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1 そして英雄は探偵になった

 僕は、雨の日が嫌いだ。


 小さな町で、小さな仕立て屋を経営していた両親は、隣町の領主の娘のドレスの納品に出かけていた。


 前日からの雨で地盤が緩んでいた事と、少し前に町境に現れたと言う、火竜――魔獣リントヴルムを捕らえる為の争いで、幾度となく山の土壌が痛めつけられていた事。そんな理由の積み重ねが引き起こしたのが、その日の土砂崩れだった。


 規模も大きく、山道を通る幾つもの商隊や村人、冒険者たちがそこに巻き込まれた。


 ――僕の両親も。


「ハルト」


 町の集会所に運ばれた、泥だらけの積荷と、恐らくは村人の誰かがやってくれたのだろう、顔だけは綺麗に拭かれていて、だけど身体は冷たくなっていた両親の前で、僕は為す術もなく立ち尽くしていた。


「ハルト」


 もしかしたら、何度か名前を呼んでくれていたのかも知れない。

 僕はノロノロと顔を上げて、声の主と視線を交わした。


「……リュート叔父さん」


 それきり何も言えなくなってしまった僕を、叔父さんは、ただギュッと抱きしめてくれた。


「大丈夫だ、ハルト。俺は死なない」


 どうして、僕の言いたい事が分かったんだろう。


「死なないし、お前を一人にもしないから」


 僕が黙って、叔父さんの服を掴んじゃったから?

 それとも「一人にしないで」って心の中で叫んじゃったから?


「これからは、俺が家族だ――ハルト」



 その後の事は覚えていない。

 泣きじゃくって、叔父さんにしがみついてしまった事だけは覚えている。



 ……だから僕は、雨の日が嫌いだ。





.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜





 デュルファー王国・副都ドレーゼ。


 政治色の濃い、貴族の館が集う王都ガイセとは違い、ドレーゼは別名ギルド都市とも呼ばれる、各ギルドの本部を構える街だ。


 そこには冒険者ギルド、商業ギルド、職人ギルド、医療ギルドがそれぞれ本部を構えていて、だからこそドレーゼは「ギルド都市」とも呼ばれるのだ。


 今年12歳になる僕は、そんな中、冒険者ギルド本部の二階にある資料室の司書見習いとして、日々お小遣い稼ぎに精を出していた。


 仕事の内容としては、依頼を受けて下調べをしたい冒険者の為に、ギルドが発行する身分証(ギルドカード)を預かった後、資料室の中へと入って貰う受付業務や、内容を写したい冒険者の為に筆記用具の貸し出しをしたりする事だ。


 もちろん、書き写し厳禁の資料もあるので、資料室退出の際は、不正持ち出しがないかを確認する事も兼ねている。


 僕がなぜこの年齢で、冒険者ギルド内で働いていられるのかと言う点に関しては、ひとえに叔父の名前に依るところが大きかった。



〝竜を堕とす者〟



 かつて災害級に指定されていた黒邪竜(ニーズヘッグ)を退けたとして、S級冒険者リュートの名前は、副都や王都どころか、デュルファー王国中に知れ渡っていると言っても過言じゃなかった。


 ただ、僕の両親が亡くなった時に、リュート叔父さんは「冒険者稼業からは引退して、甥っ子(ハルトヴィン)の面倒をみる」と言い切って、ギルドどころか王宮をも慌てさせたのだ。


 僕はまだ小さかったから記憶は曖昧だけど、相当あれこれ揉めた末に、僕が成人年齢を迎えるまでの「休業」と言う扱いで落ち着いたのだと、後から聞かされた。


 そして、休業だからとデュルファー王国を出て行かれるのも避けたいとの上層部の判断で、冒険者ギルド内にある資料室の室長と言う、一見すると楽に見える地位を提供して、国内に引き留めたと言う事だった。


 もっとも、そこに関してはリュート叔父さんは、たまに「騙された」と、苦笑交じりに愚痴る事がある。


「俺は『探偵』になりたいと言ったのであって、資料室で、表沙汰に出来ない様なお悩み相談を聞く事を受け入れた訳じゃないんだ」――と。


 探偵という職業は、僕は初耳だ。


 何でもリュート叔父さんが昔住んでいた所であった職業だとかで、分かりやすく言うと、貴族や平民の枠に囚われずに、揉め事を解決する人ということらしい。


 何でも屋だろ、と周囲から言われるたびに苦い表情(かお)を浮かべていて、いつかこの名称と職業をこの地に根付かせてやる! などと変に息巻いているところをみると、とても〝竜を堕とした者〟と称えられる様な英雄には見えない。


 僕はまあ、どっちだって構わない。

 リュート叔父さんの役に立てれば、それで良いんだから。


 僕が頑張れば、もしかしたら成人するよりも早く冒険者に復帰する事だって可能かも知れない。


 だから学校も飛び級で卒業したし、叔父さんの仕事をあれこれ手伝ったりはするんだけれど「子供は余計な心配をしなくて良い」と、リュート叔父さんはいつも僕の進路のことはぐらかしてばかりだ。


 多分、僕にはリュート叔父さんの様に冒険者として竜を叩きのめす程の才能がないからだろうな。


 そんなことはない、と言わずに「ない方が良い」と叔父さんも言うからには、そう言う事なんだろうなと思う。


 だから僕は「探偵」を目指す。

 きっとリュート叔父さんも、その方が喜んで応援してくれる。




 冒険者ギルドの資料室は、裏でひっそりと「リュート探偵事務所」も兼ねている。


 いまだ、知る人ぞ知るの事務所で、やってくる依頼人も、いわくありげな人物の、いわくありげな依頼ばかりだけれど。


「――よお、ハルト! おまえの叔父貴は、どうしてる?」


 そして今、目の前には、そんな「いわくありげな常連依頼人」の一人が、満面の笑みで立ち塞がっていた。

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