9 冒険者ギルド食堂
午前中、いつも通りに資料室の受付に座っていると、もうすぐお昼という時間になって、交代だと女性のギルド職員さんが顔を出してくれた。
確か普段は冒険者登録窓口で新人の受付をしている、ショートカットが目印の美女、クレアさんだ。
来てくれたのと同時に「受講証」だと言って、ギルドカードにも似たカードを一枚、資料室の受付の前に置いてくれる。
「お昼の時間が終わったところで、馬車留めのところまで行って? で、御者にこれを見せてから、馬車に乗ってくれるかしら」
「分かりました。あの、何か必須の持ち物ってありますか」
念のためと聞く僕に、クレアさんは「そうね……」と首を傾げた後で「大丈夫よ!」とすぐに片手を振った。
「女の子だったら、スカートは履くなって言うところだけど、ハルト君は男の子だし。後、必要な物は牧場に用意されているから、気にしないで大丈夫よ」
「そうなんですね、ありがとうございます。じゃあ、午後から宜しくお願いします」
僕はそう言ってクレアさんに頭を下げると、資料室の受付を出て、冒険者ギルドの1階にある食堂へと顔を出した。
冒険者ギルドと言うからには、もちろん1階正面、メインと言って良い場所には依頼を申し込んだり、採って来た素材を売ったりするための受付がある訳なんだけど、受付の順番待ちをしたり、素材の鑑定や解体を待ちたい人なんかのための食事をする場所もあるのだ。
ギルドで働く職員にしても、街の方へ出たり庭で自作のお弁当を広げたりする人たちもいれば、冒険者たちが話す最新の情報を耳にしたいと、食堂で食事をとる人もいる。
僕はと言えば、大体はリュート叔父さんと、この食堂でとる事が多い。
冒険者たちが話す内容を、叔父さんが取捨選択しながら気にかけていると気が付いたのも、そのせいだ。
あと叔父さんは、酔っ払いが暴れたところでものともしない。
たまに他の街から来た冒険者たちが、叔父さんの顔を知らずに暴れたりするけれど、あっという間に外に蹴り出されて終わってしまう。
だから僕が一人で行く時がたまにあっても、大抵の人が後ろに叔父さんの影を見ているから、必要以上に僕に突っかかってくる事はない。
もちろん、それにだって例外はいる訳だけど、もう、そこまで警戒しだしたら、一人で出かける事もままならなくなってしまうから、僕も気にしない事にしている。
将来の叔父さんの右腕、優秀な探偵助手を目指す身としては、多少のトラブルくらいは一人で片付けられるようにならないと!
「おーい、ハルト! 今から昼メシ?」
僕が席を探そうとキョロキョロと辺りを見回していると、どこからか声が聞こえて、人込みの中からにゅっと手が突き出された。
「ニールス」
「隣、確保しておいてやるから定食取って来いよ!」
声の主は、本来は医療ギルドの薬師見習いなんだけど、薬師になるための必須研修として冒険者ギルドの解体部門でしばらく手ほどきを受ける必要があると言う事で、僕が資料室の受付に入ったのとほぼ同時期にこのギルドにやってきた少年、ニールスだ。
僕よりは三つ四つ年上なんだけど、このギルドで働くようになったのがほぼ同時期と言う事で「同期でイイじゃん!」と、気軽にいつも話しかけてくれる。
「え、ホント? ありがとう、助かるよ!」
僕もその言葉に甘えて、片手を振ってから注文カウンターの方へと向かった。
「ロブさん、ホーンラビットのシチューセットをお願いします」
昼間の食堂は、酔っぱらってのトラブルを減らすためもあるけれど、早く依頼をこなしに出かけたい冒険者や、手早く昼を済ませたい職員たちのために、メニューが数種類の日替わりの定食セットだけと固定されている。
夜は単品料理とお酒が並んで、依頼を達成して懐の温かくなったと思われる人たちをお出迎え出来るようになっている。
だから僕も、今日の日替わりの中から「ホーンラビットのシチューセット」を注文して、メインのシチューを受け取った後は、パンにサラダにジュースと、横に移動をしながらひと通り取って行ったところで、ギルドの職員証をレジに登録して、席に向かった。
冒険者たちは現金払いが基本だけれど、ギルドで働く職員は、食べた分、給与から引かれる仕組みになっている。
調子に乗って、夜、高額なお肉とかを注文すれば、次月給与がほとんどないなんて、シャレにならない事態も招きかねないので、自戒が必要だ。
「今日はリュートさんとは一緒じゃないのな」
ニールスの前にある食事は、まだ手を付け始めたばかり、と言った感じだった。
本当にいいタイミングだったんだろう。
僕も「そうなんだ」と言いながらニールスの向かいに座って、目の前のパンを引きちぎった。
「叔父さんは、今日は『依頼』があって出かけるって。しばらくこんな感じになるんじゃないかな」
「そっか、何でも屋の活動か」
叔父さんが聞いたら、確実に眉を顰めそうだけど、これが世間一般の認識と言っても良い。
そして、火竜騎獣軍からの依頼だなんて、口が裂けても言えないので、僕はここでは曖昧に笑っておくしかない。
ごめんね、叔父さん。訂正出来なくて。
「ふーん、じゃあ晩メシも一人? ならさ、終わったら解体部門の人たちと、どこか食べに行くか? 皆、誘えば喜んでオッケーすると思うけど」
「いいね!あ、でも僕この後『牧場』に騎乗訓練に行くから、帰って来る時間が正確に言えないや。馬車の時間は決まっているけど、街に入る門のところで行列が出来ていたりしたら、どうやったって遅れるから」
資料室の受付とはまるで縁のない「騎乗訓練」の言葉に、ニールスはちょっと驚いたみたいだった。
「騎乗訓練? なんで、また……もしかして、あれか? 資料室の受付に飽きて、リュートさんみたいな冒険者を目指そうとか、そういう……」
「いやいや、違うよ⁉」
僕は慌ててパンを片手にしたまま、ブンブンと手を振った。
そうか、やっぱり皆、いつか叔父さんは冒険者に復帰するものだって、心のどこかで思ってるんだ。
僕がどう言う方向を目指すかで、それが推し量れないかって思ってる人も多いのかもしれない。
なら、ここはちゃんと否定しておかなきゃ!
僕が見る限り、叔父さんは本気で「探偵」って言うのをやりたがっている様にしか見えないからだ。
「これから、叔父さんが依頼で出かけている時に何かが起きた場合なんかに、僕にも伝言を届けたりとか、行動の自由がきくようになって欲しいってコトみたいなんだよ! そもそも冒険者とか、僕は狙ってないから!」
そもそも、この体格で向いてない!
悲しい事実を自虐的に告げてみると、思った通り、ニールスは「理解した」と言わんばかりの表情を見せた。
「ああ、まあ冒険者や騎士にならなくても、竜の乗り手は一人でも多い方が良いって言うのは、ギルド全体の考え方ではあるよな。じゃあまあ、僕にもそんな用事が将来出来たら、ハルトに乗せて貰おうかな」
「なんだよ。ニールスも行けば良いのに」
「学校で教わった、最低限で充分だよ。僕だって、目指しているのは薬師であって、冒険者じゃないんだからさ」
基本、荒事回避の姿勢を見せるニールスとは、そんなところも仲良く出来ている一因かもしれない。
その後は、普通に「このシチュー美味いな」なんて話をしていた筈だったんだけど――急に食堂の入り口が騒がしくなって、僕とニールスは顔を上げた。