1/10

1話　プロローグ

　……今日も君はボクのために泣いている……

　これ以上、ボクのために泣かないで……

　もう二度と逢（あ）うことはできないんだから………

　二年前、ボクはこの異世界の人間に転生した。

　それは、助からない病気で死に行（ゆ）くボクに、君が死んで欲しくないと強く願ったからだ。

　現実（げんじつ）世界のボクは残念（ざんねん）ながら意識（いしき）が戻らない状態になってしまったらしい。

　意識が戻らなくなったその日にボクは転生した。

　異世界の女神はこう言った。

『君を死なせたくない』という祈りが私に届いたのだと。

　異世界転生をしたボクは田舎で新しい家族と平凡（へいぼん）に暮らしていた。

　優しい両親と可愛い弟妹（きょうだい）。

　家族は何も言わなかったが、現実世界では家族の重荷（おもに）になっていたことにボクは気づいていた。

　だから、その分も含（ふく）めて、この世界の家族には精一杯（せいいっぱい）のできることをしていきたいと思った。

　……でも、意識が戻らなくなった後も、君は毎日、ボクのいる病室（びょうしつ）に通っていたんだね……

　ボクには君の泣き声が聞こえていた。

　けど、その声は一ヶ月前から聞こえなくなっていた。

　そして、今日、ボクは衝撃的（しょうげきてき）な話を女神から聞かされた。

　ボクと永遠（えいえん）に逢えないという現実に耐（た）えきれず、君が自ら命を絶ってしまったということを……

　君が命を絶ってしまったことは悲しかったけど、正直、ボクは一瞬（いっしゅん）喜んでしまったんだ。

　女神から君もこの世界に転生したということを聞いたから……

　……もしかしたら、また君に逢えるかもしれない……

　でも、それは安易（あんい）な考えだと分かった………

　自ら命を絶って転生した人間は、魔族（まぞく）になってしまうのだという。

　しかも、君はただの魔族に転生したわけではないらしい。　

　………君はこの世界の魔王に転生していた………

　ボクは君を救（すく）うため、勇者になることを決心（けっしん）したが、家族は反対した。

「あなたがまた死にそうな目に合うんじゃないかと思うと気が気でないの……」

　ボクが転生する前に病気で死にそうになっていたということもあり、お母さんが泣きながらボクの身を案（あん）じている。

「一歩譲（いっぽゆず）って、冒険者（ぼうけんしゃ）になることは許（ゆる）してもいいと思っている。しかし、何故（なぜ）、お前が勇者となって魔王の所に行かなければならないのだ」

　お父さんは厳（きび）しい表情でそう言ったが、心配してくれているということは明（あき）らかだった。

「お兄さん、本当に行ってしまうの？」　

「お兄ちゃん、本当に行ってしまうの？」

　弟と妹もボクがいなくなることが寂（さび）しいようだ。

　……一瞬（いっしゅん）、決意（けつい）が揺（ゆ）らぎそうになる……

　それでも、ボクは行かないといけない……

「ボクのために泣き続けてくれた君を一人にするわけにはいかないから……」

　ボクは君を見つけるために厳（きび）しい訓練（くんれん）を受けて勇者になった。

　……でも、仲間を作ることはできなかった……

　ボクは君を倒（たお）すために、勇者になったわけじゃないから……

　魔王となってしまった君と一人で再会するには、多くの困難（こんなん）があったけど、ボクはボロボロになりながらも、なんとか君の下（もと）に辿（たど）り着いた。

「勇者よ、われを倒しに来たのか？」

「いや、ボクは君を助けに来た！！」

「……勇者が魔王を助けるだと？　ふざけるな！！」

　けど、やっぱり君は転生前の記憶（きおく）を失っていて、ボクを殺そうとした。

　実力（じつりょく）は同じくらいだったのかもしれないが、ボクは君の所に辿り着いた時点で、ほとんどの魔力（マジックパワー）を消費（しょうひ）していた。

　そのため、魔力（マジックパワー）を全く消費していない魔王に勝てるはずもなく……

　ガンッ！

「……追い込まれたか……」

「さらばだ、勇者よ……」

　魔王が壁（かべ）に追（お）い込まれたボクを殺そうとしたその時。

　君の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

「な、なんだ、この涙は………」

　魔王が戸惑（とまど）っている。

　………もしかして、まだ、魔王の中に君の記憶が？

　ボクは女神に強く懇願（こんがん）した。

　君の記憶を取り戻したいと。

　女神は、

「通常（つうじょう）、女神は世界に過干渉（かかんしょう）することができません。例外（れいがい）として、勇者としての功績（こうせき）を交換条件（こうかんじょうけん）に、奇跡（きせき）を起こすことも可能ですが、それには等価（とうか）以上の功績（こうせき）が必要です」

