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竜の国の探偵事務所~元英雄の弟子は冒険者ギルドで探偵を目指す~  作者: 渡邊 香梨
【開業前】探偵になりたい英雄の極めて不本意な日常
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第9話 夢を見るのは自由

 結局、公爵は最初にブラウニール公爵邸を訪れていた一味の方こそが偽物と判断した。


 そちらは全員公爵家引き渡しとなり、寄り子であるザイフリート辺境伯家に対しては、ブラウニール公爵からの一筆と、辺境伯家が抱える火竜(リントブルム)の為の竜舎のメンテナンス費用や食料を贈ると言う形で、当主同士決着がついたらしい。


 密室協議。

 玉虫色の決着。


 そんな言葉がデュルファー王国にもあるのかどうかはさておき、リュートの頭の中には少なくともそんな言葉が浮かんで消えた。


「色々と済まなかったね、リュート殿」


 ブラウニール公爵領からの帰り、請われてザイフリート辺境伯家に立ち寄ったところで、リュートを出迎えたのは当代辺境伯家当主エイベル・ザイフリートその人だった。


「我が騎獣軍のリードレから聞いているよ。上手くブラウニール公爵と交渉を執り行ってくれた、と。本来であれば我が息子たちの中の誰かがすべきだったことだろうからね」


「…………」


 息子、の言葉にリュートはうっかり顔を上げてしまった。

 そう言えば「素行不良の次男」とやらはどうなったのか。


 多分、語らないまでも表情から読み取ったんだろう。

 ザイフリート辺境伯は困った様に微笑(わら)っていた。


「幸か不幸か、我が家の次男はその時その場にいなくてね。後の聴取で言った言わない、仲間だいや違うと揉めに揉めて。決して忖度が働いたわけではないのだが、謹慎以外に取れる手立てがなかったのだ」


 どうやら辺境伯家次男は、その場にいなかったのを良いことに、全てを周りに押し付けると言うことを、今迄から堂々と繰り返していたらしく、今回もそれで逃げ切ろうとしているようだったと言う。


「辺境伯様……」


 さすがにそれはどうなんだ、と言うブラウニール公爵に対して以上に残念な視線を思わず向けてしまっていたが、辺境伯の方でも反論出来ないといった感じだった。


「まあ……どうせまた、アレはいずれやらかすだろうから、反省や更生といったことは最初から期待していないよ」


 いかにも決定的な断罪の証拠が揃わないコトに、苛立ちを覚えている――と言った表情(かお)だ。


「いや、それもどうなんですか辺境伯。どうせならコトの初めからキチンと教育をして下さいよ――って、ココで愚痴る話じゃなかったですね」


「今度罪に問えそうな場に遭遇した時には、私への忖度なく、容赦なく捕らえて罪に問うて貰って構わないよ。さすがに次は、()()()()病死の検討でもするから」


「…………」


 冗談の要素は一片もないとでも言うように、そう言って笑った辺境伯は、胸元から一通の手紙を取り出して、リュートの方へと差し出した。


「中途半端に思えるかも知れないが、今回はそれが皆の妥協点じゃないかと思っているよ。それでリュート殿は、我が娘のドレスをリュート殿の居候先の仕立て屋に依頼することで褒美として欲しいんだったな」


 手紙には、辺境伯の娘の絵姿とドレス製作に必要な身体のサイズがくまなく書かれているとのことだった。


「なかなか本人を目にせず作るのは難しいかも知れないが、行き詰まったら遠慮なく連絡してくれ。その都度迎えをやろう」


「ありがとうございます。それと……」


「ああ、少年用の、身を守るのにちょうど良い短剣――だったな。それで、リュート殿自身に希望はないのか?」


 希望。

 問われたリュートは、緩々と首を横に振った。


「俺は今世話になっている家族が喜んでくれそうな物を貰えるのが一番有難いので」


「……そうか」


「家族の笑顔が見たいのは、辺境伯も同じなのでは? 俺はたまたま血が繋がってませんけど、家族って結局そういうコトなんじゃないかと」





 笑顔が見たい。


 この時の私の脳裡は、若夫婦と小さな男の子の笑顔でまるっと占められていた。

 まさかこんなに早く、家族の団欒の場が失われるとは思わなかった。


 まだ、行き倒れの自分を助けてくれたお礼のほとんどが出来ていなかったのに。


 せめて男の子は――ハルトヴィンは、成人するまで自分がキチンと面倒をみようと決心をした。


 ザイフリート辺境伯はおろかブラウニール公爵も、庶子騒動の「貸し」として、いずれハルトヴィンが困るような不測の事態が起きた際には、それぞれ一度だけ手を貸してくれると約束をしてくれた。


 そんな日は来ないに越したことはないので、今はまだハルトヴィン本人には告げない。


「まあ、まあ! 俺は俺で出来る限りハルトヴィンと遊んでやるし、望むなら火竜(リントブルム)にだって乗せてやる!」


 若夫婦が土砂崩れに巻き込まれて命を落とし、リュートとハルトヴィンが二人で暮らして行くこととなった時、ギルフォードはむしろ場を暗くするまいと、いつも以上に明るく振る舞おうとする姿が増えていた。


「辺境伯家あるいは騎獣軍としても、定期的におまえに依頼を流すことで、生活費の足しにもなると、エイベル様も言っていた。エイベル様、自分が夫婦を娘のドレスの採寸を口実に屋敷に招かなければ、事故に遭わなかったのかと、ずっと悔いておいでなんだ。どうか今後も可能な限り、エイベル様からの申し出は受けて差し上げて欲しいんだ。こちらから言えた義理ではないのかもしれないが……」


「……ハルトヴィンは、まだ小さい。今はまだ、全てお受けしておくさ。いずれそんなモノは必要ない、独り立ちしたいと言い出したなら、その意志は尊重したいと思っている。今言えるのは、それだけだな」


 思えば自分が冒険者などと言う明日をも知れぬ職業から退いて、デュルファー王国においては名前すら知られていない「探偵」を目指そうと本格的に決意したのも、この頃だったかも知れない。


 それはハルトヴィンの為であり、自分のためでもあった。


 ハルトヴィンは、冒険者になりたいと言うか両親の仕立て屋を継ぎたいと言うか……。

 さすがに「探偵」を目指そうと、自分の背中を見て思ってくれれば――なんて大それた夢は、他人(ひと)には語れない。




 まずは「何でも屋」ではなく「探偵」だと、周りが理解してくれるようになるところから始めなくては。

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