私が世界を救わない理由7
次は父の番だった。
毒殺だった。
男は兄を刺したナイフを私の耳に当てながら、父にカメラの前まで這っていくように指示した。
息子を目の前で殺され、娘を人質に取られ、父は男と指示に従わざるを得なかった。
「では、お父さん、その場に座ってください。」
カメラに向かって父を座らせると、男はリュックサックの中から小さな瓶を取り出した。
「これを飲んでください。
ガムテープを剝がしますが、くれぐれも余計なことは言わないように。
分かっていますね?娘さんが先に死ぬのは見たくないでしょう?」
カメラに映らないよう背を向けて、カメラに拾われないくらいの小声でそう父を脅した。
うなだれるように頷いた父に、男は満足げだった。
バリっと父のガムテープを外し、男はまたもカメラに向かって声を出した。
「さて、皆サン、先ほどのショウはいかがだったでしょうか。
あっけなくて物足りない方もいらっしゃるでしょう。
ご安心ください。
次はこの男性にワタクシが調合したこの毒をのんでいただこうと思います。」
男がこの毒といって見せたのは、先ほどリュックサックから取り出した小瓶だった。
「さあ、どうぞ?」
きゅぽっと蓋を外し、男は父の口元へその小瓶をあてがう。
父が涙まみれの顔でこちらを振り返り、「ごめんな」と口を動かした。
それが父の最後だった。
父が何の毒を飲んだのかはわからない。
けれど、父の苦しみ方は尋常じゃなかった。
聞いたことのない叫び声をあげたかと思うと、次の瞬間には口から大量の血を吐いた。
芋虫のようにもがく父の手足を拘束していたバンドを、男が素早く切り取る。
男の目論み通り、手足が動くようになった父はより一層苦しそうに見えた。
胸をかきむしるような動作をして、体を折り曲げるようにして血を吐いて、ビクンビクンと痙攣していた。
父の苦痛と恐怖は想像を絶していたに違いない。
けれど、それでもなお父は男に一矢報いようと痙攣する腕を男に伸ばしていた。
「あ、あっははは。
いいですね。苦しいですか?もっと苦しむ様子を魅せて下さい。」
男はその様子を笑って見ていた。
時間にすれば数分、あるいは数十秒程度だったのかもしれない。
父は文字通りもがき苦しんで、血を吐いて、そして、動かなくなった。
カッッと見開いた目が男を、決して許さないとそう訴えていた。
「はあ、ちょっと毒が強すぎましたかね。
もうちょっと長く苦しんでもらう予定だったのですが。」
父の目が気に入らないのか、恐れたのか、男は父の顔を踏みつけながらそう呟いた。