29 卵の在処(前)
「白竜、待って、威嚇しないで⁉ ほら、さっき会ったよね⁉ ナノジェムさん、あの首長竜、ここに降りてきてもいいかな⁉︎」
竜の羽ばたきで既に周りが風圧で大変なことになっているけど、あの首長竜はこの東の辺境伯の館の庭に、堂々と降りて来ようとしている。
明らかに自分にとって格上であろう白竜がいるのに、だ。
「んなコト言ったって、白竜がキレて反撃でもしたら、どうしようもないぞ⁉」
確かに、言われてみればバカなことを聞いたなと、自分でも思った。
白竜が暴れれば、首長竜以前に人間の方が無事で済まない。
……僕も、それだけ慌てていたのかもしれない。
「なんだ⁉」
「どうした!」
外の騒ぎに敏感に反応した館の護衛たちが、わらわらと飛び出してくるところを、とりあえずは慌てて止める。
「わぁぁっ! あのっ、アレ、僕の知り合い……と言うか、飛行練習用の首長竜なんです! そのっ、確か火竜騎獣軍のみんなと、強奪された竜の卵を探しに行ってたはずなんですけど、なぜか僕のところに戻って来たみたいで――」
「「「はあぁぁっっ⁉」」」
あ、うん、叔父さんの白竜や火竜騎獣軍の竜たちと違って、首長竜には乗せる相手に対してのこだわりはそこまで強くないと言われているよね。
多少の好き嫌いはあれど、一度背に乗せたからと言ってそこまでは相手に対して執着はしないと。
そこそこ淡泊だからこそ、竜を乗りこなす訓練や、配達の足として使われている――そんな竜種であり、卵が見つかろうが見つかるまいが、戻るなら一直線に「竜の牧場」だろうと、僕は心の中で思っていたし、多分この辺境伯邸に残る面々もそう思っていたはずなのだ。
それでも確実にあの首長竜は、僕目当てにここに飛んで戻って来ている。
それは僕でなくたって、驚くだろう。
ともかく、僕の言葉に半信半疑ながら、ナノジェムさんを筆頭に他の人たちが白竜や館に残っていた護衛用の竜を、手分けして宥めに散ろうとしてくれていた。
すいません、すいません、と心の中で何度も謝りながら、僕はとりあえず首長竜を出迎えることにしたのだった。
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「ハルトっ‼」
他の竜たちの威嚇が止んで、ゆっくりと首長竜が地に降り立った頃、館の中から慌てたようにリュート叔父さんが飛び出してきた。
「やけに竜が騒がしかったようだが、大丈夫か⁉」
「あ……うん、大丈夫」
何故かは分からないが首長竜が戻ってきた。
それしか言いようのなかった僕に、叔父さんはハッキリと眉根を寄せていた。
「と言うことは、牧場の竜か」
「そう」
僕に竜の個体区別がつくわけじゃないんだけど、この首長竜に関しては、何故か断言出来る気がした。
「なんでまた……うん?」
僕の返事に叔父さんは、恐らくは無意識に首長竜を上から下までざっと一瞥した。
そしてふと、何かが琴線に引っかかったらしく、片手をこめかみの辺りに当てて、遠くを眺める仕草を見せた。
「あいつ、前足の鈎爪に何か持ってるな」
「え?」
「もしかして、あれを運んで来たんじゃないか?」
「……僕に?」
「現時点であの竜が匂いなり姿形なりを覚えているとしたら、ハルト一人だと思うぞ?」
「いったい何を……」
「まあ火竜騎獣軍と一緒に出て行ったくらいだから、ギルフォードあたりから何か運べと言われた可能性もある」
そっちの方がよっぽど納得がいくと思ったものの、叔父さんはトン……っと、僕の背中を押してきた。
「とにかく、あの首長竜に敵意はないようだし、いざとなったら白竜がいる。とりあえずもうちょっと近付いて、アイツが何を持っているのか、こっちに渡す類のものなのか確認してくるんだ」
「…………」
僕が? と、思わず表情に出して叔父さんを見上げてしまったけれど、確かにこれは僕を楯にしようとしたり、責任を押し付けようとしているわけじゃない。
最初から叔父さんや白竜が前に出てしまったら、首長竜が警戒してこちらを近付けさせない可能性があるのだ。
僕はごくりと唾を呑み込んで、首長竜の方へとゆっくり歩きだした。