6.現場再検証~寝室~【間取り図あり】
そんなこんなの経緯から、俺たちゃ事件の現場ってやつを訪れる事にした。メスキットのやつぁ何度か来てるみてぇだが、俺は初めてだからな。曇りの無い目ってやつで現場を眺めてみりゃあ、何か見えてくるもんがあるかもしんねぇしよ。
お屋敷に入ると直ぐ右手に、書斎っぽい部屋があった。確かホトケさんがおっ死んでたってのは、書斎の隣の部屋だったってぇから……
「あ、いや。そこは旧書斎で、今は書庫として使われている。現場は二階だな」
「二階? ……この手のお屋敷の造りは能く知りませんけどね、書斎ってなぁ大抵一階にあるもんなんじゃねぇですかぃ?」
少なくとも俺の乏しい経験ってやつじゃ、大概がそうなってたと思うんだがな。
「あぁいや、普通はそうなんだが……何でもここのご当主が、寝室と仕事場を繋げたかったらしくてな」
「あぁ……仕事で疲れたら、そのままベッドへ直行ってやつですかぃ。そりゃ、或る意味で理想的な間取りですな」
確か……「職住近接」だったか? 賢者のやつがそう言ってたっけ。
お貴族様だと体面ってもんがあるし、そういうわけにもいかねぇんだろうが……ここのご当主はそうじゃなかったみてぇだしな。
「まぁそういう事なんだが……本来の間取りだと、書斎の隣は壁を隔ててホールになっている。さすがにホールを潰して寝室にするわけにはいかないから……」
「あぁ、書斎……っつうか仕事場の方を二階に持ち込んだ――と」
「そういう事だ。二間続きの寝室だったのを、片方を仕事場に変えたわけだ」
一階にゃ特におかしな点は無いってんで、俺たちゃ二階への階段を上った。こっからが所謂「現場」って事になるわけだ。
階段を上がり切ったところでぐるりと廻れ右……じゃなくて左。納戸の前を通り過ぎて左に折れると、ぶち破られたままの扉が目に入った。何しろ事情が不可解過ぎるってんで、修理にも待ったがかかってるらしく、現場はそのままになってるそうだ。住んでるやつらにゃ迷惑なこったろうぜ。
「だからこそ、一刻も早い解決が望まれているわけだ。君の活躍に期待している」
……藪蛇だったかよ……
過分な期待をかけられている俺としちゃあ、ちっとはその期待に応える真似ぐらいはしねぇと拙い。で、扉を調べてみたんだが……隙間無くきっちり閉まるようになっていて、賢者のやつから聞いた糸のトリックなんか使えそうにねぇ。錠前自体も確りしたもんだしな。
「扉に仕掛けがあるんじゃないかというのは、一応領兵本部の方でも調べたようだ。ここだけじゃなく、隣の書斎の方もね」
「然様で……」
……だったら最初から言ってくれってんだ。
気を取り直して部屋に入ると、丁度扉の影に洗面台があって、その前の地面に印が付いていた。ホトケさんはここでおっ死んでたわけか……
「見てのとおり、遺体の位置と洗面台、或いは壁との間には、隙間と言えるほどの空間は無い。襲撃者がここに立つのは無理というものだ」
「確かに……こりゃ子供でも難しいんじゃありやせんかぃ?」
ガタイの小さなやつなら何とか――って考えてたんだが、こりゃ無理筋だな。
洗面台の直ぐ後ろにはベッド、洗面台に向かって左奥にはクローゼットが設えてあり、その横には衝立が置いてあった、あの向こうが書斎に通じる扉なんだろう。
そこまで見て取ったところで、俺はおかしな事に気が付いた。
「この部屋、おかしかありませんかぃ? 窓が一つも無ぇですぜ?」
この間取りなら、ベッドの頭側に窓があるのが普通だろう。なのにそれが見当たらねぇ。
いや――そんだけじゃねぇ。
迂闊にも最初は気付かなかったが、壁に抗魔術の結界術式が仕込んでねぇか? ちょっと悪霊除けの術式と似てるもんで、商売柄その手の術式にゃ敏感なんだよな。こかぁ念を入れて隠してあるみてぇで、ちょいとばかり気付くのが遅れたが。……そう言やぁ、〝魔術的な攻撃を防ぐ〟とか何とか言ってたっけか……
「さすがに腕利きの死霊術師だな。我々は後になるまで、結界の事は気付かなかったが」
メスキットの話じゃ、ご当主はこの屋敷を買い求めるに当たって、色々と改装を施したらしい。目玉の一つがこの寝室で、窓を潰して壁を目一杯補強したんだそうだ。
部屋の反対側にゃサンルームがあるんだが、ここの窓もガッチリ嵌め殺しで開きゃしねぇ。ついでに言うと、元々はサンルームにも外付けの階段があったのを、不用心だからって取っ払っちまったらしい。サンルームと寝室を仕切ってる折り戸も、見かけと違って防火防刃の効果を付与した、豪く丈夫なもんだそうだ。
それに加えて、念の入った結界術式まで壁に仕込んだって事ぁ……
「……故人にゃ何か狙われる覚えでもあったんですかぃ?」
「さて……悪い評判は聞いていないが、一応は成功者と目される立場だったようだし、身の安全に気を配っていたという事なんじゃないか?」
「……そういう事だとあの衝立も、単なる目隠しじゃありやせんね。書斎から突入しようとする賊の足止めってとこですかぃ」
とりあえず殺しの現場はざっと見たんで、俺は書斎の方を覗いてみる事にした。