会わんとぞおもう
無理。できない。
彼の覚悟を、尊厳を踏みにじるようなことはできない。
大切だから守りたいけれど、目的の為ならばどんな手段をとってもいい、というわけではない。
大切だからこそ、超えてはいけない一線がある。
その一線を越えれば、アトラスは二度と私に微笑みかけてはくれないだろう。
「ありがとう、澪。」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アトラスは私をもう一度強く抱きしめると、そっと体を離した。
「それじゃあ、そろそろ行くよ。」
「・・・・うん。」
必死に涙をこらえて、不細工な作り笑いをする。
微笑みを返すアトラスの頬にも、涙が流れていた。
大きく息を吐いて、アトラスが出口に向かって歩き出す。
すぐに玄関に到着し、アトラスは扉を開けて外に出た。
「またね、澪。」
「また、ね。アトラス。」
夜のとばりは降りて、真っ暗になっていた。
最後にもう一度キスをして、アトラスは溶けるように夜闇の中に消えた。
アトラスが闇に消えて、今更ながらに納得した。
見ず知らずの男に家族を殺された私が、なぜ見ず知らずの怪しい男を助けたのか。
家に連れて帰り、治療をし、警察から庇った。
藤谷の居場所と復讐するための拳銃を調達するためとはいえ、もう一度会う約束までした。
メッセージが届いた後は、もう彼の協力なしに復讐できる力を得たというのに、異世界転生・魔王侵攻の秘密を共有し、復讐に手を借りた。
「ああ、どうしてもっと早くに自覚しなかったんだろう。」
全ては、黒田がアトラスだったから、だから助け、秘密を話し、協力を頼んだ。
気づいていたのだ。
私の魂か、第六感か、潜在意識かわからないが、気づいていた。
ただ、それを自覚できなかった。
「黒田がアトラスだって、初めて会った時に分かっていれば、ずっとその時から説得して、バレないように追跡魔法をかけて、そして・・・」
そうすれば結末は変わっていただろうか。
・・・わからない。
もう何も、考えたくない。
ぽつぽつと降り出した雨はすぐに勢いを増し、アトラスが消えた闇の中、泣き崩れている私を容赦なく濡らした。