表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死者の神像  作者: 唖鳴蝉
3/9

3.過去の因縁

 俺がメスキットの奴と知り合ったなぁ、ちょいと妙な事が切っ掛けだった……そう言ったよな? その〝妙な切っ掛け〟ってやつが、「賢者」――異世界からの転移者だって主張している、自称「賢者」シグの地縛霊――の言葉を借りて言やぁ、「密室殺人事件」ってやつだったのよ。



・・・・・・・・



 障りがあるんで細けぇところは省くけどよ、とあるお偉方のおっさんが、鍵を()った部屋ん中で頓死してんのが見つかったのよ。そこだけ聞きゃあ、今回の事件(ヤマ)と似てるわな。

 ただな、こん時ゃ最初はただの頓死……って言い方も変だが、要は卒中か何かだと思われてたんだがよ、念のためにと遺体を(あらた)めたところが、胸に――丁度心の臓の真上に当たるところに小さな傷跡があってな、事態が一転したわけよ。

 死因に不審な点があるってんで、改めて遺体を(あらた)めた――洒落(しゃれ)じゃねぇぜ?――ところが、今度は心の臓に異常があるって判って大騒ぎになった。

 異常ったって病で説明できるようなもんじゃねぇし、第一ホトケさんの胸にゃ傷があるんだ。細っこい針みてぇなもんで心の臓をズブリとやられて、それが命取りになったんだろうって事になった。さぁ、殺人事件(ころし)だ――って事になって、領兵本部は大慌てよ。


 何しろお(めえ)、これが殺人事件(ころし)だって以上は、被害者(ガイシャ)(バラ)した犯人(ホシ)がいるってなぁ理屈なんだがよ……さっきも言ったように、現場は鍵の掛かった「密室」でな、しかも部屋のどこにも()(しゅ)(にん)の姿が無かったってんだから、ちょいとした騒ぎになったわけだ。

 現場に犯人(ホシ)がいねぇんなら、魔術か何かで離れた場所から仕留めたんじゃねぇのか……ってなぁ、こりゃ誰しも考える事なんだがよ、こん時ゃあそいつは否定された。何しろ傷って物証があるんだから、魔術の出る幕は無ぇわけだ。

 魔術が関わってねぇとすると、凶器を振るって被害者(ガイシャ)(バラ)した()(しゅ)(にん)が、凶行当時の犯行現場にいたわけだ。なのに()(しゅ)(にん)も凶器も残ってねぇ。こりゃずらかったんだろうって思うわな?

 ところが――だ、現場は内側から鍵を()ってある。部屋の外から掛けられるような鍵じゃねぇから、どうやったって鍵を()ったやつぁ部屋の中にいなくちゃなんねぇ。なのに、現場にいたなぁホトケさんだけ。無理にでも説明を付けようとすると、禁忌の魔術である【転移術】を持ち出すしかねぇ状況だったわけだ。

 あぁ、【転移術】ってなぁ、例によって要らん事しぃの賢者(シグ)のやつが可能性を示唆したんだが、今に至るも発見されていねぇって代物でな。何でも、あっちの世界の草双紙か何かじゃ()くあるネタ――って言うんだが……


 まぁあれだ。その、どこだろうと自在に出没できる【転移術】の使い手が人を(あや)めたって事になると、こりゃ国家安全保障上の大問題だ。()して、その存在は未だ公式にゃ確認されてねぇときてる。お偉方が頭を抱えんのも解るわな。


 瀕死の被害者(ガイシャ)が部屋の中に逃げ込んで、自分で鍵を掛けたんじゃねぇかって意見もあったんだけどよ、家人の証言でそいつぁ否定された。被害者(ガイシャ)はご機嫌で帰って来て、二言三言家人と言葉を交わした後、悠々と部屋に入ったってんだな。その後は玄関にもしっかり鍵を掛けたし、被害者(ガイシャ)の部屋で大立ち回りがあったような物音も聞いてねぇって主張してるってんだ。


 ……領兵本部がてんやわんやになったってのも解るだろ?


