25 気合いを入れて張り込み!(前)
結局、火竜騎獣軍の九割以上が、竜導香を使って、西に逃げた首長竜とその背中にのる二人組を追いかけることになった。
しかも辺境伯家に残ったのは、新人ばかり。
今回はスピード勝負。西に着いてからも事態がどう転ぶか分からないとのことで、いざと言う時にも自分で判断のきく、新人以外の軍人たちを連れて出ることにしたのだ。
「……俺は学校のセンセじゃねぇんだぞ……」
なんてコトを叔父さんがぶつぶつ呟いていたところから考えれば、新人を置いて行ったのは置いて行ったなりに理由があって、もしかしたら休業中とは言えS級冒険者の肩書を持つ叔父さんに、実践教育をしてもらいたいとの思惑が多少なりともあったのかもしれなかった。
「アンヘル。西から誰が出て来ようと怯むな。辺境伯代理の権限は与えておく。前回の我が領への濡れ衣が晴れるのが理想的だが、少なくとも今回強奪された卵は取り返して来い。そもそも『竜の牧場』は冒険者ギルドの管轄。そして冒険者ギルドが誇る英雄・リュート殿がここにいる。こちらが咎められる謂れは何一つないのだ」
「はっ! 心強い言葉を有難うございます!」
要は身分の話を持ち出す者がいても、気にせず暴れてこいと言うことなんだと、察した軍団長さんの笑顔がいっそ清々しかった。
そうして、ちょっとすぐには数えられないほどの火竜が空の向こうに飛び立って行く姿は、圧巻の一言に尽きた。
あれじゃ、西の辺境伯家を乗っ取りに来たと思われるんじゃ――と心配する僕に、リュート叔父さんは「むしろ、そう思わせに行くんだよ。いったい誰にケンカを売ったのか、思い知らせるために」と、苦笑いしていた。
なるほど、今後くれぐれもエイベルさまにはケンカを売ってはいけないと言うコトなんだろう。
「さて、こっちはこっちで内通者探しだ。頼んだぞ、ハルト」
「ハイっ!」
火竜の姿が見えなくなった頃合いで、僕と叔父さんも辺境伯家の中へと戻った。
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ザイフリート辺境伯家のお屋敷の中には、代々受け継いだ武器以外にも、美術品を含めたガラクタ――もとい、雑貨類を保管する宝物庫の様な場所があると言う。
まずはその場所を確かめに行った僕は、ちょうどその宝物庫の斜め向かいあたり、手入れ道具と思われるモノが大量に置かれている部屋があるのを発見した。
ちなみに黒妖犬の子犬は胸元で抱え込んだままだ。
「よし、じゃあここで張り込みしようか」
ほんの少しだけ扉を開ければ、宝物庫に出入りをする人間がそこから垣間見えると言う、実に張り込み向きの部屋なのだ。
「あ、でも飲み物とか食べ物とか要るよね。僕だけじゃなく、キミのも」
僕の問いかけにも、黒妖犬の子犬は何を答えるでもなく、ただ「きゅう?」と、小さな鳴き声を返してきた。
「……とりあえず、厨房で食べ物と飲み物もらおっか」
そりゃ可愛がられるよなぁ、と思わず黒妖犬の子犬の目を覗き込んでしまう。
普段から火竜と接するような、この屋敷の人たちは、きっと元から黒妖犬なんて恐れない。
まして子犬となれば、愛玩動物以外の何物でもないに違いない。
厨房に行く途中でも、僕よりもむしろこの仔犬をガシガシ撫でて「おまえ、また脱走してんのか」なんて笑っている使用人がいるくらいなのだ。
厨房では、張り込みとは言わずに「白竜と寝泊りする」と言って、パンにあれこれ具材を挟んだ簡易食と、木筒に水を入れた飲み物とを渡して貰った。
問題は、今日のうちに誰も盗みに来なかった場合なんだけど、リュート叔父さん曰く「あれだけ派手に火竜が出て行くのを見れば、警備が緩むと考えるに決まっている」ってコトだから、とりあえず僕は、今夜の見張りに集中しようと思う。
厨房から戻る途中の廊下で、今度は今回ついて行かなかった火竜騎獣軍の新人だと言う三人組とすれ違ったけど、叔父さんとの打ち合わせ通りに「白竜の世話をしに行く途中に、この脱走したらしい黒妖犬の仔犬を捕獲した」「白竜の世話をするついでに遊んでやってくれと辺境伯に頼まれた」と答えを返すと、なるほどと納得して引き下がった。
納得されてしまうのは、僕が十代前半の、見た目にもお子様だからだろう。
これが叔父さんなら、それを建前に何をする気だと勘繰られること請け合いだ。
最初僕はちょっと拗ねていたけど、叔父さんが「その見た目は今だけなんだから、せいぜい利用しろ」って、発想の転換だって言ってくれたから、そこで気合を入れ直したのだ。
宝物庫前の倉庫に戻ると、仔犬が床に転がっていた丸い球に興味を示したので、仔犬はしばらくその球で遊ばせておくことにする。
「でもずっと、その球で遊んでいられるとは思えないしな……」
そしてきっと僕も途中で退屈になる気がしたので、倉庫の中で仔犬と遊べる何かがないか、ゴソゴソと中身を確認していくことにしたのだった。
だけど、僕が宝物庫の掃除用の備品庫だと認識していたところが、まさかこっちにもアレコレと価値のある品物が混ざっていたことを知るのは、もう少し後の話だ。