2話 出発前夜(前編)
「……それにしても見事にみんないなくなったわね……」
元々、根城にしていた迷宮には、無数の魔族がいたのだが、今は一人も残っておらず、殺伐としている。
因みに、エンはまだ目覚めておらず、私の寝室のベッドの上で横になっている。
「それはイラ殿が勇者を仲間にするとか言い出したからですよ……」
擬人化している古代竜のドラグラが、こうなってしまった理由を説明した。
擬人化しているドラグラの容姿は、髪が白髪で眼はエメラルドグリーン、頭部横に角が二本、背中には翼が生えている。
「……だって、まさかこんなことになるとは思わなかったし……」
憤怒の魔王イラは、古代竜のドラグラ、食人鬼のオムガ、一角獣のユ―リスの三体の幻獣を中心に、魔族達を組織的に束ねていたのだが……
私が、ついさっきまで戦っていた勇者を仲間にすると言ってしまったものだから、「やってられない」と言って、魔族達は去って行ってしまった。
「はぁ、本当に違う世界の人間が魔王様に転生されていたのですね……」
ドラグラが溜息をつきながらそう呟いた。
幻獣達には、既に私が転生者であることを伝えてある。
「……はい……。早々に魔王軍を解体させてしまい、申し訳ありません……」
「あ、いえ、そのことに関しては、あまり気にしないでください。ちょうど、私も自由の身になりたいと思っていたところでしたので」
「そうなの?」
「はい。魔王様と配下の魔族達の間で考え方の違いがあって、板挟みにあっていたんですよね……」
ドラグラがしみじみとそう言った。
中間管理職というものは、どこの世界でも大変みたいだ……
「でも、ドラグラが残ってくれたから助かったわ」
ドラグラは、古代竜と呼ばれているだけあって、この世界について何でも知っているのではないかと思うくらい知識に長けていた。
「ま、まあ、私の知識を必要としている人が目の前にいるのに、助けないのは古代竜の名折れですから」
そう言うと、ドラグラは照れた様子でそっぽを向いた。
うん、ドラグラはきっとツンデレだな。
「それと、オムガとユ―リスも残ってくれてありがとう」
そう言って、私がお辞儀をすると。
「ワーハハハハハ!! お前が作ってくれた飯が美味かったからな!!」
「ぼ、僕には、イラ様しか、と、友達がいませんので……」
食人鬼のオムガと、一角獣のユ―リスは、それぞれそう答えた。
二人とも今は擬人化している。
オムガは赤髪赤目で額に角が二つ生えている。
衝動的で向こう見ずな性格だ。
種族は食人鬼と呼ばれているが、人を食べていたのは遠い先祖のことで、今は人を食べる風習はないらしい。
試しに作った和食が気に入ったらしく妙に懐かれてしまった。
……祖父母(祖父母)の料理を作っていた経験が、こんなところで役に立つなんてね……
私は苦笑した。
ユ―リスは銀髪に薄っすらと虹色が入った髪の色と紺色の目をしていて、額に角が一本生えている。
誰かに依存したいという思いが強く、何事も自分では決められない性格なようだ。
「それで、今後のことなんだけど……」
勇者の使命を代わりに果たすということは、他の魔王を倒すということ。
……魔王を倒すのであれば、まずは単独で行動している怠惰の魔王か色欲の魔王がいいんだろうけど……
怠惰の魔王は居場所が分からないし……
色欲の魔王は………
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「エン!?」
突然、私の寝室からエンの叫び声が聞こえた。
バンッ!
急いで寝室のドアを開ける。
「あら、バレちゃった?」
「あ、あなたは誰ですか!?」
目を覚ましたエンが色欲の魔王ルクスリアを見て怯えている。
「ちょっと、ルクスリア!! エンに一体何をしたの!!」
「何って、私は色欲の魔王なんだから、夜這いをしようかと……」
「勝手に入って来て、人の寝室で夜這いしないで!!」
「ちぇっ、イラの魔王軍が解散したって聞いたから、わざわざ来てあげたのに……」
「いや、来るだけならいいんだけど、夜這いはやめて……」
色欲の魔王ルクスリアは、何故か憤怒の魔王イラと仲がよかったので、私にとっても顔見知りではある。
「もう、冗談だって分かってるくせに。私が独り身の男にしか関心がないって、イラなら知ってるでしょ?」
「まあ、それはそうだけど……」
そう、ルクスリアは色欲の魔王と呼ばれながらも、彼女や妻がいる男性には何故か興味がない様子なのだ。
なので、魔王とは呼ばれているものの、正直、ルクスリアを倒したところで、大した功績にはならないのでは、と個人的には思っている。
……一応、向こうは友達と思ってくれてるみたいだしね……
倒すのも気が引ける。
「……それにしても、あんなに勢力の拡大を図っていたイラが、勇者と恋人になるために全てを捨てるなんてね……。どんな男なのか気になって仕方がなかったわよ……」
「こ、恋人!? ……ま、まあ、大切な人であることは否定しないけど……」
恋人と言われて顔が真っ赤になる。
……エンの記憶が戻ったら、もしかして恋人になれるのかな……
昔、私が告白をした時、「ボクも好きだよ」とは言ってくれたけど、病気が治るまでは恋人にはなれないって言われたんだよね……
あの時の約束は、まだ有効なのだろうか。
「それより、ルクスリアがここにいるってことは、まさか……」
「色欲の魔王ルクスリア!! ここにいるのは分かっているのよ!!」
「……やっぱり……」
純愛の勇者ミリアンナがルクスリアを追いかけて来ていた。
ミリアンナは金髪碧眼が特徴の美少女。
私には忍耐の勇者エン、色欲の魔王ルクスリアには純愛の勇者ミリアンナといった感じで、それぞれの魔王には対峙している勇者がいる。
ガチャ!
「見つけたーー!」
「ヤバッ!」
ミリアンナはルクスリアを見つけてそう叫んだ。
……いや、人の寝室でバトルを始めるのは止めて欲しいのだが……
その前に、二人とも勝手に人の寝室に入らないで欲しい……
「ちょっと、待って!!」
「「え?」」
「え? じゃないわよ!! 二人とも、エンが怯えてるじゃない!!」
記憶を失った状態で目を覚ましたら、知らない人達のバトルに巻き込まれそうになっていて、怯えない方がおかしい。
「あ、ごめん、イラ」
ルクスリアはさすがに悪いと思ったのか素直に謝ってきた。
「パティエ様?!」
が、ミリアンナは違う反応を示した。
パティエは、エンのこの世界の名前。
「パティエ様、お久しぶりです。お元気にされていましたか?」
「……君、だれ?」
ガーン!
「……パ、パティエ様……」
ミリアンナがショックを受けている。
「あ、違うよ。今、エンは記憶を失っているから……」
「エン? ……それよりも、記憶を失ってるって、どういうことですか?」
エンって誰?
という表情を一瞬したが、それよりも記憶を失っているという話の方が気になったようだ。
取り敢えず、滅茶苦茶になっているこの事態を収集するため、私は今までの事のあらましを、ルクスリアとミリアンナに説明をした。
2話の最後まで読んでいただきありがとうございます!!
長くなりそうでしたので、2話に分けました。
次回、「出発前夜(後編)」
1時間後くらいに投稿します。