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死者の神像  作者: 唖鳴蝉
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9.メレアゲルの密室

 ――そんな事ってあるもんなのか……?


 けど、それなら……今までスッキリしなかったあれやこれやが、全部(まと)めて説明できる。


 ・出自のはっきりしねぇホトケさん。

 ・そのホトケさんが後生大事に持ってたっていう木像。

 ・その木像が燃えたのと同じ日に、ホトケさんが不審な死を遂げた事。

 ・致命傷を同時に二つも受けた理由。

 ・現場が密室になってた理由。

 ・ホトケさんは瞬時にして老いさらばえたってのに、着ていた服も古びる事が無く、隣の部屋にいたっていう猫にも影響が無かった理由……


 ――それらの一切(いっさい)合財(がっさい)に筋の通った説明が付くんだが、問題は……それが信じられそうにねぇって事なんだよなぁ……


 今の今まで忘れていたが、「賢者(じばくれい)」のやつが話してくれた与太(よた)(ばなし)、その中に似たような話あったんだよな――二つ。


 一つは確か「ドリー・アングレーの肖像」――っつったっけか? もう一つは確か……



・・・・・・・・・・



「寿命を封じ込めた(たきぎ)? そんな話があるのかね?」

「へぇ。ずっと前、何かの機会に耳にしただけなんでうろ憶えなんですがね。何でもメシアゲルだかイレアゲルだか、そんな名前の野郎だった気が」



 ――メレアゲル(メレアグロスとも)の(たきぎ)。メレアゲルが生まれた時に三人の運命の女神が現れ、一人は高貴な人格を、一人は優れた武勇を予言したが、残る一人は〝その者の寿命はこの(たきぎ)が燃え尽きるまで〟だと予言した。それを聞いた母親はその(たきぎ)を火中から拾い上げて火を消し、密かに隠し持った。

 メレアゲルは予言どおりの傑物に成長し、(たきぎ)が燃え尽きるまでは無敵を誇った。しかし、ある時ふとした(いさか)いから叔父――母親の兄弟――二人を殺した事で、激怒した母親に(たきぎ)を火中に投げ入れられ、予言どおりにその生涯を終えた。



「その――メシアゲルだかイレアゲルだか忘れちまいましたがね」



 ――メレ(・・)アゲルである。



「とにかくホトケさんが、その野郎と(おんな)じような予言だか呪詛だかをその身に受けてたってんなら、そして、その(たきぎ)を神像に彫って持ってたっていうんなら……」

「……神像、つまり『(たきぎ)』が無事な間は、故人は神の言葉によって『死』を禁じられた状態にある。何年経とうとも、仮に致命傷を負ったとしても、『(たきぎ)』が無事な間は死ぬ事が無い。いや……死ぬ事ができない。しかし……」

「今回『(たきぎ)』が焼けちまった事で、それまで寸止め状態だった『死』と『老い』が、一気にその仕事を済ましちまった……てなぁ穿(うが)ち過ぎですかね?」

「むぅ……」


 ホトケさんを襲った不自然な事態――二つの致命傷と老化――がほぼ同時に起きた以上、別々の原因によるものと考えるよりは、一つの原因によるものだって考えた方が、説明はぐっと単純になる。「賢者(じばくれい)」のやつは「オオカミの剃刀(かみそり)」だとか言ってやがったっけな。……少し違ったか?

 まぁとにかくだ、その不自然な出来事とほぼ同じ頃合いに、怪しげな神像が燃えちまったんじゃねぇかって節がある。なら、この件もホトケさんの怪死に関わってるって考えるのが道理だろうぜ。

 だったら……もう一歩その考えを進めて、神像が燃えたせいで死んだって考えちゃどうなのか……そう考えた時、「賢者(じばくれい)」のやつが話してくれた与太(よた)(ばなし)を思い出したんだよな。


 ……ま、ぶっ飛び過ぎた出来過ぎ(ばなし)で説得力なんざ無ぇが、話の(ひょう)(そく)だけは合ってるわけだ。無視するのも受け容れるのも難しいだろうから、呻吟(しんぎん)してるメスキットのやつにゃ悪いが、俺はここらで抜けさせてもらうぜ。


「……仮に、そうだとして……それを証明する事は……?」


 ……無理なんじゃねぇか?


「まぁ難しいたぁ思いますがね、何ならホトケさんの過去ってやつを洗ってみちゃどうです? 過去に段平(だんびら)喰らっていながら生き延びた事が無かったか――」

「……或いは、魔獣に襲われながら生き延びた事が無かったか――か?」


 俺にゃあそんくれぇしか思い付かねぇよ。



・・・・・・・・・・



 後になってメスキットのやつが報せてくれたところじゃ、ずっと大昔にそういう〝不死身〟の傭兵の伝説があったそうだ。けど――その傭兵とホトケさんが同一人物なのかどうかは判らねぇし、その傭兵が何でそんな〝不死身〟になったのかも判らなかったそうだ。


 ――で、あのホトケさんの死因についちゃ、何かの呪いだろうって事で収めたらしい。縁者もそれで納得したみてぇだ。


 ただな……俺はちょいとばかり気になってるんだ。


 なぜ、あの日に限って神像を書斎のテーブルの上に置きっ放しにしたのか――とか、奥方が可愛がっていた黒猫が、あの日を境に忽然と姿を消したのはなぜなのか――とか、普段は暖炉の前に置いてあった火の粉が飛ぶのを防ぐための小さな衝立(ついたて)が、あの日に限ってなぜ脇に退()けられていたのか――とか……どうにも割り切れねぇ事があるんだが……ま、そういうなぁ気にしねぇ方が良いんだろう。


「ドリアン・グレイの肖像」 オスカー・ワイルド作。

「オッカムの剃刀」 〝仮説を立てるに際して、仮定の数は最低限にすべし〟或いは〝最も少ない仮定のもとに立てられた仮説を採択すべし〟――という原則。


これにて今回は終幕となります。

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