第1話 探偵≠何でも屋≠冒険者
【開業前の前日譚】リュート視点で全9話予定です。
「有難うございました!この積荷はどうしても奪われる訳にはいかなかったんです!本当に感謝しております……!」
護衛を引き受けていた商人は、最終目的地である街の門の前でそう言って何度も頭を下げた。
「いや、まあ……こちらも仕事だ、そこまで過剰な礼はしなくても良い」
冒険者ギルドに出していた依頼書に、完了署名をして貰う。それが全てだ。
店に寄って行けとか食事を奢るとか宿を世話するとか、鵜呑みにすると大抵ロクな事にならない。
専属にしたい、娘の婿にしたい……等々、面倒なコトこの上ない。
だから街に入る門の前で完了署名を貰って、契約を終わらせる。
それが一番平和だ。
「じゃあ、リクルまで戻るか」
イタイ独り言、と言う訳ではない。
「ギャオッ」
背後に居た白い竜の短い嘶きに、遥か向こうに居る門番たちが、ビクリと身体を震わせた。
人と竜が共存をしている国ではあるが、さすがに国に一頭しか存在しない白い竜となると、畏怖が先に立つのかも知れない。
街中には入らないよ、と言う意味もこめて軽く片手を上げて、竜の背に乗ろうと片足を上げる。
「――ちょおっと待ったぁっっ‼」
「あ⁉」
その瞬間、いきなり頭上から大声が降り注いで、それと同時に風塵が舞い上がった。
ギュイィィッ! などと言う、目の前の白い竜からではない咆哮も耳に入ってくる。
「面倒くさいのが来たなぁ……〝白竜〟?」
「ギュ……」
ホントにな、と目の前の白い竜も答えたような気がした。
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別名を「竜の国」とも言われるデュルファー王国において、人々の間では主に六種類の竜がよく知られている。
四つの騎獣軍と王家がそれぞれ抱える竜に加えて、一般市民がよく利用をする大人しめの竜――と言う意味での六種類だ。
四つの騎獣軍は、東西南北の国境それぞれに配されている辺境伯家がその監督責任を背負っている。
各辺境伯家は、遥か昔の建国時に、各家の初代が配下に置いた竜種を、それぞれの騎獣軍の象徴として乗りこなしているらしい。
火竜―― 東のザイフリート辺境伯家
風竜―― 西のメルハウザー辺境伯家
水竜―― 南のティトルーズ辺境伯家
地竜―― 北のオクレール辺境伯家
そして近衛騎士団や王族の専用竜となる宝石竜と、主に民間の移動や運搬に使われる首長竜が、国内で知られた竜と言えるだろう。
もちろん、それ以外にも他の魔獣や竜種はいる。
目の前のこの白い竜などは〝白竜〟と呼ばれる希少種に分類される竜だ。
今この国には、目の前のこの一体しかいないと耳にしている。
いずれにせよデュルファー王国は、人と竜とが共存している国なのだ。
「待てリュート! 行くなよ? 今から下りるから、そのままいろよ⁉」
空から降り立とうしている竜の羽音で、何を言っているのかほとんど聞こえない。
まあ、ゼスチャーで動くなと言っているのは理解出来るが。
「火竜……」
結局門番は慄いてるのだろうなと、乾いた笑いを止める事が出来ない。
せっかくのこちらの気遣いが台無しだ。
火竜は東のザイフリート辺境伯家が抱える軍用竜で、色も〝白竜〟とは違い、ワインレッドにも似た色なのですぐに判別がつく。
「喜べ! 何でも屋に依頼を持って来てやったぞ!」
距離が近くなり、聞こえて来た声に眉を顰める。
「……アレ、叩き落としてやろうか? なあ〝白竜〟……」
「ギュ……」
ホントにな、とやはり気の所為ではなく眼前の白い竜が答えた気がする。
一般的に人と竜との間では、竜に認められての使役は出来ても、会話までは不可能だと言われている。ただ軍用竜の乗り手など、より竜と接する機会の多い者の中には、何となくだが竜の感情が理解出来る者も多いと言われていた。
冒険者としての依頼をこなしていた間に、自分も理解出来る側の人間になったということなんだろうか。
ともかくも、今はそれよりも声を大にして言いたいことがある。
「――誰が『何でも屋』だ! 帰れ、馬鹿野郎っ‼︎」
S級冒険者リュート。
冒険者ギルド内に限って言えば、それでも名前を知る者は多くいる。
だが〝竜を堕とす者〟との二つ名が付くとなると、その名前は更に飛躍的に認知度を上げる。
かつて災害級に指定されていた黒邪竜を討伐したとして、その名前はただの冒険者として以上に、デュルファー王国中に知れ渡っていると言ってもいい状態だ。
本来であれば「凉代琉斗」と言う名前があった筈なのだが、この国ではロクに発音も出来ないようで、諦めて「リュート」と呼ばれるのを受け入れてから、果たして何年になるのか。
「カタいこと言うなよ、親友!」
そして目の前では、その「リュート」呼びを始めた張本人が、地に降りた火竜からヒラリと降り立って、裏があるとしか見えない笑みを浮かべながら、片手を上げた。
「どうせリクルで依頼達成報告をして、カーハンに帰るだけだったんだろう? だったら、ちょっと手を貸してくれ!」
「……ギルフォード」
手を「貸してくれ」ではなく「貸せ」ではないのかと思いながらジト目で睨んでやったが、相手はまるで怯む様子はない。
「どのみち辺境伯軍の上層部が冒険者ギルド経由で指名依頼かけるつもりでいるから、一足先に声をかけに来ただけだ。その方が条件もつり上げられるだろう?」
自称・親友はそう言って、ニヤリと口元を歪めてみせた。