4 復習は大事
依頼以前のところで、リュート叔父さんの知識が怪しいという話になってしまい、どうしてか、珈琲を入れただけの僕まで加えさせられての「騎士団と騎獣軍の復習会」が始まってしまった。
ここ、デュルファー王国には、四つの騎獣軍と一つの近衛騎士団が存在している。
近衛騎士団は、王を護ると言う大役を担うことから、騎士団長は武門の誉れ高きランブール公爵家が管理監督者だ。
宰相職を担うヘンゼルト公爵家と対を為す、王の側近中の側近職だ。
対する四つの騎獣軍は、東西南北の国境それぞれに配されている辺境伯家がその監督責任を背負っている。
各辺境伯家は、遥か昔の建国時に、各家の初代が配下に置いた竜種を、それぞれの騎獣軍の象徴として乗りこなしているんだそうだ。
火竜―― 東のザイフリート辺境伯家
風竜―― 西のメルハウザー辺境伯家
水竜―― 南のティトルーズ辺境伯家
地竜―― 北のオクレール辺境伯家
そしてギルさんが所属しているのが、火竜・リントヴルム種を騎獣として乗りこなす、東の火竜騎獣軍という訳だ。
両親と田舎で暮らしていただけだったら知らないままだったかもしれないけど、叔父さんにくっついて、この副都・ドレーゼに出て来た後、冒険者の子供たちが通える学校に僕も通わせて貰ったから、色々と学ぶことが出来た。
この四種の竜は、各騎獣軍の軍属および辺境伯家関係者以外の所持、騎乗は認められていない。
更に竜が四種だけかと言えばそうでもなく、王家専用となる宝石竜と、民間の移動や運搬に使われる首長竜が他に国内で知られた竜となるらしい。
もちろん、他にも魔獣はいる。特に叔父さんが乗りこなす竜なんかは、冒険者時代にうっかり従えた(本人談)希少種らしいんだけど、僕はといえば、辺境伯家の四種の竜の全てさえも見たことがない。
騎獣軍や近衛騎士団に入るのでなければ、首長竜が分かれば充分、なんてギルさんは前に笑ってた気がするけど、きっとリュート叔父さんは冒険者時代に全部見ているはずだから、僕も叔父さんの役に立つためには、いつか全種類見ないと! ……なんてことはこっそり考えてる。
まだまだ、リュート叔父さんの役に立てるようになるには、道は遠いな……。
そんな風に僕がちょっと遠い目で黄昏れていると、コンコンとギルさんから説明を受けたらしい叔父さんが「分かった、分かった!」と両手で降参のポーズを見せていた。
「要はその、卵だ幼体だと、今、行方不明になっている竜種っていうのは、ザイフリートの火竜だけじゃないんだな? それでも容疑の筆頭がザイフリートにかかってるってコトなんだな?」
「そういうこった。……ったく、やっと本題に入れる」
ギルさんの目が据わっていたように見えたけど、椅子の背に深く身体を預けて、足を組んだ頃には、もういつもの軽い雰囲気が戻っていた。
「正直首長竜程度だったら、一般にも出回る汎用竜だから、ただの警察案件で話は済む。今回何が問題かっていうと、行方不明になっている中に宝石竜の卵が含まれているってコトが一番問題なんだよ」
「なっ……⁉」
思わず声をあげかけたリュート叔父さんは、慌てて自分で自分の口を片手で塞いでいた。
僕は僕で、驚きすぎて逆に言葉が出て来なかった。
宝石竜は王家専用の竜。
瞳や額に、ダイヤモンドあるいはガーネットと言った宝石を宿す特別な竜。
その宝石を得た者は世界一の権力者になるとさえ言われていて、実際、代々の国王が戴冠式で頭上に乗せられる事になる冠は、全てその宝石竜が死後に遺した宝石から出来ているそうだ。
つまりどういうことかと言えば、誰かがその宝石を狙って、この国の王族にケンカを売ったということ。
今、生きている成体竜よりも、卵なり幼体なりの方が、まだ盗みやすいと判断されたんだろう。
自然に任せていれば、竜が死んで宝石がこぼれ落ちる前に、人間の寿命の方が早く尽きるだろうけど、そんな当たり前の倫理観があれば、最初から強奪を目論んだりはしない。
「宝石竜含めて、複数行方不明…ってコトは、辺境の養竜山へ連れて行く予定の冒険者なり、辺境伯家の兵なりが襲われたと?」
情報を整理しながら予測を立てていくリュート叔父さんに、ギルさんも「まあ、大筋としてはそうだな」と頷いていた。
「分かっているのは、行方不明の部分だけ。襲われたかどうかまでは定かじゃない」
どの辺境伯家も、空を飛んでいた竜を、ある日いきなり捕まえて騎獣にするワケじゃない。
既に騎獣になっている竜の子にしろ、新たに保護した竜や卵にしろ、騎獣にするために、育てて訓練する場がある。
と言っても、竜自体の大きさを考えると、養鶏場や養豚場のような規模を確保したところで首長竜1頭飼えるかどうかだ。
そこそこの標高を持つ山が一つ、竜の為のねぐらになっていて、逆に言うとそれが可能なのが辺境伯家であり、騎獣軍を持つことを許されている理由でもあった。
「今回は事前の依頼があって、山間にある耕作地を荒らしていた魔獣を退治した冒険者たちが、その中に幼竜や卵がある事に気が付いた。それでギルド経由で王家に連絡がいったんだ。で、王家としても詳しい調査確認は必要だろうと、いったんはその、捕獲された場所から一番近い辺境伯家、つまりは東のザイフリート家に一時保護の指示がいった」
「……ああ、何日か前にギルト長たちがバタバタして、俺が受付やら買取やらヘルプに借り出されていたのは、そういうワケだったのか」
リュート叔父さんは、僕ですらかなり暢気だと思える一言を発して、ギルさんを呆れさせていた。
「おまえ……自称・探偵なら、もう少し観察眼磨けよ……」
「放っておいてくれ。俺が目指すのは安楽椅子探偵。いかに動かず楽に稼ぐか、なんだよ。自称は余計だ」
「その、アームなんとかが何かは知らんが、間違いなく、不良軍人の方がよほどマシだと断言してやるよ、ぐうたら探偵。いや、やっぱり『何でも屋』で充分だな」
「…………てめぇ」
この二人が話し始めると、僕は途中で何回咳き込まなきゃいけないのか。
たまに懐疑的になってしまう。
「んんっ。……叔父さん、話」
ずれてますよ、という意味もこめて再度咳き込むと、大人二人はバツが悪そうに口を閉ざしていた。