7 僕の役割(ミッション)
「それで、リュート? ハルト君のコトを冒険者ギルド本部で見ておいてくれって話かしら?」
ホリーさんの言葉に、いったんは「ああ」って叔父さんは頷いていたけど、そこでいきなり僕の方を振り返った。
「ハルトは、もう首長竜には乗れるのか?」
首長竜は、ギルさんみたいな騎獣軍の人たちが跨って、空を駆ける竜よりも体格がやや小柄だ。
そして生息数も多く、成長も早い。
何より大人しめの気性と言われている事もあって、中流以上の階級の市民の足として使われたり、商業や郵便物の配送の大事な足としても使われている。
ある程度近場の街や村だと、普通に馬や馬車を使うけれど、10日以上かかるような行程となると、首長竜の利用を検討し始めるのが一般的なのだ。
「あ……学校で乗り方は教わったけど、実地で乗った事はないかも……」
副都に限らず、冒険者ギルドとして、主に冒険者の子どもたちを預かって教育をする為の学校を、管轄地にそれぞれが抱えている。
護身術や帳簿のつけ方、職人ギルドが紹介する工房や、医療ギルドに所属する薬局の見学――などなど、冒険者、商業、職人、医療と、将来どの職業を選んでも良いように、一般的な学校とは一線を画した授業が行われているのだ。
冒険者の子どもが冒険者に向いているとは限らない訳だから、よく考えられた仕組みだと思う。
今では商業ギルドや職人ギルドに所属する人たちの子どもも通っているくらいだ。
逆にそこから冒険者を目指す子も出てきたりして、各ギルドの間で、ホリーさん曰く「持ちつ持たれつよ」という関係が出来ているらしい。
そして、希望者のみの選択授業だったとは言え、首長竜に乗る訓練というのもあった。
リュート叔父さんは、どこか遠い地に依頼で出ていた時に「一度拳でぶっ飛ばしたら、それ以降勝手に付いて来た」なんて、どこまでが冗談なのか分からない逸話と一緒に、白い竜を連れて帰って来て、そのまま近くの山に住まわせている。
グウィバーと呼ばれる、国外の希少種らしいけど、それだって騎獣軍の竜たちに負けず劣らず体格は大きい。
とても街中には置いておけないから、竜の方が勝手に山を決めて居座っている。
叔父さんも、特に世話をしていないし、それでも用があって呼べば飛んでくると言うのだから、よく分からない。
多分、あの種の竜がヘンなんだと叔父さんは言っているけど、それだって希少種過ぎて証明のしようがなく、今に至っている。
無害なうちは、まあイイか――と、国の偉い人たちも色々諦めたっぽい。
いつか僕も、叔父さんやギルさんほどじゃなくて良いから「自分の竜」に乗ってみたいけど、ともかく、今はまだ首長竜に乗る事さえも怪しい。
正直に吐露する僕に、ホリーさんはウンウンと頷き、リュート叔父さんも「下手に自分を大きく見せないのは、今はいいことだな」と、何だか微妙だけど、一応、褒めてくれた。
ギルさん曰く「いずれハッタリを振りかざすしかないこともあるから」という事らしい。
大人の世界は、まだまだ奥深い。
「俺とギルフォードは、辺境伯領に向かう。依頼だからな。ただ、ハルトには留守中の事を頼みたいのはもちろんなんだが、万一の時の為に、首長竜を乗りこなせる様にしておいて欲しいんだ」
「え?」
唐突とも言える叔父さんの話に、僕はちょっとビックリしたけど、叔父さん曰く、連絡役として僕に待機しておいてほしいとの話だった。
「辺境伯家は高位貴族だ。変に権力を持って欲しくないと思っている王都の貴族連中から、横槍が入る可能性もある。もしも王都から何か情報が入ったら、俺の所までその情報を届けて欲しいんだ」
そもそも「火竜騎獣軍」を名乗って、冒険者たちと接触させられるだけの権力があるからこそ、今回みたいな事が起きているんだと、叔父さんは言う。
「痛い腹を探られて、圧力をかけてくる奴がいないとは限らないからな。入ってくる情報の選別なら、ギルド長がしてくれる。そこで緊急性が高いと判断されたなら、俺の所へ飛んで来てくれ。その為の首長竜だ」
名前を出されたホリーさんが、ちょっと眉を顰めていた。
「あら、リュートは王都の高位貴族家の中に今回の犯人もしくは共犯者がいると思っているのね?」
「そうでなければ、冒険者ギルドの本部が行方を追えない情報なんて事があるワケないだろ。間違いなくどこかで揉み消されているし、この後俺が得るだろう情報を消しにかかってくる可能性だってある」
「嬉しいわ、王都の貴族よりも冒険者ギルドを信用してくれるなんて」
ふふ……と微笑っているけど、ホリーさんの目は存外真剣だ。
「例えばリュートが見当違いの方向を探そうとしている情報が届いたとか、この本部にどこからか圧力がかけられてきたりとかしたら、それをハルト君に託して知らせろってコトね?」
「頼まれてくれるか?」
「そうねぇ……でも、ここでの口約束だけじゃ弱いわね。リードレ隊長に依頼書を書いておいて貰おうかしら?ハルト君指定の依頼書ってコトで」
「依頼書?」
ホリーさんの言葉に、名指しされたギルさんが首を傾げている。
叔父さんも、無言のままだったから、続きを促されていると受け取ったらしいホリーさんは、そのまま話を続けた。
「万一、本当にハルト君が首長竜に乗って飛び立たなきゃいけない様な事態になった場合に『火竜騎獣軍からの依頼で動いてます』って対外的主張をしておく為よ。必要なければ使わない、切り札みたいな物ね」
「いや、しかし依頼で動くとなれば、それはそれで冒険者登録が……」
以前からそうだけど、叔父さんは僕が冒険者になる事をあまり望んではいないみたいだ。
もちろん、それを知っているホリーさんも「やあね、仮よ、か・り」と、片手を振った。
「冒険者登録の申請書だって、首長竜に乗って飛ぶ様な事態にならなければ、出さなきゃ良いじゃない。リュートもそうだけど、ハルト君だって火竜騎獣軍の名前を背負っておかない事には、何かあった時に真っ先に生贄よ?いざとなったら国を出てお終い、だなんて思わないコトね」
「……っ」
痛いところを突かれたらしい叔父さんは口を閉ざしてしまったけど、ギルさんの方は「確かにな……」と、比較的冷静に頷いていた。
どうやら自分の中で、今の状況が腑に落ちたらしかった。
「じゃあ、俺は出発までに冒険者ギルド宛の依頼書を書いて、ハルトに渡しておくよ。ハルトはギルド長から『出せ』と言われない限りは、それはどっか鍵のかかる所にしまっておく――ってコトでいいか?」
「そうね。リュートもそれで良い?」
「……そのあたりで妥協するしかなさそうだな」
不本意そうに口をへの字に曲げながら、叔父さんは呟いていた。
その瞬間、僕の首長竜騎乗訓練も決定したと言うワケだった。