鬱憤を晴らす2
「あ、危ない、忘れるところだった。
今私の姿は誰にも見えなくなっているんだった。」
オフィスに通じるドアの前で自分にかけていた魔法を解除する。
危うく声は聞こえるが姿は見えないという状況を作り出すところだった。
「おはようございまーす。」
入社以来もっとも声を出して挨拶をした。
「楠!お前何時だと思ってるんだ!!」
「あ、課長、おはようございます。」
飛んできた怒声がまるで聞こえなかったかのように、あっけらかんと返事してみせた。
「おはようございますじゃない!
まずは遅刻したことを謝るのが先だろうが!」
「あ、私今日で仕事辞めるので、遅刻ではないです。」
「辞めるぅ?お前勝手なこと言ってんじゃねぇぞ!」
「私が会社を辞めようがどうしようが、課長には関係ありませんよね?」
「お前、ちょっとこい!」
そう言うなり私の手を掴もうとしたので、バシッと払いのける。
今までの私だったら手を払いのけることはもちろん、口答えをしたことすらないので、課長も、周りの社員も少し面食らっているようだった。
「勝手に触らないでください。セクハラパワハラですよ。
お話があるなら会議室までついていきますので、それでいいですよね?」
「ちっ。おい、会議室3は空いてたよな。」
舌打ちして近くの社員に確認する。
「あ、はい、空いています。」
「だそうだ。ついてこい。」
「はーい。」
周りの心配と好奇の視線を浴びながら、その場を後にする。
クソ上司もとい課長を挑発するような態度をとったのは、こうなるよう誘導するためだ。
課長は他人の目のあるところで部下を叱責することが趣味のような奴だが、怒りが頂点に達すると、こうして別室でそれはもう何時間もぐちぐちと説教する。
逃げ場がない状態で2人きりというのはそれもうストレスだった。
しかし今日はその状況を逆手に取る。
「ふふっ。」
これから行う報復のことを考えてついつい口元が緩んでしまう。
私の笑い声は、カッとなっている課長の耳には入っていないようだ。