2 僕は英雄じゃなく探偵の弟子
僕も「リュート叔父さん」と呼ぶし、今、目の前に立っている男性も、僕にリュート叔父さんの居場所を聞く時には「おまえの叔父貴は?」と言う聞き方をする。
だけど本当の事を言えば、僕とリュート叔父さんとの間に血の繋がりはない。
どこまでが本当の事かは、今となっては確かめようもないけど、何でもまだS級冒険者として有名になる遥か前に、山中で「行き倒れていた」リュート叔父さんを、僕の両親が助けた…叔父さん曰く「拾ってもらった」んだとか。
僕の両親が「手のかかる弟の様だ」と言って、叔父さんを笑って受け入れてくれたとかで、僕が物心ついた時には、リュート叔父さんは僕の両親を「義兄」「義姉」と何の裏もなく呼んでいたのだ。
だから、僕も今だって「リュート叔父さん」と呼ぶ。
それで良いんだと、両親だって言ってくれるだろう。
「おーい、ハルト~?」
目の前でひらひらと手を振られた僕は、来客応対が必要だった事を思い出して、そこでハッと我に返った。
「ああっ、すみませんギルさん!」
火竜騎獣軍部隊長ギルフォード・リードレ。
国内の治安維持を目的として組織された、武装警察集団の一角、魔獣である「火竜」を相棒に、日々警邏活動に勤しんでいる――筈なんだけど。
「リュートに用があって来たんだけど、いるか?」
騎獣する竜の種類は様々にせよ、竜にまたがって空を駆ける姿は総じて世の子供達の尊敬を集めやすい。
かく言う僕だって、多少の憧れはあった。
……昔は。
「依頼の持ち込みなら、いらっしゃいます。女性冒険者との出会いが欲しくて街をブラつきたいだけなら、お留守です」
「いや、いるんじゃねぇかよ、それ!」
「叔父さんから、そう言えと言われている事を申し上げているだけですから」
「かーっ、ヤな教育が行き届いてやがる! おまえ、そんなオカタイコトじゃモテないぞ?」
「不特定多数のどうでいも良い子にモテるより、たった一人の自分が好きになった子にモテたいです」
「おまえの年齢で、そんな潤いの足りない寂しいコト言うなよー。何なら若い女の子がいっぱい来る店に今度連れて行ってやろうかー?」
今、僕の騎獣軍への憧れが風前の灯火になっているのは、ひとえにこれが原因だ。
見た目20代後半(実際は知らない)で、泣く子も黙る、火竜騎獣軍の部隊長まで務めているくらいなのだから、軍人としての実力はある筈と思うんだけど、僕が知っているのは、目の前で軽い口調でヘラッと笑う、この人のこの姿だけだ。
リュート叔父さんとは、叔父さんの冒険者時代に何度か現場がかち合っていたとかで、結果、意気投合した…と言う事らしい。
叔父さんも「ギルフォード」と呼び捨てだし、当の本人も「畏まらなくてイイから」と言うので、何となく僕も最近は「ギルさん」呼びだ。
黙っていれば、街を歩く年頃の女の子の視線が向くくらいには、整った容姿の人だとは思うんだけど……。
「いいです、間に合ってます」
とにかく、性格が残念だ。
僕はだんだん、真面目に答えるのが馬鹿らしくなってしまい、うっかり塩対応をしてしまった。
だけどギルさんは、懲りるどころか更に喰いついてきてしまった。
「えっ、何だよもう誰か意中の子がいるのか⁉ 他言無用にしてやるし、何なら手だって貸してやるから、教えてみろよ? リュートに内緒ってんなら、それも構わねぇぜ?」
「いやいやいや! ナナメ上の方向に走らないで下さい! 僕には必要ないって言うだけですから!」
「遠慮するなって!このギル――」
その瞬間「ゴン!」っと、清々しいくらいに良い音が辺りに響いた。
「……ハルトに阿呆な話をするな、この不良軍人」
どうやらリュート叔父さんが、ギルさんの頭に思い切り拳骨を落とした…と、気付くのが遅れてしまった。
哀しいやら悔しいやら、僕には見えない間の出来事だったからだ。
「ってぇ……おまえ今、手加減したか⁉ してねぇよな⁉」
「手加減していなければ、おまえの頭など今頃ミンチだ。良かったな『優しい資料室のお兄さん』で」
「……お兄さん?」
資料室の奥から顔をのぞかせた、真顔で首を傾げるリュート叔父さんに、ギルさんがこめかみを痙攣らせている。
「おまえ、俺より図々しいんじゃないのか、リュート」
「隙あらば冒険者ギルド内でナンパに勤しむ不良軍人…いや『自称・お兄さん』に言われる筋合いはない」
「誰が『自称』だ、ふざけんなよてめぇ」
……何だかいつまでたっても終わらない気がしてきたので、僕はそこで聞こえる様な咳払いを、わざと入れる事にした。
「んんっ……叔父さん、ギルさんが『真面目なご用』がおありみたいですよ」
最後「……今日は」と付け足したところで、ギルさんがガクっと僕の目の前の机に突っ伏した。
「そーゆーさぁ、一言多いの?それ、ぜってぇリュートの影響だよな。直せ直せ。でないと、好きになるたった一人さえ見つけられなくなるぞ。どっかの休業中の冒険者みたいに、いい年してオンナの影さえ見つけられなくなるぞー」
結局、どうやっても女性の話からは抜けられないらしい。
僕がふと叔父さんを見れば、叔父さんは「誰彼なく声をかけて、結局全員にフラれる不良軍人と一緒にされたくはない」と、憮然とした表情でそっぽを向いていた。
うん。まあ、何だかんだ言って気安い関係なんだよね、この二人。
「……で、ハルトの言う通り、今日は真面目な話なんだな」
「ああ。ザイフリートの親父さんからの、内密にして真面目な依頼」
「分かった。受ける受けないは聞いてからにせよ、とりあえずは奥で話を聞こう」
ザイフリート、の名を聞いた叔父さんは、一瞬だけ眉を顰めていたけれど、すぐにそれは覆い隠して、ギルさんに資料室の奥に来る様にと促した。