8 竜に乗れますか?
騎獣軍が持つ竜たちに比べれば首長竜は小柄だ。
だけど街中でペットよろしく飼えるかと言われれば、さすがにそんな訳にはいかない。
冒険者ギルド、商業ギルド、職人ギルド、医療ギルドが手を組み、共通で郊外の土地を管理、人を派遣して、連絡用あるいは運搬用としての首長竜を、そこで飼育していた。
同時に首長竜の貸し出しにあたっては、ギルドが主催する訓練への参加が義務付けられていて、その為の飛行訓練所も確保されている。
とはいえ騎獣軍の軍人でもない一般市民にとっては、首長竜訓練所……などと、堅苦しい上に脳裏にも残らない。
気が付けばそこは「竜の牧場」と、妙にほのぼのとした通称名が定着してしまっていた。
1日2回、決まった時間に冒険者ギルド前から幌馬車が出されて、騎乗訓練を受けたい人たちのための送迎が行われている。
家が持つ馬車や馬がある富裕層は、その幌馬車はもちろん使用しない。
だけど一般市民にとっては、その幌馬車は貴重な足になっているのだ。
冒険者時代に稼いだお金があるからと、叔父さんは僕一人の為の馬車を借りてもいいと言ってくれたけど、僕は首を横に振って、乗り合いの幌馬車に乗ることを選んだ。
ただでさえ〝竜を堕とす者〟の二つ名を持つ英雄の甥として目立っているのに、これ以上反感を買う様なことはしたくない。
「まあ卑屈になる必要はないけど、叔父の名前を笠に着ている、とか無駄に反感買う必要もないもんな」
これに関しては、叔父さんよりもギルさんの方が、僕と感覚が近いというか……よく分かってくれたみたいだった。
ギルさんも、僕が知らないだけで、叔父さんの友達だったり、軍団長さんの直属の部下だったりすることで、色々と対人関係の苦労はあるのかもしれない。
どのみち今日はもう幌馬車の時間も終わっているということで、僕は明日からしばらく「竜の牧場」に通うことになった。
叔父さんとギルさんも、明日には辺境伯領に向けて出発をしようという話でまとまっていた。
「資料室は、ハルト君が訓練でギルドを空ける時間帯だけ、職員の誰かに入ってもらうようにしておくわ。何でも屋の事務所は、人が来たら話だけ聞いておくようにさせるわね」
「……何でも屋じゃない。探偵事務所だ」
「あら、そうだったかしら? まあまあ、どっちでもいいじゃない」
半目になった叔父さんと、ニコニコと笑うホリーさんを見ていると、ホリーさん絶対、叔父さんがそういう反応を示すって分かってて言ったんだろうなと、僕にも分かった。
何せ隣でギルさんも、ホリーさんそっくりの笑い顔を見せているのだから。
「冒険者ギルドに依頼を出して済む話なら、その場でカタをつけておくわね。貴方に護衛をして貰った、という実績を見せびらかしたいだけの有象無象の依頼なら、要らないでしょ?」
「……まあな。冒険者ギルドにケンカを売るつもりはない」
「ありがたいわぁ。じゃあ、ハルト君の訓練は任せておいて。今日の内に訓練場に申し込んでおくから」
頼む、と軽く頭を下げた叔父さんの隣で、僕も深々と頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
「ハルト君と相性のイイ竜がいるといいんだけど。こればっかりは運ね」
ホリーさんは僕を見て、今度は純粋に微笑みかけてくれた。
楽しみです! と、僕は背筋を伸ばして答える事しか出来なかった。
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翌朝。
「じゃあ、リュート叔父さん。僕、午前中は資料室の受付をして、午後からギルド発の馬車で、騎乗訓練に行きますね。しばらく、それを続けるってコトで良いですか?」
朝食を並べながら聞く僕に、叔父さんは「そうだな」と頷いた。
「俺も午後になるとは思うが、ギルフォードと辺境伯領に向かう。いつ戻ってくるとは今は言えないが、メドがたてば連絡する。それまでに問題が起きた時は、ホリーかマレクに言うといい。大抵のコトは何とかしてくれる」
マレクさんというのは、副ギルド長の名前だ。
王都の貴族や他のギルドとの交渉事で、この冒険者ギルドの本部に在席している日というのはあまり多くない人だけど、元はホリーさんの冒険者時代のパートナーだったらしく、アレコレと頼りになる人だ。
「分かりました」
「すまない。話の内容が、内容だ。もっと簡単な人探し程度の依頼だったら、旅行を兼ねて連れて行けたんだが」
行けない僕より、行く叔父さんの方が残念そうだ。
僕は慌てて顔の前で両手をブンブンと振った。
「僕は大丈夫! 旅行も行きたいけど、竜も乗りこなしたい! 授業だけじゃ、結局一人で乗れるまではいかないでしょう⁉」
「まあ、そうだな。よほど普段から竜を見る機会のある商人や運び屋が家業の子供でないと、確かに難しいだろうな」
学校で習った程度だと、せいぜい二人乗りで乗せてもらうところまでだろうと、叔父さんもちょっと納得している。
「だから叔父さんが、無事に依頼を達成して帰って来たら、一緒に竜に乗ってどこかに出かける――とかは、ダメですか? それなら僕、気合を入れて練習出来るかも知れません」
「……かも、だなんて言う奴は大抵途中で挫折するぞ、ハルト。経験値から教えておいてやろう」
「え」
失敗を前提に、自ら予防線を張るようでは、上手くいくものも上手くいかないと、叔父さんは言ってくれた。
「ギルドの首長竜たちよ、この俺に従え――! くらいの気合でいけ、ハルト。竜は利口だ。弱気は見抜かれる」
「……叔父さん、直近で何か物語でも読みました?」
なんだか叔父さんの態度がちょっと芝居じみていたために、気になって聞いてみると、案の定最近売れていると話題になっている冒険モノの本のタイトルがつるりと口からこぼれ落ちていた。
確か著者は叔父さんと顔見知りだったはず。
「叔父さん、もしや今回の話、ネタにして売るつもりですか?」
「うん?」
「ダメですよ、僕じゃなんのネタにもなりません! 叔父さん自身の方がよほど相手の方は喜びますよ!」
「いや、ここじゃ若さがモノを言う!」
「叔父さん⁉」
何を言っているんだ、と目を剥く僕を横目に、自分で言っておきながら叔父さんはちょっとやさぐれていた。
「ま、まあ冗談は今は置いておいて、だ。出版関係者とコネを持っておく事は、特に貴族が関わってきそうな際には有効だからな。俺たちよりも情報に詳しい場合だってある」
揉み消されそうになったら、相手にぶちまけられる嫌な切り札を持っておくってコトらしい。
「その話は、犯人に身分があって、面倒なコトになりそうになった場合の非常手段だから、今は気にしなくて良い。とりあえずは、首長竜の乗りこなしを頑張れ」
叔父さんはそう微笑って、僕の頭の上に手を置いた。