 ただな……俺にゃあ一つだけ、ちょいとした心当たりがあったのよ。


 ホトケさんの心の臓にあったってぇ〝異常〟なんだがな、心の臓が鬱血(うっけつ)して膨らんでたそうだ。

 メスキットのやつぁ知らなかったようだが、俺ぁ「賢者」のやつから聞いて知ってたし、死霊術の術師学校でも教わった。

 心の臓にできた小さな傷口から血が流れ出してな、そいつが心の臓を包む膜と膜の間に溜まっちまって、溜まった血が心の臓を圧迫してその動きを停めちまう事があんのよ。「賢者」のやつぁ「心タンポナーデ」とか言ってたがな。

 で、この〝心タンポナーデ〟なんだがな……心の臓の傷が非常に小さくて、そっからの出血もちょろっとずつだった場合、死ぬまでに時間がかかる事があんのよ。

 こん時に厄介なのは、被害者(ガイシャ)は死ぬ直前まで、自分の命が消えかかってるのに気付かねぇ……少なくとも、そういう場合があるって事なんだな。


 ――もう判ったかぃ?


 被害者(ガイシャ)はどっかで喧嘩でもやらかして、そん時に針みてぇなもんで胸を刺されたんだろうよ。けど、そん時ゃ少しチクッとした程度だったんで気にせずに、そのまま部屋に帰ったんだろうな。……命取りの傷を抱え込んだのに気付かねぇままな。

 で、部屋に鍵を()って(やす)んだところが、そのまんま目を覚まさなかった……って事だったんだな、これが。


 後になって「賢者」のやつにこの話をしたら、〝完全密室の実例だ!〟とか何とか、(えら)く興奮して(わめ)いてやがったけどな。……地縛霊があんだけの大声を出せるんだって、初めて知ったよ、俺ぁ。


 ――ん? あぁ、何でも「賢者」のやつに言わせると、「密室殺人事件」ってなぁ幾つかのタイプに分けられるんだそうだ。

 確か……


 ①一見すると密室のようだが、実際には隠し部屋や秘密の通路がある場合。

 ②密室は本物なんだが、死亡時に()(しゅ)(にん)が密室内にいなかった場合。

 ③(バラ)した後で小細工をして、最初から密室だったように見せかけた場合。


 ……だったかな。


 それぞれがまた色んなタイプに細分されるらしいんだが、この時の例は②の一つに含まれんだそうだ。他の例では、自殺や事故を殺人と間違える場合だとか、部屋ん中に人殺しの仕掛けがある場合だとか、②だけでも色々とあるらしいわ。

 何でも、ヘル博士(ドクター・ヘル)とかいう爺さんが分類したとか言ってたけどよ。「賢者」の故郷にゃ酔狂な(じじい)がいるもんだって思ったね、俺ぁ。

 あぁ、ちなみに「賢者」のやつぁ、③こそ密室殺人の華なんだと力説してやがったが……殺人(コロシ)に華とかあるもんなんかね? あいつの故郷ってなぁ()く解らんわ。ま、こん時も一応は、何かの仕掛け(トリック)が関わってねぇか検証はしたんだがな。


 ま、ヘル博士(ドクター・ヘル)の「密室講義」についちゃそんくれぇにして……話を戻すぜ?


 俺が「心タンポナーデ」による遷延死の可能性を指摘した事で、混乱してた領兵本部も、どうにか落ち着きを取り戻してな。駆け出しの死霊術師じゃ(こころ)(もと)()ぇってんで、死霊術の術師学校にまで問い合わせてな。確かにそういう事もあるってお墨付きを貰って……その線で説明が付くかどうかって見直したわけだ。で、被害者(ガイシャ)が生前にやらかした喧嘩ってのを調べ上げて、加害者(ホシ)を挙げて一件落着よ。加害者(ホシ)の方は被害者(ガイシャ)が死んだと聞かされて、呆然としていたらしいけどな。



 ――で、こん時の事を思い出したメスキットのやつが、またぞろ俺に無茶振りをしたってのが、今回の一件だったわけだ。

【参考文献】J.D.カー(1935)「三つの棺」

 ※ちなみに、ドクター・ヘルではなくてフェル博士。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