私が世界を救わない理由5
「さて、あなた達はショウの見せ物、道具です。
道具は悲鳴をあげて、苦しんでみせるのがお仕事です。
もし余計なことをすれば、娘さんの命はありませんよ?」
父、母、兄の順で横一列に並べられた家族の前で、男はナイフで私の髪を切り捨てた。
「「「「っ!」」」」
恐怖と怒り、驚き。
声にならない叫びが4つ重なった。
ぱらぱらと落ちてゆく自分の髪の毛。
私は呆然とそれを見ることしかできなかった。
「さて、これくらい脅せば自分たちの立場がお分かりですね。
さ、娘さんこっちへ。」
あくまで柔らかい声音で兄の隣に座るよう促された。
力の入らない手足を引きずるようにしてその指示に従うと、男は私の手足も結束バンドで縛った。
「大丈夫か、ケガしてないか?」
ごそごそと何かを準備し始めた男の隙をついて、兄が優しい声でそう聞いてくれた。
「う、うん、大丈夫。ケガしてないよ。
ごめんなさい。私のせいでこんな・・・」
「違う、お前のせいじゃない。
大丈夫だ、兄ちゃんが何とかしてやるからな。」
それが兄の最後の言葉だった。
男はビデオカメラの録画ボタンを押す直前、何かを思い出したかのようにこちらを振り返った。
そして、人差し指を口の前に立てるジェスチャーをして、全員の口に二重、三重にガムテープを貼った。
「さて、これで準備ができました。
最初は誰にしましょうかね。」
見ると、リビングにあったテーブルや椅子はどかされ、広い空間ができていた。
そして、その空間の先にはノートパソコンに接続されたビデオカメラが一台設置されていた。
ちょうど私たちを真正面から撮影できる位置だった。
男はビデオカメラの録画ボタンを押すと、
「決めました。最初はお兄さん、アナタにしましょう。」
マスクを外した男の口元が、これが人の顔なのかと思うほど不気味に歪んでいた。
「さあ、さあ、ショウの幕開けですよ。」
男はその細腕のどこにそんな力を隠していたのか、兄の襟首をつかみ、引きずるようにしてカメラの前に転がした。
「最初はやはり派手にいきましょう。」
男はそう言って兄に馬乗りになり、右手にナイフを持ち、大きく振りかぶった。
そう、男の目的は金なんかじゃない、私たちを殺す瞬間をショウとして撮影することだったのだ。