3.過去の因縁
俺がメスキットの奴と知り合ったなぁ、ちょいと妙な事が切っ掛けだった……そう言ったよな? その〝妙な切っ掛け〟ってやつが、「賢者」――異世界からの転移者だって主張している、自称「賢者」シグの地縛霊――の言葉を借りて言やぁ、「密室殺人事件」ってやつだったのよ。
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障りがあるんで細けぇところは省くけどよ、とあるお偉方のおっさんが、鍵を支った部屋ん中で頓死してんのが見つかったのよ。そこだけ聞きゃあ、今回の事件と似てるわな。
ただな、こん時ゃ最初はただの頓死……って言い方も変だが、要は卒中か何かだと思われてたんだがよ、念のためにと遺体を検めたところが、胸に――丁度心の臓の真上に当たるところに小さな傷跡があってな、事態が一転したわけよ。
死因に不審な点があるってんで、改めて遺体を検めた――洒落じゃねぇぜ?――ところが、今度は心の臓に異常があるって判って大騒ぎになった。
異常ったって病で説明できるようなもんじゃねぇし、第一ホトケさんの胸にゃ傷があるんだ。細っこい針みてぇなもんで心の臓をズブリとやられて、それが命取りになったんだろうって事になった。さぁ、殺人事件だ――って事になって、領兵本部は大慌てよ。
何しろお前、これが殺人事件だって以上は、被害者を殺した犯人がいるってなぁ理屈なんだがよ……さっきも言ったように、現場は鍵の掛かった「密室」でな、しかも部屋のどこにも下手人の姿が無かったってんだから、ちょいとした騒ぎになったわけだ。
現場に犯人がいねぇんなら、魔術か何かで離れた場所から仕留めたんじゃねぇのか……ってなぁ、こりゃ誰しも考える事なんだがよ、こん時ゃあそいつは否定された。何しろ傷って物証があるんだから、魔術の出る幕は無ぇわけだ。
魔術が関わってねぇとすると、凶器を振るって被害者を殺した下手人が、凶行当時の犯行現場にいたわけだ。なのに下手人も凶器も残ってねぇ。こりゃずらかったんだろうって思うわな?
ところが――だ、現場は内側から鍵を支ってある。部屋の外から掛けられるような鍵じゃねぇから、どうやったって鍵を支ったやつぁ部屋の中にいなくちゃなんねぇ。なのに、現場にいたなぁホトケさんだけ。無理にでも説明を付けようとすると、禁忌の魔術である【転移術】を持ち出すしかねぇ状況だったわけだ。
あぁ、【転移術】ってなぁ、例によって要らん事しぃの賢者のやつが可能性を示唆したんだが、今に至るも発見されていねぇって代物でな。何でも、あっちの世界の草双紙か何かじゃ能くあるネタ――って言うんだが……
まぁあれだ。その、どこだろうと自在に出没できる【転移術】の使い手が人を殺めたって事になると、こりゃ国家安全保障上の大問題だ。況して、その存在は未だ公式にゃ確認されてねぇときてる。お偉方が頭を抱えんのも解るわな。
瀕死の被害者が部屋の中に逃げ込んで、自分で鍵を掛けたんじゃねぇかって意見もあったんだけどよ、家人の証言でそいつぁ否定された。被害者はご機嫌で帰って来て、二言三言家人と言葉を交わした後、悠々と部屋に入ったってんだな。その後は玄関にもしっかり鍵を掛けたし、被害者の部屋で大立ち回りがあったような物音も聞いてねぇって主張してるってんだ。
……領兵本部がてんやわんやになったってのも解るだろ?
ただな……俺にゃあ一つだけ、ちょいとした心当たりがあったのよ。
ホトケさんの心の臓にあったってぇ〝異常〟なんだがな、心の臓が鬱血して膨らんでたそうだ。
メスキットのやつぁ知らなかったようだが、俺ぁ「賢者」のやつから聞いて知ってたし、死霊術の術師学校でも教わった。
心の臓にできた小さな傷口から血が流れ出してな、そいつが心の臓を包む膜と膜の間に溜まっちまって、溜まった血が心の臓を圧迫してその動きを停めちまう事があんのよ。「賢者」のやつぁ「心タンポナーデ」とか言ってたがな。
で、この〝心タンポナーデ〟なんだがな……心の臓の傷が非常に小さくて、そっからの出血もちょろっとずつだった場合、死ぬまでに時間がかかる事があんのよ。
こん時に厄介なのは、被害者は死ぬ直前まで、自分の命が消えかかってるのに気付かねぇ……少なくとも、そういう場合があるって事なんだな。
――もう判ったかぃ?
被害者はどっかで喧嘩でもやらかして、そん時に針みてぇなもんで胸を刺されたんだろうよ。けど、そん時ゃ少しチクッとした程度だったんで気にせずに、そのまま部屋に帰ったんだろうな。……命取りの傷を抱え込んだのに気付かねぇままな。
で、部屋に鍵を支って寝んだところが、そのまんま目を覚まさなかった……って事だったんだな、これが。
後になって「賢者」のやつにこの話をしたら、〝完全密室の実例だ!〟とか何とか、豪く興奮して喚いてやがったけどな。……地縛霊があんだけの大声を出せるんだって、初めて知ったよ、俺ぁ。
――ん? あぁ、何でも「賢者」のやつに言わせると、「密室殺人事件」ってなぁ幾つかのタイプに分けられるんだそうだ。
確か……
①一見すると密室のようだが、実際には隠し部屋や秘密の通路がある場合。
②密室は本物なんだが、死亡時に下手人が密室内にいなかった場合。
③殺した後で小細工をして、最初から密室だったように見せかけた場合。
……だったかな。
それぞれがまた色んなタイプに細分されるらしいんだが、この時の例は②の一つに含まれんだそうだ。他の例では、自殺や事故を殺人と間違える場合だとか、部屋ん中に人殺しの仕掛けがある場合だとか、②だけでも色々とあるらしいわ。
何でも、ヘル博士とかいう爺さんが分類したとか言ってたけどよ。「賢者」の故郷にゃ酔狂な爺がいるもんだって思ったね、俺ぁ。
あぁ、ちなみに「賢者」のやつぁ、③こそ密室殺人の華なんだと力説してやがったが……殺人に華とかあるもんなんかね? あいつの故郷ってなぁ能く解らんわ。ま、こん時も一応は、何かの仕掛けが関わってねぇか検証はしたんだがな。
ま、ヘル博士の「密室講義」についちゃそんくれぇにして……話を戻すぜ?
俺が「心タンポナーデ」による遷延死の可能性を指摘した事で、混乱してた領兵本部も、どうにか落ち着きを取り戻してな。駆け出しの死霊術師じゃ心許無ぇってんで、死霊術の術師学校にまで問い合わせてな。確かにそういう事もあるってお墨付きを貰って……その線で説明が付くかどうかって見直したわけだ。で、被害者が生前にやらかした喧嘩ってのを調べ上げて、加害者を挙げて一件落着よ。加害者の方は被害者が死んだと聞かされて、呆然としていたらしいけどな。
――で、こん時の事を思い出したメスキットのやつが、またぞろ俺に無茶振りをしたってのが、今回の一件だったわけだ。
【参考文献】J.D.カー(1935)「三つの棺」
※ちなみに、ドクター・ヘルではなくてフェル博士。