私が世界を救わない理由4
「おーい、どうした?帰ってきたんじゃないのか?」
リビングから何も知らない父の声がした。
咄嗟に、お父さん助けて!と叫ぼうとしたが、喉に恐怖が張り付いていて声が出なかった。
母も父に助けを求めようか逡巡したが、男が顎をしゃくってリビングに案内するように指示を出した。
いまだ私の首に突き付けられたままのナイフ。
母はその指示に従わざるを得なかった。
「どうしたんだ?顔が真っ青だぞ。」
先にリビングに戻った母を見て、父が驚きの声を上げるのが聞こえた。
「ほんとだ、どうしたの母ちゃん?何かあった?」
これは兄の声。
母は何も答えない。答えられなかった。
入り口で立ち止まってしまった母の後ろから男がリビングの中に入るようせっつく。
「な!お前は誰だ!娘から離れろ!」
いきなり入ってきた見ず知らずの男に、父が声を荒らげた。
兄もソファから身を起こし、険しい顔をしていた。
「お父さん、これ何か分かりますよね?
そちらのお兄さんも。」
男は一度私の背中からナイフを離し、父と兄に見せびらかすと、そのままナイフを私の首に沿わせた。
その様子を見させられた家族の顔は今でも忘れられない。
驚きと怒りと恐怖。
名前のつけられない感情。
そんな顔に男は満足そうに嗤っていた。
男は私に結束バンドのようなものを渡して、家族の手足を拘束するように指示した。
躊躇する私に、父が男の指示に従うよう優しく促した。
抵抗すれば私に危険が及ぶと思ったのだろう。
まだこの時は強盗、あるいは身代金といったお金が目的の犯行だと思っていたから。
けれどそれは、間違っていた。
そこからは鮮明に、断片的に、すべてを覚えている。