27 依頼の終わりと始まり
残った二人のうち、一人はそれを目撃したことで、腰を抜かして座り込んでいたんだけど、ふと気が付けばもう一人が、それらの隙を突いて、逆方向に走り出そうとしていた。
「――ヘル! ソイツ逃がしちゃダメ、追いかけて!!」
黒妖犬の仔犬の名前を聞いていなかったんだけど、多分理解ってくれるんじゃないかと思った僕は、扉の隙間から顔を出して、逃げる男の背中を指さしながら適当な名前を叫んでみた。
「がうっ」
え、マジか……などと言う叔父さんの呟きはさておき、黒妖犬の仔犬は僕の声を聞いた瞬間、くるりと身を翻して、逃げた男のふくらはぎ部分に遠慮なしに噛みついていた。
「……ってぇぇっ!!」
「だがよくやった! 辺境伯殿にはメシのグレードアップを口添えしてやる!」
そしてほとんど僕と似たり寄ったりなことを叫んだ叔父さんが、あっと言う間に倒れ伏した男に追いついて、その背中を思い切り踏みつけていた。
「黒妖犬の仔犬はちょっと想定外だったが、ハルトもよくギリギリまで見極めて、知らせてくれた。ケガはないか?」
「ぼ、僕は大丈夫! 叔父さんがいてくれれば不安なんてなかったから!」
なぜか僕の言葉に、叔父さんはちょっと複雑そうな表情を見せていたけど。
「ハルト……そう言うのは、ピンチを救われた美女のセリフなんだ……あちこちで言うんじゃないぞ?」
それはないよ、叔父さん!
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「……で、コレは誰が間に立って売りさばく話だったんだ?何割払うって話で手を売った?」
「!」
一人は叔父さんに蹴り飛ばされて気絶。
一人は黒妖犬の仔犬に噛まれてのたうち回ってる。
必然的に、話が出来るのが一人しかいなくて、その一人は思い切り叔父さんに踏みつけられていた。
叔父さん曰く、辺境伯家の収蔵品なんて、一介の騎獣軍の新人が売りさばけるようなものじゃなく、売ろうとした瞬間に盗品だとバレるくらいの物ばかりなんだそうだ。
ならば、背後にまだ誰かがいるんだろう――と叔父さんが、足に力を入れて聞いていた、その時だった。
「おい、遅いぞ!いつになったら――」
僕の頭の中を、ホリーさんの「飛んで火に入る夏の虫――自ら進んで災いの中に飛び込んでくる、おバカさん」と、叔父さん譲りだと広言していたその科白が駆け巡った。
「――ようこそ、カスペル・ザイフリート。途中参加は大歓迎だ」
「⁉」
そして口元に凄艶な笑みを浮かべて見せたリュート叔父さんに、震え上がったのは僕だけじゃなかった。
仔犬とは言え黒妖犬が尻尾を丸めて後退るとか、相当なものだと思う。
「お前のことは日頃からエイベル殿がお嘆きだったが、それもここまでだな。この俺が直々に引導を渡してやろう。光栄に思え?」
「なっ……」
そこには〝竜を堕とす者〟の片鱗があって、そんな叔父さんの気迫に腰を抜かして崩れ落ちた男が、周囲から「素行が悪い」と言われ続けていたザイフリート家の次男だと、その後の叔父さんの科白で僕も理解した。
「お前なら、ザイフリートの名で西の辺境伯家とも繋がれるし、裏の人間を雇って魔物の素材を売り払うことだって出来るものな。……ああ、今更夜の散歩で来たとは言わせないぞ?」
その間にも、こちらに駆けつけて来ようとする複数の足音が聞こえる。
「詳しい事情聴取は、エイベル殿が辺境伯家の名にかけて何とでもするだろうさ。西の誰がお前の相手をしていたのか? まあ、吐かせたところでギルフォードたちに知らせてやれば、必要以上には西とも揉めないだろう。金か次期辺境伯か、何が欲しかったのかは知らんが、それもこれまでだ」
ハルト、おまえも良くやった――そんな風に言われたので、多分ここから先は僕は関われないと言うことなのかも知れない。
明日になれば、少しは教えて貰えるだろうか。
張り込みを手伝えたのは嬉しかったけど、僕はまだまだ叔父さんの弟子としては半人前なんだろう。
僕はそんな風に考えながら、足元で震えていた黒妖犬の仔犬を抱え上げた。
最終的な決着をどうするかは、西の辺境伯家と軍団長さんたちとの話し合いの結果を聞いてから――と言うことになったらしいんだけど、そこでまた新たな依頼が転がり込んでくることになろうとは、僕も叔父さんも流石に思わなかったんだ。