　と、ボクに告（つ）げた。

　同時（どうじ）に、ボクにはそこまでの功績（こうせき）がないことも告げられた。

　……だったら……

「ボクの記憶を対価（たいか）に使ってでも、何とかして欲しい！！」

　ボクはそう女神に訴（うった）えた。

「……その条件なら、可能（かのう）ですが……。……本当に記憶を失ってもいいんですか？」

　女神が念（ねん）を押（お）してきたが、ボクの決意は固（かた）まっていた。

「お願いします」

「分かりました」

　女神がそう返事をして、魔王の額（ひたい）に右手で触（ふ）れると、その手から放（はな）たれた光が周囲（しゅうい）を覆（おお）った。

　◇

　………長い間、悪（わる）い夢を見ていたようだ………

　君がいない世界に絶望（ぜつぼう）して、死を選択（せんたく）してしまった後、私は異世界の魔王に転生をして、私の意思（いし）とは関係なく人々を苦しめ続けた。

　きっと、この悪夢（あくむ）は、自ら命を絶ってしまった私への罰（ばつ）なのだ……

　それなのに、そんな私のところに勇者となった君が現（あらわ）れて、私を助けたいと言った。

　……でも、私に残っているのは意識だけ……

　君の想いに返事をすることもできない。

　そして、遂（つい）には魔王である私は君を殺そうとまでした。

　だけど、それだけは何とか止められた。

　……初めて私は魔王となった身体に抗（あらが）うことができた……

「……ここは……」

　女神の右手から放たれた光が消えた後、私は目を覚ました。

　辺（あた）りを見回（みまわ）す。

　……自分で動かせる……

　身体は魔王のままだが、今は私の意思で動かすことができるようだ。

「……彼があなたを助けたのよ……」

　女神が私にそう告（つ）げた。

「！？　エン！！」

　女神が指さした先（さき）を見るとエンが倒（たお）れていた。

　私はエンに駆（か）け寄（よ）る。　

「大丈夫、意識を失っているだけ……。でも、あなたの意識を取り戻すため、彼の記憶は失われたわ……」

「そ、そんな……」

　私は女神から、エンが今まで私のために何をしてくれていたのかを聞いた。

「それなら、私の記憶と引き換（か）えにエンの記憶を！！」

「……それはできません……。あなたには、彼の記憶を取り戻すだけの功績がありませんし、彼が記憶を失う前に、もしそう言われても、その願いには応（こた）えないで欲しいとお願いされましたから……」

「……エン……」

　エンの性格なら、そう願ってもおかしくない。

　逆の立場だったら、私でもそうするだろう……

　ん？

　女神の言葉に、一つだけ引っかかる点があった。

　功績がないから？

「……もしかして、魔王の私でも功績があれば、エンの記憶を取り戻すことができるのではないですか？」

「……できないとは言いませんが……。魔王であるあなたが、勇者の使命（しめい）を引き継（つ）ぐというのは……」

「でも、可能性（かのうせい）はゼロではないんですよね！！」

「ま、まあ……」

　彼が病気だと分かってから今の今まで、私には絶望（ぜつぼう）しかなかった。

　そんな私にとって、少しでも望（のぞ）みを持てる方法があるというのなら、それは私にとっては希望（きぼう）でしかない。

「何としても功績を作りますから、お願いします！！」

　私は女神に頭を下げてお願いした。

「ふふ、似てるわね、あなた達……。……考えてみたら、彼も何者（なにもの）でもないところから勇者になったのよね……。簡単ではないと思うけど、やってみる？」

　女神は微笑（びしょう）しながら、そう言った。

「はい、ぜひ、やらせて下さい！！」

　……やりたいか、やりたくないかではない……

　やらなければいけないんだ………

　こうして、魔王となってしまった私がエンの記憶を取り戻すため、女神に託（たく）された勇者の使命（しめい）を代わりに果たすというとんでもない計画が始まった。

プロローグの最後まで読んでいただきありがとうございます！！

短編作品の中で一番評価が高かったため、連載版を書いてみました。

今日と明日で10話投稿する予定ですので、楽しんでいただければ幸いです。

評価やブックマークが多かった作品は続きを書いていきたいと思っています。

少しでも「続きを読みたい！！」と思った方がいましたら、画面下の「☆☆☆☆☆」から評価やブックマークをお願いします！！

次回、「出発前夜（前編）」

1時間後くらいに投稿します。

1話 プロローグ

1話　プロローグ