! 何かあんのか、え!?
長さん:そんならぁ…言うけどもね。
さっき、短七っつぁんが煙草を吸って、二服めの火玉をさぁ、
威勢良くタァンとはたいた時、火玉がね……、
その、煙草盆の中へ入らねえで、左の袂の袖口からぽぉんと入っち
ゃったんだ。
おや、いいのかなあと思っているうちに、もくもく、もくもくと
煙が出てきた。
おやおやおやと見ているうちに、今だいぶ燃えだしたようだが、
事によったらそりゃあ消したほうが――
短七:【↑の語尾に喰い気味に】
あぁあぁあぁ!!【袖をはたく】
早く教えろ早く! ええ!?
どうりで焦げくせえ臭いがすると思ったんだよ!!
長さん:待て待て、あたしが今、お茶をかけて消してやるよ。
んっ、んっ、んっ…
ぴゅーっ、ぴゅーっ。
【お茶を口に含んで吹き出す】
短七:なんで口に含んでんだよ、届いてねえよ!!
畳がびちゃびちゃになるじゃねえか!
あぁあぁ、こんなにでけぇ穴が空いちまったよ!
こういうのはな、事によんなくたって教えたほうがいいんだ、
教えたほうが!!
このっバカ野郎ッッ!!!
長さん:ほぅら見ろ、そんなに怒るじゃねえか。
だから、教えねえほうがよかった。
終劇
参考にした落語口演の演者様(敬称略)
柳家小さん
柳家小三治
柳家一琴
立川志らく
古今亭駿菊
三遊亭歌司