7.現場再検証~書斎~(その1)【間取り図あり】
書斎に通じる扉を開けると、最初に目に入ったのが大きめの花瓶だった。小さめの丸テーブル――テーブルとしちゃ小さめって意味だぜ?――に載せてあって、通行の邪魔にはならねぇが、椅子に座ってる者を襲おうって時にゃ微妙に邪魔になる配置になってやがる。これも計算尽くなんだろうな。
こっちも窓は潰してあって、壁に抗魔術の結界術式が仕込んであるのも寝室と同じ。部屋の反対側にゃ扉があるんだが、その扉と机を結ぶ絶好の位置に、どでんとテーブルが鎮座在してやがる。地味なようで色々と考えてあるもんだ。
扉と反対側の部屋の隅にゃ、小さな暖炉が切ってあった。こいつも後付けなのかと思ったら、ここが寝室だった頃から設えてあったらしい。一階の書斎にも同じ位置に暖炉が切ってあって、煙道は共通になってるんだと。
念のために暖炉を覗いてみたんだが……煙道は狭っ苦しくって、子供でも潜り込むなぁ無理そうだ。おまけに雨が降り込むのを防ぐために、煙道が途中で曲がっているらしい。無理して入って来ても、そこで支えるのがオチだろう。おまけに煙道の途中には、小動物が入り込むのを防ぐための鉄格子が嵌まっていると聞きゃあ、この筋が見当違いだってなぁ明らかだ。
メスキットのやつがにやにや笑ってやがんのを、俺ぁ中っ腹で横目に見てたんだが……ふと火床に目を落とすと、ちっぽけな燃えさしがあるのに気が付いた。単に薪の燃え残りだろうと思ったんだが……
(……待てよ? 何でこの一本だけが燃え残ってんだ?)
薪を一本だけ燃やすってなぁあまり聞かねぇし、他のが全部燃え尽きちまって、これ一本だけ燃え残った――って感じでもねぇ。
(おまけに……何だ? 妙に古びて手擦れしたような……こりゃ本当に薪なのかよ?)
蹲み込んで首を捻ってる俺を見て、メスキットのやつも訝しく思ったんだろう。こっちへやって来てどうしたのかって訊くから、俺ぁさっきから気になってる事をぶち撒けてやった。そうしたら、メスキットのやつが言うには――
「あぁ、それは種火の燃え残りだろう」
「種火?」
「ご当主が朝起きて直ぐ暖炉に火を熾せるように、一晩保つような種火を置いておく事になっているそうだ」
メスキットのやつぁそれで決着って言いたげだったが……俺ぁ納得できなかった。
一晩保つような種火がある事ぁ、俺だって知ってる。けどな、そいつは炭の粉を纏めた練炭ってやつだとか、或いは木炭を灰の中に埋めておく――所謂「埋み火」とか「埋け火」ってやつだろう。薪雑把をそんな風に使うってなぁ、俺ぁ聞いた事が無ぇ。第一これが種火だとすると、燃え残ってるなぁおかしいんじゃねぇか? 不良品ってやつなのか?
「いや……それは……家の者が消したんじゃないのか……?」
メスキットのやつも自信が無くなってきたらしく、ともかく家の者に確かめてみようって事になった。
書斎の扉を開けて出ると、そこは小さな部屋になっていた。控えの間って感じだが、直ぐ右手に上り階段があるから階段室か。防犯のために後付けで部屋を拵えたのかと思ったが、どうもそうじゃねぇらしい。階段がちっと貧相なところを見ると、察するに上にあるのは使用人部屋か? 使用人区画への階段を人目に付かねぇように隠すってなぁ、まぁ解らなくもねぇんだが……何でそこに書斎の入口を持ってくるんだ?
少しばかり首を捻ってたが、ここが元々ご当主の寝室だって事を思い出して納得がいった。察するに――若くて綺麗なメイドとかがここの階段を下りて来るのを、主人が人目に付かねぇように寝室に引っ張り込める……そういう造りになってるんだろうよ。
今のご当主――もうホトケさんになっちまったが――はそういう事に興味が無かったみてぇで、この部屋も寧ろ防衛策の一端として見てた節があるけどな。お、そうそう、この階段室にゃ鍵はかかってなかった……てぇか、元々鍵なんか付いてねぇそうだ。
ま、そんな雑感は放っといて、俺たちゃ説明してくれそうなお方を探したわけだ。
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「いえ……種火には練炭を使用しております。薪ではございません」
――ってぇのが執事さんの答だった。……するってぇと、この燃えさしは何だ?
「……どうやら……旦那様が大事にしておいでだった神像……のようにも見えますが……」
「「神像?」」
……ここへきて新ネタが飛び出して来やがった。メスキットのやつもこりゃ初耳の話だったみてぇで、執事さんを問い詰めてやがる。オロオロしてる執事さんから訊き出したところによると、ホトケさんは古ぼけた木像を、殊の外大事にしてたんだそうだ。自分の守り本尊だ――なんて言ってな。
事件の後でそれを見た憶えが無ぇってぇから、執事さんに頼んで屋敷中を探してもらったんだが……案の定、見つからねぇと来たもんだ。
「……てぇと、やっぱり……?」
「この燃えさしが神像の成れの果て――だという事か?」
後生大事にしてたって神像を、まさかホトケさんが自分の手で燃やしたたぁ思えねぇ。って事ぁ、こいつを燃やしたなぁ下手人だって事になるんだが……
「……賊の目的はこれを燃やす事だった?」
「そいつをご当主に見咎められて争いに……じゃねぇか。ご当主は気付いた風も無かったみてぇだし……」
「首尾好く燃やした後で故人を襲った――とも思えんし……故人を殺害した後で燃やしたのか?」
「態々現場でですかぃ? んな剣呑な真似しなくったって、持ち去ってからゆっくり始末すりゃよかったんじゃ?」
「現場を密室にしてる間に、燃え尽きると思っていたんじゃないか?」
「……となると、下手人は凶行後にノンビリ密室の小細工をして、像が燃え尽きたかどうかも確認せずに部屋を出た……って事になりますぜ?」
侵入者説も外からの攻撃説も、下手人自らが否定しようとした事になるが……何でそんな面倒な真似をする必要があるってんだ? ここまでおかしな死に様だと、事故も自殺も無理筋だろうが。
……何だか妙にチグハグな感じが拭えねぇ。こういう場合は必要な情報が出揃ってねぇ事が多いんだが……
「他に何か気付いた事ぁありやせんか?」
神像の件だって、今の今まで出て来なかったんだからな。他にも何かあるんじゃねぇかと思って、執事さんに訊ねてみたんだが……
「そう言えば……猫の事がありましたか……」
「「猫?」」