命の価値
リビングへ移動し、黒田を落ち着かせるためにコーヒーを淹れる。
「あ、いや、すまない。
人前で泣くなんて滅多にないんだが、お嬢さんに会えてなんだろうな、生きていることを改めて感謝したというか、生きている実感がわいたというか。」
「そう、それは良かったわね。」
「良かった?」
黒田にとって、思いがけない返答だったようだ。
キョトンとした顔でこっちを見る。
「よく命は大切だとか、何よりも重いものなんて軽々しく言うけれど、いったいどれだけの人がそれを自分のこととして感じているのでしょうね。
忘れがちなのだけれど、一度死んだらもう二度と生き返ることはできないの。
奇跡でも起きない限りはね。
だから、何が言いたいかというと、命の大切さを生きているうちに実感できて良かったねってこと。
命は1つしかないのだから、今の気持ちを忘れずにこれからも大事にするべきよ。
特にあなたのような人は命の危険にさらされる頻度が高いのだから、なおさらね。」
少し説教臭くなってしまったが、これは私の本音だ。
この世界で人の命は大切に扱われている。
権力者が無暗に奪っていいものでもなく、神に捧げるものでもなく、戦争になってもできる限り人命を優先する。
2度異世界で魔王軍との戦争を経験し、人や魔物の命が数万、数十万とあっけなく散っていく様を見てきた私から言わせてもらえば、そんな当たり前が当たり前である事を、幸運と言わず何というだろうか。
ただ、その幸運に気づけている人と気づけていない人がいる。
黒田は今日、幸運に気づいた。
きっとこれから、いや、1年後に訪れる世界の危機の最中にあっても、命の大切さを鑑みた行動をとれるようになったはずだ。
命は1つしかないのだから、自分のことを第一に考えて生き残ることを最優先してほしいし、誰にもそれを妨げる権利なんかない。
そう思うからこそ、私も世界の危機よりも自分が生き残ることに重点を置かせてもらう。