17 発光弾を使うよ!
冒険者ギルドに来る人たちの中には、高い所が苦手だと言っていた人もたまにいたけれど、どうやら僕は大丈夫そうだった。
「わぷっ」
ただ結構な速度で上昇をしているせいか、物凄い圧力を持った風が顔に叩きつけられる。
何とか目を開いて見れば、僕と首長竜が飛ぶ方向よりもだいぶ左にずれた方へと、ダドリーさんを乗せた首長竜が飛んで行くのが見えた。
きっと卵を奪った兄弟(……かどうかも、今となっては分からない)と二人を乗せた首長竜が、そっちの方角へと飛んで行ったって言うことなんだろう。
ダドリーさんは、あの年齢で二人だけの考えでどうにかするのは難しいはずだから、事前に何か、竜を誘導するような薬なり香りなりを渡されていて、それを使って飛んでいるんじゃないかと言っていた。
出来ればそのこともザイフリート辺境伯家の火竜騎獣軍に伝えて欲しい、と。
今のところ、僕の服のポケットに入っている魔道具型の方位磁石が指し示す光の方へと、首長竜は一直線に飛行している。
同じねぐらに住む首長竜の卵が盗まれたとあっては、本当なら皆で取り返してボコボコにしてやりたいだろうに、完全な野生じゃない分、人との共闘の意思が彼らにもあるのかもしれない。
学校で、二人乗りで習った時には、前に座る人間は背筋を伸ばして騎獣用の鞍の持ち手をしっかり持って――なんて言われていたけど、どう考えても緊急速度で飛んでいる首長竜に乗るための乗り方じゃない。
荷物や手紙を運ぶ「運び屋」たちが、荷物優先で速度緩めに飛ぶ乗り方だ。
なので僕は、学校で習った乗り方を、ここでは忘れることにした。
と言うか、そんな恰好つけたことを言っている余裕はどこにもなくて、実際のところは、頭を低くして首長竜にしがみつくくらいのことしか出来なかったのだ。
「――――」
そして気のせいじゃなく、僕を乗せてくれているこの首長竜、さっきからチラチラと首をこちらに傾けている。
それで飛行スピードが落ちないのもすごいけど、どう考えても「僕が」気遣われていた。
「ごめん! 素人乗せて飛びにくいかもしれないけど、何とかザイフリート辺境伯領まで頼むよっ!」
僕の叫び声に首長竜は一度だけ「きいぃー!」と、甲高い声で鳴いた。
竜の鳴き声ってこんなだったっけ?と思ったけど、これもこれで、もしかしたら僕が怖がらないように首長竜が考えてくれたのかも知れない。
多分きっと、生きる年齢の違う首長竜にとっては、僕は赤ん坊レベルの人間だ。
騎獣軍や王家の竜ばかりが褒め称えられて、悪くすれば庶民の竜と見られがちな首長竜だけど、やっぱり人よりは高位の生き物なんだと思う。
僕は午後の部の騎獣訓練に出たから、途中で休んだりしていると、悪くすれば辺境伯家に辿り着く前に、日が暮れてしまう。
僕と首長竜は、とにかく一心不乱にザイフリート辺境伯領を目指して飛行した。
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そうして、辺りの暗さよりも先に肌に感じる空気の冷たさから、日が落ちるのを感じ始めた頃。
それまでずっと直線で伸びていた「光」が、徐々に下を向き始めた。
どうやら、ザイフリート辺境伯領が近くなってきたみたいだった。
それはそれで、いきなり領主館の庭や周囲に降下したりしたら、向こうだってビックリするだろうし、下手をすれば「すわ敵襲か⁉」と誤解を受けて、火竜を差し向けられかねない。
僕はダドリーさんが言っていたことを思い出して、着ていた服のポケットの中から、小さな丸い玉を取り出した。
首長竜を日常的に使う商人や「運び屋」の人たちは、目的地に着いた時に上空からコレを投げて、相手に到着を知らせるらしい。
職人ギルド内で売られている、発光弾だと言う話だった。
実際の弾を覆っている、魔力草を剥がして投げれば、何秒か後に光る仕組みになっているらしい。
特に武器としての危険性はなく、相手に居場所を知らせる為の、使い捨ての魔道具だそうだ。
「建物が見えたら、しばらくその建物の上をグルグルと回ってくれるかな⁉その後で僕が光る玉を投げるから、直接見ないように気を付けてね‼」
鞍の当たっていない、竜の背中部分を軽く叩いて僕が声を張り上げると、首長竜は理解したとでも言うように鳴き声を上げた。
そして、それを合図とするかのように首長竜はどんどんと高度を落としていく。
やがてその先に、森の中の古城とも、要塞とも取れる大貴族の館が少しずつ見えはじめた。
「!」
僕はまだ発光弾を投げていないけれど、やっぱり首長竜と言えど竜の来訪は、この地に住まう火竜たちを刺激しているんだろう。
姿は見えないものの、あちらこちらから鼓膜を突き刺すような声が響くようになってきた。
僕は首長竜に「ごめん、とりあえずもうちょっとガマンしてくれるかな⁉」と背中を撫でて、発光弾の封を剝がす準備を整えた。
あまりに辺境伯家の館と離れていては、発光弾を投げても意味がない。
首長竜も、分かっているとばかりに館の方へと更に飛行を続けて、最後、真上近くまで来た頃、急停止するかのように羽根を大きく羽ばたかせた。
「よし、投げるねっ!」
僕は片手で鞍を持ちながら、もう片方の手で持っていた発光弾を力いっぱい下へと投げた。
……ただ落ちただけじゃないか、なんて言うツッコミは、認めない。
僕は、館の窓から見えるようにと、それを「投げた」んだ。
そして僕が投げたのを見届けるようにして、首長竜は上空その場でくるりと館に対して背を向けた。
――その数秒後、辺りに眩しい光が満ちた。