鬱憤を晴らす7
「次は、記憶玉ね。
消去する記憶は、会議室に入ってから今までの記憶全て。
記憶消去開始。」
記憶玉というアイテムは指定の記憶を消去・保存可能で、もう一度使用するとその記憶を思い出すことができるというご都合アイテムである。
「どうかな?うまくいったかな?」
初めて使う魔道具であるため、そんなに都合よくいくのか不安ではあったが、
「はっ!あ、おい楠!お前自分の立場を分かっているのか!」
会議室に入ってきた時と全く同じセリフをはく課長を見て、魔道具が正常に作用したことを確信した。
扉の向こうの誰かも、やっと聞こえてきた課長の怒鳴り声に更に聞き耳を立てているようだ。
「はい。自分の立場ですよね、わかっています。」
「それにしては随分と偉そうだな。」
「そうですか?偉そうなのは課長じゃないですか。
不倫しているくせに。」
「な、なんでそれを!」
「みんなが残業しているのにいそいそと香水なんかつけて退社して、バレてないとでも思っていたんですか?
そ・れ・に、会社のお金も横領していますよね。」
「「!!!」」
課長の声にならない叫びと、扉の向こうの誰かの驚きが重なる。
「な、なんのことだ。」
あからさまに目が泳いでいる。
誤魔化そうとしているようだが、白状したのは課長本人だ。
情報に偽りはない。
「不倫相手にバックや車を買って差し上げたんですよね?」
「し、し、知らん!」
「しらばっくれても無駄ですよ。
会社のお金を2年前から複数回に分けて合計600万円横領しましたよね?
そうそう、紛失騒ぎのあった去年の冬のボーナスも課長が横領したそうですね。
確か、私に罪を着せようとしましたよね。酷いなー。」
「そこまで知っているのか!」
私に対する怒りで真っ赤だった顔が、一気に青ざめていく。
「あの時はすまなかった、この通りだ。だから頼む、会社には言わないでくれ!」
「頼む?言わないでくれ?」
「お、お願いします。会社には秘密にしておいてください。」
偉そうな態度から一変、土下座をしてペコペコと頭を下げている課長を冷ややかに見下ろす。
「いいですよ。私は何も言いません。
その代わり、私の退職の承認と、今後一切私に連絡してこないでください。」
「もちろんです!すぐに手続きをします。」
「それはどうも。じゃあよろしくお願いしますね。」
ちらりと扉の様子を窺う。
話が終わることを察したのか、扉の向こうの誰かはもういなかった。
そう、私の口からは何も言わない。
けれど、不倫も横領も、数日後には経営陣の知るところとなるだろう。
自分のデスク周りから私物を回収し、入社以来初めて晴れやかな気持ちで会社を後にした。