3話 出発前夜(後編)
「……そんなことがあったのね……」
「……そんなことがあったんですね……」
ルクスリアとミリアンナが、神妙な面持ちで呟いた。
客観的に見ると、魔王の寝室で、魔王二人と勇者二人が話をしているという異常な光景になっている。
あ、更にそこに擬人化した幻獣も三人いる。
「それでしたら、私がパティエ様を引き取ります」
「え?」
ミリアンナからの突然の提案に、私は不意を突かれた。
「だって、勇者の私の方が早く功績を上げられますよね」
「………………」
痛いところをついてくる。
正直、正論過ぎて全く反論ができない……
天然な風に見えるが、勇者と呼ばれているだけあって頭も回るようだ。
私はエンの方を見た。
エンは何の話をしているのか分からずにキョトンとしている。
……できれば私がエンの記憶を取り戻したかった……
でも、それは、私の願望であって、少しでも早くエンが記憶を取り戻せるのなら……
「……エンはミリアンナと一緒に行った方がいいのかもしれませんね……」
「……あなたは本当にそれでいいの?」
ルクスリアがそう言った。
本当は嫌だ。
エンが他の女性と一緒に冒険するなんて……
……だけど、私の我がままでエンを振り回すわけにはいかない……
「……うん……。魔王の私より、同じ勇者と一緒にいた方がいいんだよ……」
「分かりました。そういうことでしたら、パティエ様は私が責任を持って……」
「え?!」
ミリアンナが言い切る前に、エンが私のことを後ろからギュッと抱き締めた。
「……ボクはイラと一緒にいます……」
「……エン……」
え、え、嬉しい。
嬉し過ぎるんだけど……
記憶がないはずなのに。
今は魔王の姿をしているのに。
……エンは私を選んでくれるの……
「……エン、ありがとう……。気持ちは嬉しいけど、私は魔王だから……。エンはミリアンナと一緒に行くべきなんだよ」
私がそう諭そうとするが、エンは頑なに首を横に振っている。
そして、
「……記憶を失っているから何も分からないけど……。イラから離れたらいけない。何故かそんな気がするんだ……」
と、エンはそう言ってくれた。
「うぅぅぅぅぅぅぅ、エーーン!!」
ギュッ!!
私は思わずエンを抱き締めていた。
「……イラ……」
エンは微笑しながら、私の頭を撫でてくれた。
……昔からそうだった……
病気でエンの方が身体は弱いはずなのに。
心はエンの方が大人で。
……私はいつもエンに慰められていた……
「あー、これは、イラと一緒に行くしかないんじゃない?」
ルクスリアがそう言った。
「ま、まあ、残念……。じゃなかった、パティエ様がそうしたいのであれば、仕方がないですね……」
ミリアンナもしぶしぶ納得してくれた様子だ。
「……でも、私も同行はさせていただきますよ」
「そ、そうなの!?」
「だって、記憶を失った勇者が魔王と冒険するなんて、不安で仕方がないもの」
……な、何も言い返せない……
きっと、エンと一緒にいたいという下心もあるのだろうが、言っていることは間違っていない。
「……ルクスリアのことはいいの?」
「イラ!?」
最後の抵抗で、私は勇者の使命を出しにした。
「……この裏切者……」
ルクスリアが恨めしそうにこちらを見ている。
……ゴメン、ルクスリア……
これしか、もう手段がなくて……
私は心の中で謝った。
「うーん、確かに、勇者としてルクスリアのことを監視していないといけないだけど……」
そうそう。
純愛の勇者としての使命を忘れないで。
「そもそも、ルクスリアって大して悪いことしていないし、イラさんともお友達みたいだから、イラさん達と一緒にいれば、わざわざルクスリアを追いかける必要もないのかなって」
ぐはっ!
終わった。
もう、断る手段は何も残っていない。
「ということで、これからもよろしくお願いしますね。イラさん」
ミリアンナはそう言いながら、笑顔で手を差し出した。
どこが、純愛の勇者なのよ!!
この、小悪魔がーーーー!!!
私は心の中では、そう叫びつつ、
「はい、よろしくね。ミリアンナ」
と言って、固く握手を交わした。
◇
「パティエ様と一緒に旅ができるなんて夢のようです」
私達は取り敢えず一番近くにあるミストラント王国の城下町へと向かって旅を始めた。
「あ、うん……」
ミリアンナがエンに肩を寄せて歩いている。
ぐぅぬぬぬ!
記憶がなくなっているとはいえ、久しぶりにエンと一緒にいられるのに!!
私は部下達の手前、我慢してるのに!!
「どうして、こうなっちゃったのよーーーーーーーーー!!!」
私は、心の声を通り越して、無意識に大声を出して叫んでいた。
3話の最後まで読んでいただきありがとうございます!!
評価やブックマークが多かった作品は続きを書いていきたいと思っています。
少しでも「続きを読みたい!!」と思った方がいましたら、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価やブックマークをお願いします!!
次回、「ギルドの初仕事(前編)」
1時間後くらいに投稿します。




