黒い靄6
「この世界の、この国のために私が自腹で魔道具を購入して、攻め込まれるまで、いや攻め込まれて追い詰められるまで耳を傾けないであろう相手のために死ぬ覚悟で魔王軍と戦わないといけないの?」
この世界が勇者をどう扱うのか。
それを想像すると、見ないようにしていた心の中の黒い靄が広がっていった。
一度広がり始めた靄は消えることなく、どんどん大きくなっていく。
もしこれが異世界であったなら、勇者の扱いは違っていた。
異世界の人々は勇者に対して期待や羨望のまなざしを送りこそすれ、直接非難したり、批判したりすることはほぼなかった。
そういった言動が王の名のもと厳しく取り締まられていたという事実はあるが、彼らは、勇者は強いがせいぜい数人しかおらず、世界のすべてを救うには手が足りないことを理解していた。
勇者は無理をいって協力してもらっている異世界人で、いわば魔王にとどめを刺すための最終兵器であり、人々の生活を守ったり魔王軍の侵攻をくいとめるのは、あくまで騎士団や魔法兵団の仕事だった。
だが、地球でその認識が通用するかというと難しいと言わざるを得ないだろう。
漫画やアニメの中で勇者は絶対的な強者であり、チートであり、あらゆる人々に手を差し伸べ、なんでもできる全てを救う希望であるかのように書かれている。
しかも、異世界人ではない、地球出身の勇者なのだから、日本出身の勇者なのだから、地球を、日本を救うために戦うことは当然だと思われるだろう。
だが、そんなに期待されても本当に困る。
異世界に行ったことのない人は知らないかもしれないが、地球はこれまで行った2つの異世界よりはるかに広く、人口は数十倍。
それらをもれなく救うなんて、いくら複数の勇者パーティーが存在するといっても不可能だ。
「そして、救えなかったという事実だけが独り歩きするんでしょうね。」
誰もが世界中に声を届けられる世界だ、手が回らず救えなかった人達からどんな言葉を浴びせられるか想像もしたくない。
黒い靄が私の心を覆い尽くしていく。